「SWINDLE」

8.

 これまでの出来事をなんとかまとめようと考えて上の空で車を走らせていたスケアリーは、しばらくして自分の乗っている車が彼女の物ではないことに気付いた。彼女は取引場所に向かう途中、ドドメキの乗ってきたこの車に乗り換えたのだった。「いったい、あの方は何を考えていらっしゃるのかしら?何でも知っているような口振りで、実際には何にも解決していないじゃありませんか」スケアリーは大きな声を出して一人で喋っている。誰もいない車の中では考えていることも普通の会話のように口から出てくる。

 とりあえずスケアリーは自分の車を止めてあるところまで行ってみた。そこには、まだ彼女の車が止まっている。それを見ると彼女は乗っていた車を降りて自分の車に乗り込むとそのまま家へと向かった。「それから、あの演劇部の部長もむかつきますわ。そうですわ。演劇部といえば、あのレイコとか言う女。あの二人はグルになってあたくしをからかっているんじゃありません?こんな時にモオルダアがいてくれたら、こんな惨めな役回りはみんなあの変態がやってくれるのに。でも彼を見つけられるのはこのあたくししかいませんわ。今はこんなあたくしですけど、最後にはあたくしの才能で大逆転に決まっているんですから」

一人でよく喋るスケアリーである。

「それにしても、モオルダアはどこにいるのかしら。本当に危険な薬品で拷問なんかされて廃人の様になってしまったら…。あらいやだ、あたくしまたネガティブになっていますわ。でもあたくしがこんなに心配していることをモオルダアは知っているのかしら。こうして行方不明になるまで気付きませんでしたけど、あの人はあたくしにとって大切な人なんですわ。だってあの人がいなかったらあたくしはいったい…」

なんだか意味深な独り言が始まったところでスケアリーの車は彼女の高級アパートメントの前に到着した。取引場所は意外と家から近かったようだ。スケアリーは独り言をやめて車を駐車させた。

 気になる人のために書いておくと、きっと彼女が言おうとしたのは「だってあの人がいなかったら、イライラした時にストレス解消に殴る人がいなくなってしまいますわ」だと思います。きっとそうです。

9. 都内、高級住宅街、スケアリーの高級アパート

 スケアリーは自分の部屋の前まで来ると鞄の中の鍵を探し始めた。「とりあえず、シャワーだけは浴びさせていただきますわ」スケアリーは鍵を探しながら思っていた。そう言えば一昨日の夜、彼女がジョギングで大汗をかいてから彼女は一度もシャワーを浴びていなかったのだ。「男性のみなさま、喜んでくださいませ。今回のエピソードはあたくし中心で書かれていますから、作者様も今度こそあたくしの入浴シーンを書かざるを得ませんわ」

 でもそうはいきません。ペケファイルは児童文学を目指しているので裸は出しません。

 スケアリーが鍵を見つけてドアを開けようとすると、差し込んだ鍵が空回りしているように軽く回った。スケアリーにはそれがかかっていない鍵を開けようとしているためだと解った。「おかしいですわ。あたくしは部屋を出る時に鍵をかけたはずなんですけど」なんだかイヤな予感がしてスケアリーはゆっくりとドアを開けた。中を覗き込むと消したはずの部屋の明かりがついていた。彼女が部屋の明かりを消し忘れるのも鍵をかけ忘れるのもあり得ないことだった。どんなに急いでいても習慣になってしまった事は無意識にやってしまうものだ。それなのに、その二つの習慣の両方を忘れる事はないはずなのだ。誰かが部屋に侵入した。そう考えたスケアリーはしばらく明かりのついた部屋の中を覗き込んでいた。

 スケアリーが暗い玄関から明るい居間の方を覗いていると、格子戸になった居間の扉の向こうの床に人の影が映っていることに気付いた。その影が動くのに合わせて幽かに足音も聞こえてくる。まさかとは思ったが彼女の部屋には誰かが侵入している。このセキュリティーの万全な高級アパートに忍び込む人間はきっとそうとうの凄腕に違いない。スケアリーは緊張のあまりこめかみの辺りが引き締まっていくのを感じた。そして今日何度取り出したから解らない銃をもう一度取りだして、音を立てないよう慎重に居間の方へ向かった。

 居間の扉の前まで来るとスケアリーは立ち止まってもう一度中の様子をうかがった。中にいる人物の姿は見えないが、床に映る影はさっきと同じように動いたり止まったりしている。中の人物はスケアリーがいることに気付いていないのか、それとも彼女が部屋の扉を開けた時に彼女が帰ってきたことに気付き、それでも気付かないふりをしているのか。もし中の人物が彼女の存在に気付いているとしたら、彼女が部屋に入ってその人物に銃を向けるよりも早く何かしらの行動を取るはずである。彼女に向かって発砲するのか、それとも刃物を持って襲いかかってくるのか。スケアリーは部屋の中で動いている影を見つめながら考えていたが、いつまでも居間の扉の前で考えているわけにはいかない。床に映った影が自分から一番遠くに動いた瞬間、スケアリーは肩で居間の扉を押し開けると中の人物に銃を向けた。

 部屋の中に誰がいようと発砲しそうな勢いで扉を開けたスケアリーであったが、向けられた銃の先にいる人物を見て急になんとも言えない虚脱感が彼女の動きを止めてしまった。

「モオルダア?」

スケアリーの目の前にいるのはまさしくモオルダアなのだが、彼女はあまりに予想外の出来事に思わず尋ねてしまった。

「やあ、スケアリー」

一瞬かなりビビっていた感じのモオルダアだったが、スケアリーが銃をしまうのを見てから眠そうな目をして言った。

10.

「本当にモオルダアなの?」

銃をしまったスケアリーは満面の笑みを浮かべながら聞いた。モオルダアは勝手に彼女の部屋に入って怒られると思っていたのに、スケアリーが嬉しそうなので言い訳を考えるのはやめにした。

「おいおい、一日会わなかっただけでもうボクの顔を忘れちゃったのか?」

モオルダアはキザな感じでおどけて見せた。スケアリーは何も言わずに目を潤ませてモオルダアに近づいてきた。スケアリーが何でそんなふうなのか解らなかったが優秀な捜査官には推測出来た。この後は抱擁だな。もしかするとキッスもあるかも。しかし、そうはならなかった。

 始めはモオルダアが生きていることを知って嬉しかったスケアリーであったが、彼に近づく間にこれまでの訳の解らない展開を思い出し、さらにモオルダアが浮浪者のような悪臭を放っていることに気付いたのだ。モオルダアが両手を広げてスケアリーが彼の胸に飛び込んで来るのを待っていると、彼女はモオルダアに鉄拳を喰らわせた。

 思った通りではなかったが、なんとなく予想出来たモオルダアはふらつきながら「ごめんなさい」と無意識に謝った。


「いったいあなたはあたくしの部屋で何をしているんですの?」

スケアリーがモオルダアを殴った拳が赤くなっているのを見ながら言った。

「だいたい、このセキュリティー万全な高級アパートメントにあなたのような変態が入ってこられるはずがありませんわ」

モオルダアはそう言われると少し嬉しそうな顔をした。

「セキュリティーって言ったって所詮は見かけ倒しって事だよ。入り口はオートロックでも裏に回れば入る場所はいくらでもあるし、ドアの鍵だってたいしたことないよ」

そう言ってモオルダアはポケットからヘアピンのようなものを取り出してスケアリーに見せた。

「ボクは優秀な捜査官だぜ」

本当にそんなもので鍵をこじ開けたのだろうか?スケアリーは驚いてモオルダアの事を見ていた。そして、いろいろ彼から聞こうと思った時、玄関をすごい勢いでノックする音が聞こえてきた。スケアリーが玄関へ行ってドアを開けると外には警官が二人いた。

「怪しい人物が窓からこの部屋に侵入しようとしていると通報を受けたのですが。あなたはこの部屋の住人ですか?」

警官の一人がスケアリーに聞いた。スケアリーにはその怪しい人物というのがモオルダアであることはすぐに解った。どうやらモオルダアはヘアピンのようなもので鍵を開けたのではなく鍵をかけ忘れた小さな窓から必死になって部屋に入ってきたようだ。

「ああ、そうですの」

スケアリーはそう言うと引きつった笑いを浮かべてエフ・ビー・エルのIDを警官に見せた。

「せっかく来ていただいたのに悪いんですけど、もうその変態下着ドロはエフ・ビー・エルが捕まえましたから」

そう言われても警官達は奥にいる怪しいモオルダアを見ながら、納得出来ない表情をしている。

「彼もエフ・ビー・エルの捜査官ですのよ」

警官達の表情に気付いたスケアリーが慌てて言った。

「それにあたくし達はもっと大事な捜査の途中ですからあなた達はもう帰っていいですわよ」

スケアリーに睨みつけられた警官達は渋々その場を去っていった。「もうホントにむかついてきましたわ」スケアリーは部屋に戻ってもう一度モオルダアを殴りつけてやろうと思ったが、ここは冷静にならなくてはいけない。モオルダアを誘拐した謎の組織が必死に探しているモオルダアが今自分の部屋にいる。それからエフ・ビー・エルさえ今回のモオルダア失踪に関しては怪しい動きを見せている。そのために彼女は謹慎中なのだ。ここは彼に話を聞いてみるしかなさそうだ。

「ちょいと、変態下着ドロのモオルダア。いったい何があったのか話してくださらない?」

部屋に戻ったスケアリーが聞くと彼は疲れ切った様子で食卓の椅子に座っていた。目の下にクマを作ってやつれたモオルダアを見て、拉致されて拷問を受けたという話もあながち嘘ではないような気もしてくる。

「それが、何にも覚えていないんだ」

聞かれたモオルダアが弱々しく答えた。

「覚えていないって、どういう事なんですの?もしかして、あなたは宇宙人とか地底人とかに記憶を消されてしまったなんて言うんじゃないでしょうね」

「いや、そうじゃなくて。どうやら飲み過ぎたみたいなんだ。しかも、どうして酒を飲んだのかさえ思い出せないんだ」

だらしない感じで喋るモオルダアを見てやっぱりむかついてきた。スケアリーはモオルダアに近寄ると彼の胸ぐらをつかんだ。しかし、彼から発せられる猛烈な酒のニオイにスケアリーは思わず手を放してしまった。それから、このニオイに事件との関連があると直感した。演劇部の部長は車の中でウィスキーのニオイを嗅いだと言っていたのだ。彼女は殴るのをやめてもう一度モオルダアに聞いた。

「あなたの記憶がないのはいつからなんですの?あなたが大学で捜査をしていたことは覚えているの?」

スケアリーに殴られると思ってビビっていたモオルダアは彼女に胸ぐらをつかまれていた僅かの間に何とか記憶を呼び起こそうとしていたようで、ある程度の事は思い出しかけていた。

「それはなんとなく覚えているよ。確か大学でキミと別れた後、ボクは天才的な能力を使って事件解決のためにいろいろしてたんだ」

モオルダアはとぎれとぎれの記憶をとぎれとぎれに話している。

「それから、夜になってボクはあの美しいレイコさんと一緒に彼女の家に…。そこからが思い出せないんだよなあ」

黙って考え込んだモオルダアはしばらくして急に心配な顔をしてスケアリーに聞いた。

「レイコさんは無事なのか?もしかしてボクは彼女が『恐怖のネコ女』に襲われたのに助けることが出来なかったんじゃないのか?そうだ!きっとそうに違いない。それでボクは彼女を失った悲しみで酒を飲み続けたんだ。そうだよねえ。スケアリー。これで全て説明出来るじゃないか」

スケアリーは彼の中途半端にロマンティックな作り話を聞いてあきれていた。

「レイコさんはちゃんと生きていますわよ。それに今ではまた元のムカツク女になってしまいましたわ。ネコ科の女に。どうでもいいけど、彼女の事を話すのはやめにしていただけませんこと?」

「なんで?」

「それはちょっと言えませんけど」

ちょっと恥ずかしそうにしているスケアリーを見てモオルダアは不思議だったが、まあどうでもいいか。

「レイコさんの話を信じるのなら、あなたはレイコさんの家のすぐ近くまで来ると突然様子がおかしくなって、その後何者かに誘拐されたと言うことですわ。それからこれはあまり言いたくないんですけど、その現場には得体の知れない黒い物体もいたということなんですの」

「えっ?ボク誘拐されてたの?」

これ以上モオルダアと話していても埒があかない気がしてきた。レイコの言っていたことがどこまで正しいのか、彼女が自分で確かめるしかなさそうだった。

「モオルダア、服を脱ぎなさい」

「何だよ、急に。いきなりそんなこと言われても。もうちょっとムードとか出さないとそういうことは…」

解りやすい勘違いをしているモオルダアが最後まで言う前にスケアリーは彼の上着を脱がしていた。スケアリーは鼻をつまみながらモオルダアの体に顔を近づけて証拠を探していた。そして彼女は彼の腰に小さなカサブタを見つけた。それは間違いなく例の麻酔銃で出来た傷のようだ。

「どうやらレイコさんの言っていたことは本当だったようね」

「何が?」

モオルダアが聞くとスケアリーは「これのことですわ」と言って腰の傷を軽く押した。「痛っ。なんだよそれ?」

「どうやら、あなたはレイコさんの家の近くで動物用の麻酔銃で撃たれたようね。ここに小さなカサブタがあるんですのよ。記憶がないのはそれが原因かも知れませんわ」

「でも、ちょっとおかしくないか?麻酔銃に入っている麻酔薬っていうのは投与されると二日酔いになったり酒臭くなったりするのか?」

「それはこれから調べないといけませんわ。まる一日意識がなくなるほどの麻酔薬を使うのは危険なことですわ。きっとあなたが誘拐されてからは何か別の方法であなたを眠らせていたのかも知れませんわ」

「そうか。じゃあこれはその時の傷かな?」

そういってモオルダアは腕に出来た小さな傷をスケアリーに見せた。

「あらいやだ。これもきっと注射針の傷跡ですわ。これは専門機関で検査を受ける必要がありそうですわね」

スケアリーは大学院生のヌリカベ君を思い出していた。今の彼女にとって専門機関と言えばヌリカベ君の研究室ぐらいなのだから。

「ああ、そういえばあなたがどうしてここにいるのかまだ聞いていませんでしたわね。あなたはいったいここで何をしていたのかしら?」

11. どこかの自衛隊基地

 訓練飛行をしている航空機にまぎれて一台の大型輸送機が着陸した。停止して開いた輸送機の扉からパナマ帽を被った紳士が顔を出した。タラップの下にはウィスキー男達が迎えにやってきている。ウィスキー男はタラップをおりてきたパナマ帽の男に持っていたウィスキーの瓶を掲げた。するとパナマ帽の男は持っていたラム酒の瓶を彼の方に掲げウィスキーの瓶とつきあわせた。瓶と瓶がふれあう音を聞いてから二人はそれぞれ持っていた瓶を口に持っていきゴクリと一口飲んだ。

「問題が起きたそうじゃないか。大丈夫なのか?」

ラム酒男がほとんど無表情でウィスキー男に聞いた。

「問題といってもたいしたことじゃないよ。こちらでうまく対処したよ。しかし、あれを持ってくるのは少し早すぎたようだね」

ウィスキー男は輸送機に積み込まれるコンテナを見ながらラム酒男に言った。

「日本の風土にはなじめなかったということかな。まあ計画が全て完璧に遂行されるとは限らんからなあ。あれを持ち帰ることが出来れば、今回の騒動は全てなかったことになるんだろ?また研究を続ければ今度は完璧なものを持ってくることが出来るはずだ」

「そうなることを願っているよ」

ウィスキー男は言いながらラム酒男に冷たい視線を投げかけていた。

 輸送機にコンテナが積み込まれると、ラム酒男はまた機内へと戻っていった。そして輸送機はここへやって来た時と同じように訓練飛行をしている航空機にまぎれて飛び立っていった。ウィスキー男は雲の中へ消えていく輸送機の方へ持っていたウィスキーの瓶を掲げてからまた一口にふくんだ。それを胃の中へ流し込むと彼は唇の両端を幽かに動かして気味の悪い微笑みを浮かべていた。

12. 夜、大学の教室

 ひっそりと静まりかえった夜のキャンバスに明かりのついた教室が見える。ここは前にも登場したヌリカベ君の使う教室。といってもヌリカベ君は今は別の部屋で分析の最中である。中には椅子に座って自動販売機で買ってきた紅茶を飲むスケアリーの姿が見える。そこから遠く離れた机にはモオルダアがいて何かを懸命に読んでいる。ひどい二日酔いで青白い顔をしているところは先程と変わらないが、彼の目の周りにはくっきりと青アザが出来ていた。きっとあれからまたスケアリーに殴られたに違いない。モオルダアは何を言ってスケアリーを怒らせたのだろうか?そういえばどうしてモオルダアがスケアリーの部屋にいたのかをまだ説明していなかった。それが解れば顔の青アザの理由も解るだろう。


 道端で目覚めたモオルダアはとにかく自分の部屋に戻ろうと高尾駅でタクシーを拾った。二日酔いのモオルダアは途中何度も気持ち悪くなってタクシーを降りようと思ったのだが、そうはいかない。彼はその時一文無しだったので途中でタクシーを止めても払うお金がなかったのだ。高尾から東京湾に近い彼のアパートに着くまで彼はほとんど料金メーター見ていた。そうしていればどんどん増えていく料金が気になって気持ちが悪いのも多少は和らいでいくからだ。どっちにしろ少しも快適ではない。

 タクシーがモオルダアの住むアパートの近くにやって来ると、彼は少し手前でタクシーを止めるように運転手に言った。彼のアパートの前に見慣れない車が止まっていたのである。ここで彼の「少女的第六感」が働き始めた。モオルダアは彼が誘拐されたことなどまったく記憶にないので、家の前に誰かが張り込んでいてもそんなことを気にするはずがない。しかし、そこはモオルダア。自分が優秀な捜査官だと思っているので、謎の組織に自分が監視されることも当然のように考えていたのである。彼のアパートの前に止められた車の中に謎の組織の人間が乗っていたのかどうかは解らないが、彼は家の前を素通りしてスケアリーの高級アパートメントへ向かった。タクシー代はスケアリーに借りることにしたのだ。

 高級アパートメントの入り口でスケアリーの部屋のチャイムを鳴らしてみたが彼女は留守であった。彼女はその時、行方不明のモオルダアの捜索に大忙しだったのだ。そんなことも知らないモオルダアは困ってしまった。後ろではタクシーの中から運転手が心配そうにモオルダアを見つめている。モオルダアは振り向くと「ヘヘッ」と怪しい微笑みを運転手に投げかけてアパートの裏へと回った。それからは前に書いたとおり。もちろんヘアピンのようなもので鍵を開けたのではなく、のそのそと窓から侵入したのである。部屋に入ったモオルダアは部屋の中を探し回ってタクシー代、約二万円に足りるだけの現金を見つけた。彼は鍵を開けて玄関から外に出てタクシー代を払うとまたスケアリーの部屋に戻って来た。すっかり疲れてしまったモオルダアはしばらく彼女の部屋で休んでいこうと思ったのである。そうしているうちにスケアリーが帰ってきたのだ。


 ここまで書けばモオルダアの青アザの理由もだいたい解ってもらえるだろう。しかもモオルダアは、彼女の部屋で現金を探している時に彼女の下着の入った引き出しをうっかり開けてしまったことも正直に話してしまったのだ。

 それから、モオルダアがスケアリーの部屋で見つけたものがもう一つある。それが彼が今興味深そうに読んでいるものである。彼はそれをスケアリーの部屋の机に置かれた封筒の中に見つけたのだ。その封筒はモオルダアが何者かに誘拐された夜にスケアリーがドドメキに渡されたものだった。

「すごいぞ。あれはこういうことだったのかあ」

モオルダアは遠く離れたところに座っているスケアリーに聞こえるように大きな声で独り言を言った。スケアリーは怒り心頭なので先程からモオルダアとは口を聞かなくなっている。それどころか、モオルダアの身体検査のために採血やらその他の作業をした後、この教室に入って来てからは彼にずっと背を向けたままだ。それでも、あれだけのことをされてパンチ一発でガマンしているスケアリーを褒めるべきなのだろうか。

 モオルダアは何とかスケアリーの興味を引こうと、また大声で喋りだした。

「へえ、知らなかったなあ。カリブ海にこんな国があったのかあ。なになに!?その国には人とも虎とも言えない謎の生命体が住んでいるという伝説があるって!?それは興味深いなあ」

そんなことでスケアリーが興味を持つわけがない。彼女は黙って紅茶を飲んでいる。それでもモオルダアは続ける。

「新聞には何にも載ってなかったけど、一ヶ月前にその国の大統領が日本にやって来ていたのかあ。おっ、ここになにやら怪しい写真があるじゃありませんか。ふむふむ、これがその大統領だな。そして、隣にいるのが…これは誰だろう。ウィスキーの瓶を持って、この人どこかで…」

モオルダアがここまで言うと、スケアリーが急に振り向いた。それと同時にヌリカベ君が教室の扉を開けた。なんとも言えない悪いタイミング。ヌリカベ君はそんなことには気付いていないようで、つかつかとスケアリーの前までやって来ると、分析結果を渡した。

「ただのアルコールです。でもアルコールをあれだけ注射されたら普通は生きてませんよ」

「あら、そうでしたの。だいたい想像は出来ましたから。でも助かりましたわ」

「それから…」

ヌリカベ君はまだ何かを言おうとしていたが、スケアリーはモオルダアの読んでいるものの方が気になって仕方がない。

「あの、ヌリカベ様。失礼ですけども今はそれどころじゃないんですの」

「ああ、そうですか。それじゃあ、この話はまた後日」