「503」

20. 放射性廃棄物処理施設跡地

 朝日はすでに地平線の上に顔を出していて、分厚い雲の向こうからこの寂しい荒野のような場所を不気味に照らし出していた。モオルダアとスケアリーがやって来たのは、以前に放射性廃棄物の処理施設だった場所である。放射性廃棄物の処理施設とうからにはそれなりの大きさで、工場みたいな外観をしているのだろうと思っていたが、ほとんどの施設は地下にあるようで、地上には地下への入り口といくつかの建物が点在しているだけだった。

「本当にこんな所にいるのかしら?」

スケアリーは古びた建物の入り口を調べているモオルダアに向かって言った。

「まあ、放射能は今回のキーワードの一つという感じだしね。それにアレを隠すならこんな場所はうってつけだと思うけど」

「アレって何ですの?」

「まあアメリカではフーファイターとも呼ばれているアレだけどね」

スケアリーが気に入らない感じでモオルダアを睨んでいるのはもう解っているので、モオルダアはそのまま顔を上げずに調べていたドアのドアノブを回してみた。するとドアには鍵が掛けられていなくて簡単に開いた。

「アレを隠しているにしては不用心じゃありませんこと?」

「誰かがこじ開けたんじゃなければそうだけどね。でも今回は鍵の掛かっていないドアには何かを感じるんだよね。気をつけた方が良いぜ」

盛り上がってきたモオルダアはまた語尾に「ぜ」を付けたのでスケアリーは気に入らなかったのだが、彼女もまた何か嫌な雰囲気を感じとってもいたのでモオルダアがモデルガンを取り出すのと同時に銃を取り出して、モオルダアのあとに続いて建物の中にゆっくりと入っていった。

 二人は明かりの点いてない地下を懐中電灯の明かりを頼りに歩いていた。

「ここって本当に放射性廃棄物の処理施設なのかしら?こんなふうに簡単に忍び込めたりして、危険だと思いませんこと?」

「そうだけど、危険なモノが何もなければ危険でないと思うけどね。それに、放射能と聞けば普通の人は滅多なことで近づかないだろうから、秘密の隠し場所としてもちょうど良い場所だしね」

かつては様々な装置がおかれていたのだろうが、空き家となった施設の中は閑散としていた。施設の中を歩きながらいくつかの大きな部屋を通ったのだが、一目で何もないと解ると少し緊張感も薄れてくる感じだった。もしかするとルイス・カジナリを名乗る男に上手いこと騙されたのか、あるいは危険に気付いた「彼ら」の手によってすでにこの場所は片付けられてしまったのかも知れない。

 いずれにしても、何かがあるか、あるいは何もないことがハッキリするまでこの施設の中はくまなく調べる必要があるのだ。モオルダアとスケアリーは部屋を出てまた別の通路の方へ向かって行った。

 これまでどのくらい地下に降りてきたのか解らなかったが、二人が通路の先の階段を降りて来ると、そこはこれまでよりもさらにヒンヤリした感じで、どこか息苦しくなるような硬い壁に覆われていた。そして、二人は懐中電灯の光の先に何かを見付けて、そこへ走っていった。

「モオルダア、これはいったい…」

懐中電灯の光の先には、いつもの「特殊部隊のような人達」と同じような格好をした人が倒れていた。スケアリーはとりあえずその人が生きているのか確かめるため脈をとろうとしたのだが、そうするよりも前に、そんなことは意味がないと気付いたようだ。倒れていた人は全身に放射能による火傷を負っていた。この話の中で何度も出てきたものと全く同じ状態だった。

 モオルダアもその人の状態に気付いて、そのおぞましい姿に変な悲鳴をあげるところだったが、それよりも、この特殊部隊のような人の姿を見て、この先に重要な何かがあるに違いないと確信してもいたので、「悲鳴をあげる」よりも「先に進む」の優先度の方が上になって悲鳴はあげなかったようだ。

「クライチ君はここにいるね」

モオルダアはそう言うとスケアリーの脇を通りすぎて先に進んだ。スケアリーも「ちょいと!」と言いながらモオルダアを追いかけた。

 通路は一本道ではなかったのだが、分かれ道にさしかかるたびに「ヘンゼルとグレーテルのパンくずか?!」と思える感じで、特殊部隊のような人達が倒れていたので、二人は迷わずにその方向へ進んでいった。そして最後に銀行の大金庫のような頑丈な扉のある場所へ突き当たった。

 「0912」という部屋番号のようなものが書かれたその扉には「放射性物質・マジで危険」と張り紙がされていたりして、他とは全く違う物々しさが明らかに怪しかった。

 モオルダアとスケアリーは同時に何かを言おうとしてお互いに顔を向き合わせたのだが、ちょうどその時建物の上の方から集団がこちらに近づいてくるような物音が聞こえてきた。それを聞いて二人とも言おうとしたことを言わずに、代わりに「まただよ(ですわ)!」と言うと近づいてくる足音から遠ざかるように通路を走ってい逃げた。

 しかし、この建物の構造が解っていない二人に対して、ここに来た集団は中の通路の事も良く解っているようだった。二人は足音から遠ざかるように逃げていたのだが、次第に足音はどの方向からも聞こえてくるようになっていた。そしてとうとう、彼らの前から特殊部隊のような人達が通路を進んで来て、二人は振り返って逃げようとしたのだが、少し走ると反対側からも特殊部隊のような人達が二人に近づいて来た。

 これはけっこうヤバイ状態に違いなかった。この特殊部隊のような人達は過去に何度もモオルダアやスケアリーに発砲してきている。それは彼らが二人に直接的な感情を持ってしていることではなくて、誰かからの命令でそうしているに違いないのだが、もし今回も二人に対して射殺命令のようなモノが出されていたら、二人はここでオシマイという事にもなりかねない。

 特殊部隊のような人達に囲まれてモオルダアもスケアリーも焦ってはいたが、どうすることも出来ずにモオルダアはモデルガンを、スケアリーは銃を床に置くと両手を挙げて特殊部隊のような人達の持っているライフルの銃口を見ながらビクつくしかなかった。

「よし、こっちに来るんだ!」

特殊部隊のような人達のリーダー的な人がそういうのを聞いて、二人はとりあえず今回は撃たれるような事がないと解ってホッとしていた。


 モオルダアとスケアリーは特殊部隊のような人達の持つライフルで小突かれながら、また元来た通路を戻り,

階段をいくつも昇って入り口まで戻された。入り口のドアの外は相変わらず曇ってドンヨリしていたが、特殊部隊のような人達やその車などで来た時よりはザワザワした雰囲気になっていた。そういう中でもやっぱりドンヨリした雰囲気でウィスキーのビンを口に運ぶ男はよく目立つ。

 モオルダアとスケアリーは外に出るとすぐにその姿に気付いた。ウィスキー男は建物に入るためにドアの方へ向かっていたので、ドアから出てきた二人のすぐそばまで来ていた。

「ここにいるんでしょ。クライチ君はここにいるんだ」

モオルダアがウィスキー男の前に立って言った。

「何のことかね?ここには誰もいないぞ」

「だったらこの人達は何をしてるんだ?誰もいないならこんな特殊部隊のような人達なんて来なくても良いんじゃないか?」

「キミが何を言っているのか良く解らんがね」

ウィスキー男はウィスキーの臭いをプンプンさせながら答えていた。その臭いにやる気が失せそうになったモオルダアだが、この怪しい場所に怪しいウィスキー男がいるということは、やっぱりこの場所は怪しいに違いないので、モオルダアは食い下がった。

「ここにはUFOがあって、クライチ君はそれでここに来たんだ。そうに違いないよ」

「クライチ君だと?クライチ君は一年以上前から行方不明だがな」

とぼけているウィスキー男だったが、その威圧するような瞳は少しもとぼけた感じがしなかった。それよりも、モオルダアがなんと言おうと、この状況ではすぐに「ここには何もなかった」という状態になってしまうだろう。それ以前にモオルダア達はここで何も見付けていない。ウィスキー男はこんなやりとりは無駄だと思ったのか、モオルダアの脇を通って建物の入り口に向かって行った。

「ちょいと、お待ちなさいな!中には遺体がありましたのよ!放射能が原因に違いありませんわ。そういうところが明るみに出ても問題ないって言うのかしら?」

ウィスキー男の態度に腹が立ってきていたスケアリーがウィスキー男の背中に向かって言った。ウィスキー男もそれはちょっとマズいかな?と思って、入り口のところで振り返って大きめの声で言った。

「ここには何もないんだよ」

そんなことを言ったら「ある」ということがバレてしまいそうだ。しかしウィスキー男としては言わないよりは言った方が良いということだったのだろう。モオルダアとスケアリーは特殊部隊のような人達に押されて彼らの車に押し込まれる最中だったが、ウィスキー男につられてモオルダアが言い返した。

「隠したってダメだぞ!真実はいずれ…」

大きな声で遠くにいるウィスキー男に向かって言っていたモオルダアだったが、そこで車のドアがバタンと閉められて言葉の最後が情けない感じでかき消された。


 ウィスキー男は先程モオルダア達がいた通路を歩いていた。今は明かりが点けられてはいるのだが、古い建物で、元々それほどの明かりが必要な施設ではなかったからなのか、さっきまでとあまり変わらない暗さだった。ウィスキー男は薄暗い中に倒れている特殊部隊のような人の遺体を見付けてそこに近づいて行った。

 それは全く同じ症状だった。彼が最近見た二人の男や、もっとさかのぼって彼が子供捜査官だった頃に病院で見た男と全く同じ状態で、倒れている特殊部隊のような人の皮膚は赤黒く腫れて爛れていた。ウィスキー男は子供捜査官時代に感じたあの言い知れぬ恐怖を思い出していた。もちろんそんなことは誰にも知られないように、顔色は少しも変えていなかった。そして昔「我々にまかせておきたまえ」と言った時と同じようにウィスキー男をラッパ飲みしてから、後ろに付いていた特殊部隊のような人達にこの遺体を処理するように命じた。

 ウィスキー男はさらに歩いて「0912」と書かれた扉の前まで来た。この中に何があるのか、ウィスキー男には調べなくても解っていた。中にはクライチ君がいる。UFOもある。クライチ君の中にはそのUFOに乗っていた黒いオイル状の「何か」もいる。そして今、クライチ君の目や鼻や口からはそのオイル状のモノが流れ出している。そして元いた場所へと流れ込んで行っているに違いない。

 これでひとまず安心である、と思ったウィスキー男は目の前の扉を見つめたままもう一度ウィスキーをラッパ飲みしてから、振り返って建物の外へと向かって行った。