「503」

12. マンションの部屋っぽいところ

 安らぐという言葉とは無縁の仕事をしているような人間にも一時の休息は必要である。この部屋にいる男は先程からソファーに深く腰掛けてウィスキーをラッパ飲みしながらお気に入りの女性キャスターの出ているニュース番組を見てニヤニヤしていた。それのどこが休息になるのか解らないかも知れないが、このウィスキーを飲む男にとっては何よりの休息なのだ。

 緊張感を抜きまくった感じでソファーに座る男には背後に誰かが近づいていることなど気付くことが出来ない。休息中なのでついでにタバコも吸っているウィスキー男がタバコの灰を灰皿に落としていると、後ろから静かにソファーに近づいてきた誰かが、灰皿の前にあるウィスキー男の手の近くにメモリーカードを投げ出した。

 この突然の出来事に驚いたことは驚いたのだが、目に入ってきたメモリーカードをみてウィスキー男はさらに驚いていた。このメモリーカードが手に入らないことによってウィスキー男はとある組織の中で窮地に立たされていたのだ。これで全てがまた元どおりに、自分の思い通りに動くようになるに違いないと思いながらも、いったい誰がこれを持ってきたのか?と、そんな感じでウィスキー男は振り向きながら立ち上がった。

「アレはどこにある?」

そこにいたのはクライチ君だった。もちろん、今のクライチ君は見た目はクライチ君でも中身は別物のクライチ君なのだが。どうやらクライチ君はメモリーカードと何かを取り引きしようとここへやって来たようだ。ウィスキー男にとってメモリーカードは何に換えても取り戻したい物であったのだから、そんな取り引きは大歓迎である。

「キミか。待っていたぞ」

ウィスキー男がそう言った時に、奥の部屋で侵入者に気付いた用心棒がやって来てクライチ君の背後から銃を突きつけたのだが、ウィスキー男はその用心棒に銃を降ろすように命令した。

 それよりも、書き忘れたが、この男こそがスキヤナー副長官を刺した男で、しかも以前にはクライチ君と一緒にスケアリーのアパートに忍び込んでスケアリーの暗殺を遂行しようとした男でもある。

 それを知っているのかどうか解らないがクライチ君がその男が構えていた銃を降ろすのをみると再びウィスキー男の方に目を向けた。ウィスキー男はウィスキーを一口ラッパ飲みしてから言った。

「欲しいものは私が持っているぞ」

ウィスキー男は自分の取り引きしている相手がクライチ君ではなく別の「何か」であることが解っているようだった。そしてクライチ君の中にいる「何か」もそれは承知しているようで、その時点で二人の取り引きは成立したようだった。

13. ローンガマンのアジト

 ガッカリするのは、その前に何かを期待していたからである。そして、その期待が大きければ大きいほどガッカリの度合いも大きくなる。ローンガマンのアジトに戻ってきたメンバー達とモオルダアがどのくらいガッカリしていたのか解らないが、彼らはここに戻ってくる途中から口数も減って、今ではダラッとした感じで部屋の中で座ったり寝ころんでいたりしていた。

「せっかくスケートが出来るところまで披露したのに、全然意味がなかったですね」

元部長が言っていたが、スケートの場面はそれほど重要な場面ではなかったのでどうでも良いのだ。

「まあ、考えてもみなよ。オレ達が相手にしているのは並大抵の組織ではないんだぜ」

どこまで知っているのか解らないが、フロシキ君が知ったようなことを言っていた。モオルダアは特にこの会話には参加せずに、半透明のケース以外何も入っていなかった封筒をなんとなく眺めていた。すると、モオルダアはあることに気付いた。

「ちょっと、ここに何か書いた跡があるけど。これって、この上でボールペンでメモとかしたに違いないな」

「ホントですか!?」

やることがなくなって元気のなくなっていた元部長がモオルダアの発見に盛り上がっている。

「本当か?!そういうことなら、何とかしてその文字を解読しなきゃいけないんだろ?なんでも本場のFBIにはそういう文字を解読する高性能な装置があるらしいぜ」

フロシキ君もホントかどうか解らないことを言いながら話に入ってきた。

「電磁波で目に見えない凹凸まで検出できるってことだけどな」

「それから、絶縁テープとトナー液を使う方法もあるぜ。ただF.B.L.にその設備があるかどうかだけど。技術者に相談したら何とかなるかな?」

なぜかモオルダアまで「高性能な装置」の話を始めてしまったので、見かねたヌリカベ君が口を開いた。

「ボクに見せてください」

滅多に喋らない人が喋るとみんな注目するので、モオルダアはハイという感じで言われたとおりに封筒をヌリカベ君に渡した。

「こうすれば解ります」

そう言って、ヌリカベ君は封筒の上に紙を一枚置くと、その上を斜めに倒した鉛筆で撫でるようにして色を塗っていった。斜めにした鉛筆の芯は紙にあたる面積が大きくなるので、それよりも小さく凹んだ部分には鉛筆の色が付かないということだ。

 ヌリカベ君が鉛筆で紙を塗っていくと、紙の上に番号が浮き出てきた。そしてそれをモオルダアに渡した。見ていた一同は感心してヌリカベ君を見つめていたが、ヌリカベ君はなんとなく迷惑そうな感じだった。

「これって多分、電話番号だね。03から始まる東京の市外局番だし」

モオルダアが言うと、さっそく電話をかけようとして彼の携帯電話を取り出した。もしも全然関係ないところにかかってしまったらどうしようか?とも考えたのだが、その時は「スイマセン間違えました」でいいやとか、どうでも良いことも考えていた。

 モオルダアがヌリカベ君に渡された紙を見ながら携帯電話に番号を入力していると、急に持っていた携帯電話がブルブルと振動を始めて、モオルダアは小さく悲鳴をあげそうになってしまった。マナーモードにしている携帯電話を持っている時に着信があるとけっこうビビるということに気付いても意味はないのだが、そんなことを思いながら携帯電話のディスプレイを見ると、電話をかけてきたのがスケアリーだと解った。


「ちょいと、モオルダア!どういうことですの?!」

スケアリーはいつもの調子だったのだが、いつものようになんとも答えようがない。

「どう、と言われてもね。こっちは一応盛り上がってくる感じで謎の電話番号を手に入れたんだけど。キミは何をやってるんだ?というよりも、行き先を告げずにどこかに行くなんて、らしくないよね」

「そんなことはどうでも良いんですのよ!」

そういいながらもスケアリーはモオルダアが意外と冷静に自分のことを見ているのに気付いて、ちょっとうろたえた感じになりそうだった。確かに今の自分は例の金属片のことでいつもの「公平な視点」とか「科学的な視点」というのを忘れかけているような気もする。ただ、今となっては一つの問題が納得のいく感じで解決しそうなのだからそんなことは気にしてはいられない。

「モオルダア、すごいことが解りましたのよ!」

「すごいこと?!」

「あのUFOサークルの方達に関することですけれど」

「ああ…」

モオルダアは多少どうでもいい感じの返事を返した。今のモオルダアにはUFOサークルのメンバーのことなどはどうでも良いことになりつつあった。

「ちょいと!ちゃんと聞いてるんですの?あなたの持っていたDVDにも関連しているんですのよ」

「あれにも?それはどういうこと?」

DVDが出てきて少しだけモオルダアが興味を示した。

「あたくし、今あのDVDが撮影された現場に来ているんですのよ。あれは全部ヤラセだったんですの」

「なんでそんなことが解るんだ?」

「F.B.L.の捜査官ならもっと視野を広くしないといけませんわよ。あのDVDに関しては検証のための動画がいくつもYouTubeにアップロードされているんですのよ」

「なにそれ?」

「説明は面倒だから自分で調べたら良いんですわ。とにかくあのDVDは取材班が見付けた空き家になった医療施設で撮影されたものですの。あたくしは今そこにいるのですけれど」

「そうなの!?というか、それとUFOサークルのメンバーとはどう関わってくるんだ?」

「そこがミソなんですのよ」

ミソとか言う表現は久しぶりに聞いたと思ったのだが、今は話の内容に集中したいのでモオルダアは聞き流すことにした。

「この医療施設というのがちょっと問題で、ここでは無免許医師やインチキな科学者が人体実験をしていたんですのよ!恐らく、違法な薬物とかそういうものですわね。どうやら、実験台になった方達は催眠術か何かでUFOに誘拐されたというウソの記憶を植え付けられていたようなんですの。つまり、こういうことなんですのよ。あの殺害されたUFOサークルの方が自分が人体実験をされた場所と同じ場所で撮影された怪しい映像を偶然見てしまって、それを間違った記憶の中で解釈した結果、それがエイリアンの解剖ビデオに見えてしまって…」

「ちょっと待ってよ。キミは誰からそんな話を聞いたんだ?」

「誰って…その、事情通の方からですわよ。…あたくしたちが間違った情報で間違った方向に捜査を進めないように、とか、そんな感じで教えてくれたんですのよ」

そういうスケアリーの声からなんとなく自信が失われていくような感じだった。何よりも「事情通」というのが出てくるとどうしても信憑性が薄れていく感じがするのは否めない。スケアリーにとっては自分の首の付け根に金属片が埋まってきたことの説明として、この人体実験説が一番納得出来るものであり、そうだとしても、決して許される事ではないとも思っていたのだが、そうであって欲しいとは願っていた。しかし、そこには矛盾点がたくさんあるような感じもしていた。

「その事情通というのはまだそこにいるの?」

「忙しいとか言うことで帰りましたわ」

「そう。ボクにはどうにも納得できないんだけどね。どう考えてもそれは偽の証拠に違いないよ。もしそうだとしても、どうしてアメリカの外交官が出てきたり、DVDを売っていたあのジンザという男は殺されたりとか、そういうことの理由にはなりそうにないけど。それにクライチ君の持ってるメモリーカードとの関連とか。それから前にボクらが見付けた鉱山跡地の謎の資料とかもあるし。…そういえば、あそこのファイルにはキミの名前があったっけ?」

モオルダアがなんとなく思い出した鉱山跡地の資料とはゲロニンゲンの話の中で二人が見付けたものであるが、その話を聞いてスケアリーはさらに自分の考えに自信をなくし、そして不安にもなっていた。実際には電話の向こうのスケアリーはほとんど泣いていた。

「そんなことを言ったって、あの方達がエイリアンに誘拐されたって証拠はどこにあるんですの?ジンザさんが殺されたのは、この場所を知られたくなかったから、口止めとかそういうことに違いないですわよ」

「そこを考えるのはまだ先のことだと思うけどね。ボクの考えでは、これはゲロニンゲン作戦と関係があると思うんだ。戦時中に化学兵器の開発なんかに携わっていた科学者達が、アメリカに彼らの能力を提供して戦犯として起訴されるのを逃れたってやつ。このあいだ日本に密入国したカタコト日系人というのが彼らか、その後を継いだ人達とかそういうことだと思うんだよ」

「なんなんですの、それ?」

「なにかと言われても、まだ推測でしかないけど。キミの言う『事情通』からの情報よりはまともだとは思わない?」

「そうかも知れませんけれど、あたくしはこんな山奥まで来て調べたんですから、こっちが正しいに決まっていますわよ!」

「ちょっと、なんでそんな強引な理屈で…」

モオルダアが言ったが、電話はもう切れていた。モオルダアは少しスケアリーのことが心配になってしまったのだが、もしかすると疲れていて機嫌が悪いだけかな?とも思っていた。もちろんそんなことはなくて、電話を切ったスケアリーは山奥の薄暗い医療施設の一室でこらえきれなくなった涙をボロボロ流しながら「そんなことはあり得ませんわよ!誰もエイリアンに誘拐なんかされてないんですのよ!」と独り言を言っていた。