「503」

17. 移動中

 スケアリーの車はようやく見慣れた都会の風景が見える場所まで戻ってきていた。それでも道の混み方からするとまだ家に帰れそうにない。説明のつかない様々な現象に悩まされながら、それをなんとか説明できるようにしようと一日中動き回っていたのだが、結局解ったのは全ては本当かどうか解らない、ということだけだった。

 そんな感じで疲れ切っているスケアリーの機嫌が良いはずはないのだが、ここは努めて冷静でいようと先程から何度もため息のような深呼吸を繰り返していた。するとそこへ彼女の携帯電話の着信音が鳴り出した。「今ごろ誰かしら?」と思いながら、スケアリーがハンドルの所のスイッチを操作すると着信音が止みマイクとスピーカーで通話が始まった。

「ちょいと!なんなんですの?!」

そう言ったのはスケアリーではなく、電話をかけてきた相手である。

「ちょいと!あなたこそなんなんですの?!」

スケアリーは反射的に言い返してしまった後に少し後悔していた。彼女たちの姉妹ケンカはいつもこうして始まるのだ。

「あなたの『なんなんですの』はどうでも良いんですのよ!それよりもあたくしはあなたのせいで夕方のドラマを見逃してしまったんですからね!」

「そんなことはどうでも良いことじゃございません?どうしてあなたがドラマを見逃したのがあたくしのせいになるんですの?」

「あなたがいないから、あたくしがF.B.L.に行ってイロイロと説明を受けないといけないことになってしまったんですのよ!あなたはいったい仕事もしないで何やってるんですの?あたくしはあなたの代役なんて真っ平ですからね!」

「ちょいと!仕事をしてないってどういう事ですの?あたくしはちゃんとあたくしの仕事をしていたんですのよ!それよりも、あなたこそちょっと目立ちたいからって喜んで出てきたんじゃございませんの?あなたが思っているほどF.B.L.は楽な所じゃございませんのよ。少なくとも夕方のドラマぐらい我慢できないような人には務まりませんわ」

「ドラマだけじゃありませんわよ!あの副長官のなんとかという人。あの人が刺されたのがあたくしのせいみたいに言われてるんですのよ!あのひき逃げ事件は解決したんじゃないんですの?なんでまた犯人が出てきて、名前があるのに身元がわからないとか、そんな変なことになっているんですの?」

「ちょいと待ってくださいな。それは一体どういうことですの?」

どっちがどっちなのか解らない言い争いが続いていたが、ここでスケアリーが冷静になったので、一時休戦という感じにはなった。本来ならスケアリーの姉がF.B.L.で聞いたことをスケアリーに伝えるべきなのだが、夕方のドラマの件でちょっと腹が立っていたので、温厚な姉も少し興奮気味だったのだろう。(オカルトっぽい事が好きでフシギちゃん的な姉がどんな夕方の---恐らく再放送の---ドラマを見ようとしていたのか興味深い所であるが、そこを書いている場合ではない。)

「犯人の名前が解ったのですけど、それは本当の名前ではなくて、過去の記録もなくて。でも顔だけは解ったそうよ」

スケアリーが一歩引いた感じになったので姉も普通の感じで話し始めた。姉妹ケンカはいつも良く解らない理由で始まって良く解らない理由で終わるようだ。

「そうなんですの。…あたくし思うんですけれど、…これはあなたに言っても仕方のないことかも知れませんけど、あなたのひき逃げ事件やスキヤナー副長官の襲撃事件は、何かとても大きな事柄のほんの一部なんじゃないか、って思っているんですのよ」

「それって、どういう事ですの?」

「あなたはあたくしの家で襲われましたでしょ?でもあなたがあたくしの家に来るなんてことは誰にも知られていませんでしたし、あの時はあたくしとても重要な事を調べていて。それで、何かに近づきすぎていて、本当はあたくしを暗殺しようとしていたのではないか?ってそんなふうにも思えてしまって…」

「それってつまり…」

スケアリーの姉はここでスケアリーの首の付け根から取り出された金属片のことを思い出して、それと関連があるのか?と聞こうと思ったのだが、ここで二人の通話に割り込みでスケアリーに電話がかかってきた。スケアリーは「ごめんキャッチ入ったから」と言って、一度会話を中断した。(「キャッチ入った」というのはスケアリー世代が好んで使う言葉である、という豆知識か?)


「ああ、ボクだけど」

後からの電話の相手はこう言ってきた。それがモオルダアの声とすぐに解ったが、スケアリーは「ボクって誰ですの?」と心の中では思っていた。彼女の性格上こういう言い方はなんとなく気に入らないのである。

「あら、どういたしましたの?」

「ちょっと急用なんだけどね。スキヤナー副長官の所って、まだ警護がついているよね?」

「さあ、あたくしに聞いても解りませんわよ。あれから病院には行ってないんですし。まだ家にも着きそうにありませんわ」

「そうなの?それは困ったな?」

「なにがですの?」

「すぐにでもスキヤナー副長官の安全を確認してもらいたかったんだけど。なんか嫌な予感がするんだよね」

「それだったらあなたが行ったらどうなんですの?」

「でも、ここから歩くとかなりかかるし…」

モオルダアは先程マシュマロ男と会った後にスキヤナー副長官の危険を感じて病院に向かおうと思ったのだが、電車の本数は少なくなっているし、タクシーに乗るお金もないという悲惨な財布の中身だったのでスケアリーに電話をかけたのだ。スケアリーもなんとなくその辺の事は解っていたので、自分も何とかして病院に向かいたと思ったのだが、今いる場所からだと車でも時間がかかりそうだ。それで、誰が一番早く病院に着けるかしら?と考えた。

「解りましたわ。あたくしが何とかいたしますから。でもあなたも急いで病院に向かうんですのよ」

「ホントに?!良かった。なんか今回はけっこうヤバイと思ったからね。それじゃあ、頼んだよ!」

モオルダアが電話を切るとスケアリーは再び姉と話しはじめた。