「503」

7. 移動中

 面倒なことをモオルダアに押しつけることに成功したスケアリーはやっとのことで一番気になっている事柄の捜査を始めることが出来た。スケアリーの首の付け根から取り出された金属片を発注したと思われる研究施設は東京と埼玉と山梨の三つの都県の境にほど近い山深い場所にあるはずである。

 まだ昼前であったが、スケアリーはなるべく早く到着できるように車を飛ばしていた。今ではカーナビがあって、住所さえ解っていれば滅多なことで道に迷ったりはしないのだが、目的地はそこに舗装された道があるのかどうかも疑わしいような山奥で、しかもどこの誰が何を研究していたのか解らないような怪しい施設が今でもあるのかどうかすら解らなかった。日が暮れてしまってはそんな場所を探すのは一苦労に違いない。


 ちょうどその頃、東京の都心のどこかにある怪しい暗い部屋ではスーツを着た高齢の男達が何かを話し合っていた。この怪しい部屋で話し合う内容といったらだいたい想像がつくし、そこにマシュマロを頬張る男が座っているのもそれを裏付けてもいた。

 不法入国のカタコト外国人が殺害されたことから始まって、パイパイ丸の乗組員の被爆事件や、その船が何を探していたのか?とか、さらにはスキヤナー副長官の襲撃なども、一体どういうワケなのか?と、彼らは彼らの知っている情報や憶測を交えて話し合っていた。

 最後にここでいくら話しても仕方ないということで、一度解散ということになったのだが、先程から早くこの会が終わってくれないか、とソワソワしていた男がいた。ここにいるのは、表向きには目立った活動はしないが、国家の機密を扱う人間達である。そういう人間はたいていのことには動じたりせずに、常に落ち着いた感じなのだが、見えない部分ではいつも何かを気にして脅えていることすらある。

 先程から誰にも気付かれないようにソワソワしていた男は、ここにいる男達の中では体格の良い方であったが、それとは裏腹に多少の心の弱さがなくもなかった。もしも、この中の誰かが注意してこの男のことを見ていたら、彼が何か問題を抱えていることに気付いていたはずだが、この時の会合で彼はそれほど重要な人物ではなかったので、そうなることはなかった。

 それで、一体何を彼が気にしているのか、というと彼は何者かがある研究施設について調べているという情報を得ていたのである。何者かというのは恐らくF.B.L.の捜査官で、それはスケアリーに違いないのだが。研究施設の場所が知れてしまったというのに、この会合のために何も出来ないのが彼のソワソワの原因であった。

 そんなことなら、理由を話して退席すれば良いとも思われるが、彼らの間でそれはやってはいけないことであった。彼らは常に完璧に仕事をこなす。少なくともそう思わせておかないといけないのだ。弱みやほころびを少しでも見せれば、その地位だけでなく命までもが危険にさらされる。それくらい、彼らの扱っている物は重要な物らしい。

 会合が終わると、男はゆっくりと部屋を出ていったが、誰にも見えないところまで来ると大急ぎで車に乗り込んで、運転手に行き先を告げた。(ついでに書いておくと、彼らは大物なので自分で車の運転などはしないのだ。)


 そんなことをしている間にスケアリーの車は山の中までやって来ていた。途中で渋滞に巻き込まれることもなく、山に入っても悪路という感じの道はほとんどなくて、快適に山を登るともうすぐの目的地という場所までやって来た。

 思っていたよりも早く着いて、いつもなら自分で自分を褒める発言を心の中でするはずのスケアリーなのだが、今回の彼女には疑問や不安が多すぎてそれどころではないようだった。スケアリーの車は静かに研究施設へと向かっていった。

8. 都心の病院とその周辺

 モオルダアが病室を後にして、一度スキヤナー副長官の様子を見に彼の病室まで行くと、いつものように「おいモオルダア!何をやっているんだ?」と言われて「何を、って。お見舞いに来たんですよ」と返す、いつもの曖昧なやりとりがあったりしたのだが、その後で犯人がスケアリーの姉のひき逃げ事件と大いに関わりがあるとか、スキヤナー副長官は以前に彼を襲った犯人を見ていて、それは例のメモリーカードを奪われた時で、その時にクライチ君の姿も見たとか、そんなやりとりもあったのだが、確かスキヤナー副長官がメモリーカードを奪われたのはダイナマイトボディの色仕掛けに引っ掛かったからだったような気もしたが、そこはあまり気にしてはいけないのかも知れないという感じで、モオルダアとスキヤナー副長官の最初の方のやりとりを長い一文で手短にまとめてみたのであるが。

「なんだ、クライチ君なら昨日捕まえたのになあ」

「なんで逃げられたんだ?」

「だって、いきなり車に撥ねられたら誰だって…。まあ、仕方ないですね」

「モオルダア。あまり感情的になっては彼らの思うつぼだぞ」

「別に感情的になんてなってませんけど?」

「もしも辛いようなら、この件は誰か別の人間にまかせても良いんだぞ」

「何でですか?」

「いや。なんていうか、そういうことを言いたい気分だったんだがな。だいたい何でスケアリーじゃなくてキミがここに来たんだ?」

「知りませんけど、スケアリーはなんか急いで調べたいことがあるみたいでしたし。ボクもイロイロとありますから、行きますね」

「ああ、そうか。それなら良いが」

なんだか良く解らないやりとりであったが、スキヤナー副長官がちゃんと話が出来る状態まで回復していることも解ったのでとりあえず捜査に戻ることにした。

 モオルダアが出ていった後でスキヤナー副長官は「誰かに内臓を魔改造された気分だよ」というネタを言おうとしていたのに言えなかったことを思い出して、ちょっと気分が悪かった。だいたいモオルダアは何でここにやってきて「調子はどうですか?」とか聞かないのか?と思っていたのだが、よく考えると最初に「おいモオルダア!何をやっているんだ?」と言ったのは自分だということを思い出して少し反省もしていた。モオルダアの顔を見るとどうしてもあの台詞が出てきてしまうようだ。しかし、いずれスケアリーも見舞いにやって来て、彼女なら「調子はどうなんですの?」とか聞いてくるに違いないから、それまでは自分の傷の痛みを上手いこと表現した台詞はおあずけということにしておくことにした。