「SWINDLE」

7. 再び東京湾岸、埋め立て地の倉庫街

 スケアリーに睨まれている男は、自分が妙な事件に巻き込まれていることを後悔しながら、これまでの事をスケアリーに話し始めた。その話によると、彼はレイコの所属する演劇部の部長だった。どうやら部長はパチンコや競馬にそうとうのめり込んでいたらしく、そのせいでかなりの借金をしていた。そんな時にどこからか彼の元へ電話をかけてきた男から、彼がさっき演じたエキストラの仕事を依頼されたのだそうだ。しかも、そのバイト代は彼の借金の額とほぼ同等の百三万五百五円。部長はスケアリーに彼の持っていた小切手を渡して見せた。

 それを見たスケアリーは気の毒そうな表情を浮かべて部長の方へ視線を移した。

「残念ですけど、この小切手はきっと換金出来ませんわよ。しかも、あなたは本当にエキストラのバイトで百万ももらえるなんて思っていたっしゃったの?」

「だってオレは名門演劇部の部長ですよ。それくらいは当たり前じゃ…」

聞いていたスケアリーは彼を鼻で笑ってから言った。

「舞台で上手くいったからといって、必ずしも映画やテレビドラマで成功すると思ったら大間違いですわ!」

何を根拠に言っているのか知らないが、スケアリーは自信たっぷりに言っている。

「まあ、あなたぐらいの年頃じゃあまだ解らないでしょうけど、世の中というのはもっと訳の解らない法則に従って動いているんですのよ。確かにあなたのグッタリ演技にはあたくしも騙されましたけど、世の中は実力だけではどうにもならないことだってあるんですから。その辺を知っておいた方がいいですわ」

部長はどうしてスケアリーがこんなに舞台とか映画のことに関して熱く語っているのか理解出来なかったが、なんとなく的を射ている気がしたのでとりあえず納得したように頷いていた。

 それを見ていたスケアリーは満足そうに部長の方を見ていたが、よく考えてみれば彼女の聞きたいことは何も聞き出せていないことに気付いた。スケアリーが聞き出したいことは、彼を雇った組織とモオルダアに関しての情報なのだ。しかし、演技についてえらそうに語ってしまったスケアリーは今更そんなことも聞けない感じがしてきていた。そんな時には武力行使。スケアリーはまた銃を取り出して部長に突きつけて彼を睨みつけながら言った。

「ちょいと、あなた。あたくしが聞きたいのはそんな事じゃありませんわ!あたくしが知りたいのは、あなたを雇った人たちのこととモオルダアについての情報ですわ」

 突然銃を向けられて驚いた部長は何かを言おうとしたが、そんな状況では出任せすら出てこない。部長は自分の知っている情報を全て思い出そうと必死になっている。しかし、彼を雇ったのがどこかのプロダクションかなにかだと思っていた部長は、彼に指示を出してきたウィスキー男やその他の人間の事など特に気にも留めていなかった。

 しかし、モオルダアという名前には覚えがある。モオルダアは彼の元へやって来て公演直前の演目を無理矢理違うものに代えさせたのだ。それなのに、昨日の夜エフ・ビー・エル関係者を名乗る男からの電話で演目は元どおりでいいという連絡があって、彼の演劇部は窮地を逃れたのである。そんなことより、部長は今彼が置かれているこの状況をなんとか乗り切らないといけない。「本物の銃を付きつきられて脅されるなんて、こんな経験は誰にも出来ない、きっとオレはそのうち最高の役者になるに違いない」変なところに盛り上がっている部長だが、それにはまずなんとかしないと撃ち殺されてしまうかも知れない。

 この急に機嫌が悪くなる捜査官はいつオレを撃ち殺すか解らない。ああ、そういえばオレはあのワンボックスの中でいろいろ会話を聞いたなあ。

「ちょっと、待って」

部長は目の色を変えて銃を突きつけているスケアリーに言った。

「その人たちのことはオレには良く解らないけど、モオルダアって言う人のことはよく知ってますよ。彼はまだ生きてると思います。だからオレは雇われたんだ」

「それはどういう事なんですの」

スケアリーはまだ銃をしまわない。今度こそモオルダアに関する情報を聞き出さないといけない。緊張感は保っていた方がいいということなのだろうか。部長は少し間を空けて話をまとめてから話し始めた。上手く話せなかったら、この不機嫌な捜査官に撃ち殺されるとでも思っているに違いない。

「車の中で男の人たちが話しているのが聞こえたんです。でもずっと布を被せられたまま車に乗せられたんでその人達の顔は解りませんが。それで、その人達の会話から判断すると、モオルダアの行方が解らずに方々に連絡をしていたみたいなんです。それから本人にも電話をしていたみたいです。もちろんモオルダアは電話にでませんでした。ぎりぎりまでそんな感じで慌ただしかったんですけど、本番の、いやオレが本番だと思っていた時間が来ると、その中の一人がオレに出番だと言ったんです。それから後はあなたも見たとおりです。…これでいいですかねえ」

部長はスケアリーが銃をしまってくれるのを願っていた。どうやらスケアリーは理解したようでまた銃をしまった。

「それじゃあ、モオルダアの行方については何も解らないのね。車の中の男達ですけど、あなたは少しも顔を見なかったんですの?」

部長は自信を持って答えた。

「それは無理ですよ。ボクが電話で指定された場所で待っているといきなり後ろから布を被せられて、そのまま車でここまで連れてこられたんですから」

スケアリーはこれを聞いて部長の気楽さに驚いていた。

「あなた、そんなふうに普通に喋ってますけど。よく自分が誘拐されたと思いませんでしたわねえ。普通ならその状況は明らかに拉致ですわ」

スケアリーはこれ以上部長に話を聞いても時間の無駄だという気がしてきた。立ち去ろうとして、これまでの騒動で乱れていた服装を整えていた。そして、彼女が歩き出そうとした時、突然部長が言った。

「ああ、そうだ。顔は解らなかったけど、臭いなら解りますよ」

「ニオイ?」

スケアリーはまた部長が変なことを言いだしたと思いながらも一応聞いておくことにした。

「そうです。あの車は乗った時からずっとウィスキーの臭いがしてた。車の中で宴会でもしてたんでしょうかねえ」

宴会なんかするわけはない。しかし、スケアリーはウィスキーの臭いという言葉が妙に気にかかっていた。頭にひっかかっているものが何なのか、漠然と考えながらスケアリーは部長の方に向かって軽く頷くとその場を去っていった。

 車に乗って去っていくスケアリーを見送った後、部長は気付いた。「オレはどうやってここから帰ればいいんだ?」