4. 翌日・F.B.L.ビルディング
ホントに何がどうなっているんだか解りませんわ!と思いながらスケアリーは朝早くからF.B.L.ビルディングにやって来た。本当なら例の金属片のことを調べたいのだが、そういうわけにもいかず、F.B.L.の技術者からスキヤナーの事件に関して進展があったとの知らせを受けてF.B.L.ビルディングにやって来たのだった。
「どうなっているんですの?」
研究室のドアを開けるなりスケアリーが聞いた。
「犯人の唾液がスキヤナー副長官の服に付いてたってことで、その分析結果が出たんです」
今回はスケアリーがここにやって来る回数が多くてちょっと嬉しい技術者はそう言いながらスケアリーにスキヤナー副長官襲撃事件の資料を渡した。資料によると、容疑者は40代の男性でB型で関西弁。
「どうして唾液の分析をして関西弁だって解るんですの?」
「あ、それは分析結果じゃなくて食堂の店員の言ってたことです。スキヤナー副長官を刺した後に関西弁で罵声を浴びせていたって言ってましたけど」
「そうですの…。でもそれだけではあまり手掛かりにはなりませんわね」
今のところあまりにも大まかな感じの手掛かりしかないのでスケアリーは落胆の色を隠せなかった。
「それから、まだありますよ。犯人の毛髪が見付かったからDNAで過去の犯罪者のデータベースと照合出来ますよ」
スケアリーの前では張り切る技術者はイロイロとやってくれているようだった。
「時間がかかりますわね。でも、やってみる価値はありそうですわね」
そういいながらもスケアリーの表情はすぐれなかった。スキヤナーのこの事件は予期せぬ事態という感じだし、そうなる理由もほとんど解らない状態なのでスケアリーの表情にも納得ができた。技術者はそれを見て自分の知っていることをもう少し話すべきだとも思った。
「スキヤナー副長官は最近よくここに遊びに来てたんですよね。なんでも最近はペケファイル課にはあまり行けない事情があるとかで。しかもモオルダアさんは良く外出してるから。それで他にヒマ潰し出来るところというと、ここしかなかったみたいで、そんな感じでスキヤナー副長官からイロイロ話は聞いてたんですけど」
スケアリーは技術者が急に何を言いだしたのかと思ったが、聞いてみる価値はありそうだったのでそのまま聞いていた。
「どうやらあの人は、上からの命令に背くとか、あるいは非公式に何かを捜査していたみたいなんですよね。それで、このあいだは、怪しい男達に脅されちゃったんだよね、とか言ってたんですけど。それと関係があるんじゃないですかね?」
「そうなんですの!?それで、その捜査というのは一体どういうものだったんですの?」
「さあ。これは推測でしかないんですけど、もしかするとあなたのお姉さんのひき逃げ事故のことなんじゃないかって、思ってるんですけどね」
「あたくしの…!?」
スケアリーは言葉を詰まらせて考え込んでしまった。確かにあのひき逃げ事故はおかしな点が多いのだが、姉が助かったこともあってスケアリーは後回しにしても問題ない事件だとも思っていた。しかし、それを調べたことがきっかけでスキヤナーが襲われたとなるとそれは重大な問題になりそうだ。
「そうなんですの…。あの、イロイロ教えていただいて助かりましたわ。それと、このDNAの鑑定結果を預かっていてよろしいかしら?」
「いいですよ」
スケアリーは様々な謎が頭の中をグルグル回っていて上の空みたいな表情のまま研究室を出ていった。技術者はそんな彼女をみながら「やっぱり良いなあ」を思ってニヤニヤしていた。
いっぽいうスケアリーはここでやっと一段落していろいろな出来事をまとめる作業が出来そうだと思っていたのだが、今度はモオルダアが病院に運ばれたという知らせを聞いて、もうホントに何なんですの!?とモオルダアの心配をすることも忘れてイライラし始めていた。
5. 都内のどこか・医療施設
病院でも、あるいは医療に関する研究施設でも、細かい作業は多くなるのだから必然的に室内は明るくなるはずだが、ここは薄暗い。薄暗いのだがこの部屋には体中に包帯を巻かれた患者が二人寝かされていた。部屋が暗いのは、もしかするとこの患者の症状と関連があって、明るくすることが好ましくない状態なのか?ということも考えられるが、恐らく部屋が暗いのは雰囲気を出すためだと思われる。
寝かされている患者はこの話では何度も出てきた放射能による火傷により瀕死の状態だった。白衣を着た医者らしき男がこの患者の状態について説明をしていた。
「昨日の夜ここに運び込まれてきたのですが、きわめて近い距離から放射能を浴びています。あのフランス船の乗組員と一緒ですね」
そう言って白衣の男は一度暗い部屋の奥に目をやった。そこにはウィスキーのビンを手に持ったスーツの男が立っていた。そしてビンから直接ウィスキーを一口飲むと言った。
「今はどんな状態なんだ?」
「これだけの放射能を浴びていれば恐らく助からないでしょうね」
それを聞くとウィスキー男はもう一度ウィスキーを飲み込んだ。
「誰かにこれを見せたかね?」
「いや、指示されたとおり誰にも…。しかし、これは専門家が処置をしないと助かりませんよ。こんな状態は見たことがないですから」
そう言いながらウィスキー男は横になっている患者の顔に巻かれている包帯を少しずらして皮膚の様子などを確認しているようだった。患者はほとんど何も出来ず声も出ないような状態だったのだが、虚ろな瞳でウィスキー男のほうを見つめていた。
「私は見たことがあるがね」
「何が原因か解りますか?」
医者のような男はウィスキー男がこの症状を見たことがあると言ったので少し驚いた感じだったが、ウィスキー男にとってそんなことはどうでもいいことのようだった。この状態は、何かが起きていて性急に手を打たないといけないということを示しているに違いないのだ。
「こいつらを始末するんだ」
ウィスキー男が言うのを聞いて医者らしき男は慌てて言い返した。
「まだ死んでないんですよ」
ウィスキー男は歩き始めて部屋を出ようとしていたが、一度立ち止まって振り返った。
「どうせ助からないんだろ?」
そう言って、また歩き出すと部屋から出ていった。