「503」

19. 移動中

 モオルダアは先程病院に電話をしてスキヤナー副長官の事を聞こうと思ったら、移送されることになったと言われて、それでどこの病院に移送されるのか?と聞いたら良く解らない返事が返ってきて、それじゃあ自分はどこに向かえば良いのか?と思いながら意味もなくあちこちフラついていた。するとそこへスケアリーから電話がかかってきた。

「ちょいと、モオルダア!何をやっているんですの?」

「何を、と言われても。ボクはどうすることも出来ずに、ただフラフラ…。というかさ、キミは何だかスキヤナー副長官っぽい事を言うようになったな」

「そんなことはどうでも良いですわよ。それよりもまたスキヤナー副長官が襲われたって話ですのよ」

「本当に?!大丈夫なの?」

「ええ、ちょうどあたくしの姉が付いていましたから」

「お姉さんが?!なんで?」

「そこは気になさらないでくださいな。あたくしの判断でスキヤナー副長官の命が助かったんですのよ。それから、犯人が取り引きを持ちかけてきたって。それでクライチ君の居場所がわかったのよ」

「ホントに!?それは良かった。でもクライチ君は今クライチ君ではない何者かになっているから、気をつけないとね」

「何なんですのそれ?」

「あれ、お姉さんから聞かなかった?」

「聞いてませんけど。とにかくクライチ君を捜しに行くんでございましょ?場所は青森県ってことですから、これから羽田で落ち合うことにいたしましょう」

青森県と聞いてモオルダアは「いきなりずいぶん遠いなあ」と思っていた。それよりも、飛行機代とかちゃんとエフ・ビー・エルから出るのか心配でもあった。とにかく、何も出来ずにフラフラしているよりは、やることがあるだけマシだと思って羽田空港へ向かった。


 モオルダアが羽田に着くとすでにスケアリーは到着していて、彼女が深夜便のチケットも手配していたようだった。モオルダアはこれは都合が良いと思って何食わぬ顔でチケットを受け取ると、代金の事は決して口にしなかった。スケアリーも出発の時間が迫っているのでその辺には気が回らなかったようだった。

 東京から青森へ。飛行機を使えばあっという間に付いてしまうのだが、そこから先が長かった。二人はレンタカーに乗って目的地へ向かった。暗い道をしばらく走っているうちに、空はもうすぐ明るくなりそうなソワソワした気配になってきた。

「本当にクライチ君がいるんでしょうね?あのメモリーカードを取り戻したら、全てがハッキリするんでしょうね?」

運転していたスケアリーはどこかイライラしような感じで聞いてきた。

「いや、それだけではなくて、これから行く場所にはもっとスゴイ物があるに違いないよ。日本ではあまりその呼び名が知られてないけど、アメリカではフー・ファイタ…」

「そんなことはどうでも良いんですのよ!あたくしは、今向かっている場所に行くことに意味があるのか?って聞いているんですのよ」

「でも最初に行くと言ったのはキミの方だけど…」

モオルダアは言いながら、もしかするとスケアリーは運転に疲れてきて機嫌が悪くなっているのでは、と思った。レンタカーならモオルダアが運転しても良いのだが、いつものクセでスケアリーが運転席、モオルダアが助手席に乗り込んでしまうのだ。それはどうでも良いのだが、スケアリーは特に運転で疲れているということでもないようだった。

「仮にクライチ君が見付かって、メモリーカードも取り戻せたとしても、それで最初の方の事件は解決するんですの?」

「最初の方って?」

「あなたがもってきたDVDを売っていた人が殺されたりとか、UFOサークルの方達とか」

「そうだね。その件に関してはボクも少し考えていたんだけど。でも、こういうことは全て裏でつながっていると考えてもおかしくないからね。あのDVDに映っていたのはアメリカで戦時中の日本軍の研究を続けていた人達だったとして。彼らがどこかからの、まあ恐らく日本政府の裏組織みたいなモノの指令でその研究を日本に極秘に持ち込んだとするよ。そうなると、秘密が漏れるのを恐れて、彼らを消すためにアメリカからカタコトの暗殺者が送り込まれてくる」

「つまりイシマルが彼らを殺したって事ですの?それから解剖の現場を撮影したDVDを売った方も殺したというの?あれは医療施設の一室で撮影されたフィクションだって言うあたくしの考えも完全に否定されたワケではないんですのよ」

「そうだけど、その説は検証のしようがないしね。とにかく最終的にはイシマルの持っていた衛星写真からパイパイ丸に辿り着いて被爆事件や中華街やクライチ君に辿り着いたんだし。パイパイ丸は戦時中の沈没船などを探索していたっていう話もあるしね。あのゲロニンゲン作戦は現代にも何か影響を及ぼしていると思うんだよね」

「そうですの。それなら良いですわ。どうせこれから行く場所で何かが解るんでしょうし。UFOサークルの方達に『あなた達は本当にUFOに誘拐されていたんですのよ』って伝えるのはあなたがやれば良いんですわ!」

やっぱりスケアリーは機嫌が悪いみたいだ。

「なんかキミはUFOサークルにこだわるね」

「そんなこと、ありませんわ」

スケアリーはそう言うと、もうこれ以上何も聞くな、という雰囲気になっていた。モオルダアはなんとなくこのところのスケアリーがこうやって何かを気にして悩んでいる感じになるのを変に思っていた。ただ、今そんなことを彼女に聞いても、機嫌が悪くなって状況が悪化するだけだとも思ってしばらく黙っていた。

 カーナビを見ると、現在車は下北半島の首みたいになっている部分を走っている事が解った。さっきから気まずい沈黙が続いているので、モオルダアはなんとなくカーナビの地図を眺めていたのだが、あることを思いついて沈黙を破った。

「この半島の形って、ハンガーの引っかける部分みたいだよね」

スケアリーは、何で今そんなことを言うのかしら?と思って一度モオルダアの方を見たのだが、そのまま何も言わなかった。とうよりも、何かを言い返す気分ではなかったのだろう。

 またしばらく会話のないまま車は走っていたが、スケアリーがあとどのくらいで目的地に着くのかを確認するためにカーナビの地図に目をやった。まだ車は下北半島の首みたいになっている部分を北に向かって走っていたのだが、彼女はそれを見て不意にさっきのモオルダアの言葉を思い出してしまった。それから、タンスの中で本州がコートみたいになって棒に吊されているのを思い浮かべた。何でそんなことを思い浮かべたのか解らなかったが、思い浮かんだその光景が妙に面白くて、スケアリーは「フッ」と吹き出してから、さらに笑い出さないように口に手を当てた。

 モオルダアはスケアリーが突然笑いの発作に襲われたのに少し驚いたのだが、さっきまで険しかったスケアリーの表情が少し柔らかくなっているのに気がついて少し安心していた。そうこうしているうちに、車は目的地に到着した。