「SWINDLE」

13.

 スケアリーはヌリカベ君が出ていくのを見てからもう一度モオルダアの方を振り返った。彼がウィスキーという言葉を口にしたのを聞いて、昼間の騒動の後に演劇部の部長から聞いた話を思い出したのだ。部長は車の中でウィスキーのニオイがしていたと言っていた。それから、モオルダアの喋っていた中に虎という言葉も出てきた。聞こえないフリをしていたスケアリーであったが一応モオルダアが喋っている内容は聞いていたらしい。

「ちょいと、モオルダア。あなたがただ一言あたくしに、ごめんなさいと謝ってくれたら、さっきみたいな小芝居をしなくてもあたくしの興味を惹くことが出来たんですらね。まったくあなたって、やることが子供じみててホントに腹が立ちますわ」

「ああ、そうなの?ごめんなさい」

モオルダアがどの部分について謝っているのか良く解らないが、スケアリーはもうどうでもいいと思っているらしい。

「それよりも、あなたはさっきから何のことを喋っていらっしゃるの?」

モオルダアは逆にスケアリーに聞いた。

「それより、キミはどうしてこんな重要な資料を持っているんだ?」

「ああ、それならあの事件があった夜に変なおじさんに渡されたんですのよ。あたくしあの方のせいで大変な目にあったんですから。何でも知っているような口振りで、肝心なところは教えてくれないんですのよ」

「それはきっとドドメキさんだな」

ドドメキは一度も名乗らなかったがスケアリーもそう思っていた。

「あの人も色々あって全部は教えられないみたいだよ。全部教えちゃったら話が終わってしまうしね」

モオルダアが言ってもスケアリーにはあんまり納得出来なかった。それを見てモオルダアが付け加えた。

「でも、彼のおかげで怪しい秘密の組織があるということは解ったでしょ」

「まあ、そうですけども。もうそんなことはどうでもいいですわ。それよりもそこには何が書いてあるんですの?」

「今回の事件を解く重要な手掛かりが全てここにあるんだよ」

「本当ですの?」

スケアリーは少し驚いていた。もし彼女がドドメキからあの封筒を渡されてすぐにそれを見ていれば、苦労せずに事件を解決出来たかも知れないのだ。でもそこはモオルダアの言うこと。彼の話を聞くまでは本格的に驚くのはやめておいた。どうせ、彼はまた突拍子もないことを言うに違いない。

「この資料によると、約一ヶ月前にカリブ海に浮かぶ小さな島国『サムホエア』のドッカーノ大統領が密かに来日していたらしいんだ。来日の目的は良く解らないんだけど、友好の印にピューマを一頭つれてきたらしい。これがその時の写真」

モオルダアは写真をスケアリーに見せた。男が二人写っている。二人といっても大統領が真ん中で、もう一人は肩から先だけが写っているだけだった。その手にはウィスキーの瓶が握られている

「なんだか日本人みたいな顔をしていますわね。それにこのウィスキーの瓶を持っている人ですけど、あたくし気になることがありますのよ。あなたは謎の組織に拉致された時ウィスキーのニオイを嗅ぎませんでした?」

「さあねえ、ボクは麻酔薬のせいですっかり記憶がなかったし。今は酒を想像するだけでも吐き気がするから、その話は後にしないか」

いいかげんなモオルダアの答えに少し腹が立ったが、スケアリーはガマンして彼の話の続きを聞くことにした。

「大統領の顔が日本人に見えるのには理由があるんだ。彼の祖父は日本人なんだ。その祖父は同時にサムホエアの建国者でもあったんだ。名前は虎男(トラオ)。このトラオがやっかいな人物でねえ。彼に何が起こったのか知らないがある時、急に精神に異常をきたして原住民達を次々に殺していったそうなんだよ。それ以来、サムホエアでは何か不吉なことがあると『オンブレ・ティグレ』の仕業とされてきたんだ。『恐怖の虎男』という意味だね」

「何男でもいいですけど、どうしてそんな殺人をした人の子孫が大統領なんかになれるんですの?」

「それはきっと当時の大統領であった虎男の側近達の隠ぺい工作があったからだよ。どこの政府だって都合の悪いことは全部隠すもんだよ」

納得は出来ないが、もっともらしい話でもある。スケアリーの表情は次第に曇っていくがモオルダアはまだ自信たっぷりに先を続けた。

「ここまで話したところで、次の資料に移ることにしよう。これによると最近サムホエアで住民が野生生物に喰い殺される事件が相次いでいたそうなんだ。被害者はいずれも若い男性で、事件はどれも夜に起きているんだ。なんだかある事件に似ていないか?」

スケアリーはとりあえず頷いた。

「現地ではオンブレ・ティグレの再来だと大騒ぎになったんだ。もしかするとドッカーノ大統領の来日はこの事件が原因かも知れないな。この騒動を治めるために調査隊の派遣を依頼しに来たのかも知れない」

スケアリーはこれ以上モオルダアに話をさせていると話が理解不能なところまで飛躍してしまいそうなので慌てて口を挟んだ。

「つまり、あなたが言いたいことはこういうことかしら?そのオンブレ何とかが、タダノボンタを殺した犯人だと。でも、オンブレ何とか…」

「オンブレ・ティグレね」

「そのオンブレ・ティグレはどうやって日本にやって来たの?」

「そこはいろいろ考えられるよ。もし本当に日本から調査隊が派遣されたとしたら、その調査隊が極秘に日本に謎の生物を持ち帰ったことも考えられるし、大統領が来日した際に連れてきたピューマだって怪しい。それが本当にピューマだったのか、それとも違う何かだったのか」

やっぱり理解不能になってきた。スケアリーはため息をついてからモオルダアに言った。

「だいたい、今あなたの持っているその資料というのは何を元に作られたものなんですの?」

「さあ、どうだろう?紙質から判断すると、なんかの雑誌の切り抜きじゃないか?」

そういいながらモオルダアの目から自信が消えていくのが解る。スケアリーはここぞとばかりに続ける。

「それに、始めから気になっていたんですけども、そのサムホエアなんて島国が本当に存在するんですの?もしその国が存在しないのなら、せっかくのあなたの力説も全て無駄になってしまいますけど」

モオルダアも一番気になっていたところを聞かれてすっかり元気が無くなってしまった。彼はとうとう最後の切り札をスケアリーに渡した。

「これは封筒に一緒に入っていたメモだけど、これってきっと地図座標だよね。良く解らない数字が二つ並んでいればきっとそうに違いなんだけど。これがサムホエアの正確な位置だと思うよ」

スケアリーは渡された紙切れを見て少し考えた。

「地図座標と言われればそう見えなくもありませんけど…」

「どうやらボクらはサムホエアに出張と言うことになりそうだね」

またモオルダアの目が輝いてきた。彼がどうしてこの資料に興味を持ったのか。それは南の島へ遊び半分で出張することが目的だったらしい。

「残念ですけどモオルダア。それはきっと無理ですわ」

「えっ、何で?」

「あら、まだ言ってませんでしたっけ?あたくし今は謹慎中なんですのよ。こんな大学の教室で検査をしてるのに良く気付きませんでしたわね。それから、エフ・ビー・エルも今回の事件に関しては怪しいところがいっぱいありますのよ。この事件がどんなものであっても、今頃はどこかの秘密組織が必死になって証拠を隠滅しているでしょうね。きっとあたくしの謹慎が解けるのは証拠がきれいになくなってからですわ。そうなってからでは何にも解決しませんわ。あたくし達に残されたのは、そのくだらない雑誌の切り抜きだけってことになるんですのよ」

スケアリーは話しているうちに次第に興奮して声を荒げていった。モオルダアは怯えながらその様子をうかがっていた。スケアリーが本気でこんなことを言っているのかは解らないが、今回は何をやっても上手くいかないスケアリー。そうとうカリカリしているに違いない。ここはそっとしておいた方がいいでしょう。その時、スケアリーの携帯電話が鳴った。それはスキヤナー副長官からだった。

「やあ、スケアリー元気かな?ついさっき上から連絡があってね。キミの謹慎処分が解けたらしいんだよ。明日からはいつもどおり来てくれよ。それからねえ。モオルダアならもう心配いらないよ。彼の目撃情報が多数寄せられているから、そのうち見付かるだろう。あと、それからねえ…」

スケアリーは途中で電話を切ると、黙って一点を見つめたままになってしまった。何か説明の付かないことを何とか説明しようと必死になっているような感じもした。モオルダアは、彼女の様子を見て何か声をかけるべきだと思ったが、いったい何を言っていいのやら。黙って彼がスケアリーを見つめていると、スケアリーの方が先に口を開いた。

「もう手遅れのようですわ。事件は無事解決ですって」

疲れ切った感じでスケアリーはそう言うと、教室から出ていった。その後を何がなんだか理解出来ていないモオルダアがしずしずと付いていった。