「503」

18. 都心の病院とその周辺

 今日はどこも道が混雑しているようで、スキヤナー副長官を移送する救急車も病院を出たとたんに渋滞にはまって動いたり止まったりを繰り返していた。救急車と行っても緊急ではないのでサイレンを鳴らして普通の車を蹴散らして走ったりはしない。

 救急車の運転手は信号待ちをしながら「渋滞でも私達にとってはのんびりした雰囲気がして、こっちの方が良いんだよな」とか考えていたのだが、突然誰かが救急車のドアをノックしたので少し驚いて窓の外を見て、それから窓を開けると「どうしました?」と聞いた。

「この救急車にはスキヤナー副長官が乗ってるのかしら?」

「ええと…、そうですね」

運転手はダッシュボードの棚からクリップボードを取り出して確認してから言った。

「あたくし付き添いで後ろに乗ってもよろしいかしら?緊急なんですけれど」

運転手は特に問題もなさそうだったので「良いですよ」と答えた


 救急車の中では鎮静剤を飲んで寝ているのか起きているのか解らない感じのスキヤナーが横になっていた。全身がだるくて顔を動かすのも面倒な感じだったが、誰かが中に入って来たことは解った。そして「お加減はいかがかしら?」と言われたのを聞いて、やっとこの時が来た!と、だるいながらも盛り上がっていた。

「誰かに内臓を魔改造された気分だよ」

腹部を刺されて苦しんでいる状態をユーモアを交えて表現するこのフレーズがやっと言えて、スキヤナーはやっとつかえていた何かがとれたような、変な開放感を味わっていたのだが。

「…あの、それってどういう意味かしら?」

この返事はスキヤナーの予期しないところだった。そして、ゆっくりだったが慌てた感じで、ついさっき救急車に乗ってきた人物の顔を確認した。

 だいたい解っていたと思うが、そこにいたのはスケアリーの姉だった。気付いていなかったスキヤナーはゆっくりだったが驚いて目を見開いたのだが、全身に力が入らないような感じなので、見ている方はあまり驚いているようには見えなかった。

「あれ、キミは?」

「あたくしは、ダナアの姉のダネエと申します。ダナアに頼まれて付き添いをすることになりましたのよ」

「それは有り難いんだが、キミはF.B.L.とは関係がないし、もしも何かあったら我々にも責任が…」

「それは大丈夫ですのよ。何かあればダナアが責任を取りますし、あなたが襲われたのはあたくしのひき逃げ事件とも関わっているんでございましょ?それに、あたくしだってイザというときには護身術も使えるんですのよ。それにこれもありますし」

そういいながらスケアリーの姉が取り出したのはスケアリーの物と思われる銃だった。それを見たスキヤナーはまたさっきのようにゆっくりだが驚いて、誰にも気付かれない驚愕の表情をしていた。

「キミ!そんなものを一般人が使ったら…」

スキヤナーがゆっくりだったが焦った感じで言おうとすると、普通とはちょっと違う感じで救急車が揺れたのが解った。スキヤナーはほとんど体が動かせないようなそんな状態のまま、これはマズいことになったと思っていた。この救急車のうしろの扉のところに誰かが足をかけた感じの揺れを感じていたのだ。そしてスケアリーの姉も同じくその揺れを感じて、銃を構えてうしろのドアの方へと向かった。誰に教わったのか知らないが、専門的な銃の持ち方をしていた。

 それはどうでも良いのだが、スケアリーの姉はゆっくりとドアのところまでやって来た。ドアについている窓の下の方に一瞬人の頭が見えたような気がしたのだが、窓に顔を近づけて覗き込むのは危険な気がした。その代わりスケアリーの姉はドアを思い切って勢いよく開けた。

 ドアを開けた瞬間に、ドアの外にいた男は不意をつかれた感じでバランスを失ってすぐ後ろの車のボンネットに仰向けに倒れた。そして、その時に故意なのか偶然なのか解らないが、男が持っていた銃を撃って救急車のドアに弾が当たると火花が散った。スケアリーの姉は驚いて反射的に身をかがめたが、次の瞬間に何が起きたのか理解すると即座に外に向けて銃を構えた。それを見た男は「マズい」と思って一目散に逃げだした。

「お待ちなさい!」

そう言いながらスケアリーの姉が男のあとを追った。

 男は車が行き交う中を奇跡的に撥ねられずに走っていたが、男にとって今日はあまり良い日ではなかったらしく、すぐに運が尽きて走ってきた車と接触して数メートルはじき飛ばされた。普通ならばそこであきらめても良いのだが、男はそう簡単にあきらめなかった。スキヤナーの暗殺に失敗して、さらに捕まるとなれば、今度は彼の命が危険にさらされるのは彼にも良く解っていた。

 男はよろめきながら立ち上がると、足を引きずりながらさらに走った。後ろからはスケアリーの姉の「止まりなさい!」という声が聞こえてきた。車にぶつからないように注意して走ったり止まったりを繰り返して追ってくるスケアリーの姉だったが、ケガをして足を引きずっている男との距離は次第に近づいて行った。そして、男が車道から歩道に入ってすぐの路地に入る時には、もうスケアリーの姉の気配がすぐ後ろに感じられた。さらに悪いことに、この路地は袋小路になっているように思えた。

「止まりなさい!この人殺し!」

スケアリーの姉の声はもうすぐ後ろで聞こえていた。男がどれだけ追っ手が近づいているのかを確認しようと振り返ると、足がもつれてその場に力なく倒れ込んでしまった。視線の先には銃を構えて息を荒げながら勢いよく向かってくるスケアリーの姉の姿があった。

「あなたはルイス・カジナリですわね!」

スケアリーの姉は今にも発砲しそうな勢いだったので男は慌てて手のひらを彼女の方に向けて「落ち着くんだ!」という仕草をしていた。スケアリーの姉が怒るのも仕方はない。昼間にF.B.L.に呼び出されてワケの解らない説明を聞かされて、夕方のドラマを見逃して、そんなことは大したことではなかったのだが、目の前の男が自分のひき逃げ事故に関わっていて、捜査していたスキヤナー副長官を襲い、さらに先程は銃で危うく殺されかけたのだ。そして、男の怒らせた相手はスケアリーの姉である。普段はスケアリーよりも数段穏やかな性格だとしても、そこは血のつながった姉妹。怒りが頂点に達したらスケアリーに負けないぐらいか、あるいはそれ以上に手の付けられない状態になるかも知れないのだ。

「あなたはルイス・カジナリですわね!答えなさい!あなたはダナアの姉であるあたくしを襲った犯人ですわね!そうですわね!答えなさい!」

スケアリーの姉の持っている銃はビックリマーク(「!」←これ)が出てくるたびにその先をビクッと上下に震わせていた。それを見るたびに男は銃から弾が放たれると思って、ほとんど声が出ないくらい脅えていた。

「…ぁ…ぁ、あ」

「答えなさい!」

「待って…。私を殺してもどうにもならない。…取り引きを。…取り引きをしてくれへんか。私はクライチ君の居場所を知っているんだ。本当だよ、信じてくれ」

スケアリーの姉はまたクライチ君って誰かしら?と一瞬思ってしまったのだが、男が妙なマネをしないように彼から目を離す事はなかった。するとその時、彼女の後方からパトカーが路地に入ってきた。そして中から慌てた感じで警官が二人おりてきた。

「今すぐ銃を降ろしなさい!」

そう言いながら警官が走って向かってきた。スケアリーの姉が振り返って警官の方を振り返ったときに少しのすきが出来たのだが、それを見ても男はもう逃げ場がないことを悟ったようで、逃げたりはしなかった。

 警察が来たのに気付いてスケアリーの姉は落ち着きを取り戻した。それと同時に、一歩間違えれば自分が目の前の男に発砲していたかも知れなかった事にも気付いて、一瞬どうしようもない恐怖に襲われた気がした。もしも男がさらにクライチ君とか彼女のよく知らない事を話し始めていたら…。そんな恐ろしいことは考えずにスケアリーの姉はポケットから自分の免許証を取り出して警官に見せた。

「あたくしはスケアリー家のダネエですのよ。F.B.L.に協力していたところですの、この方は悪い方のようなので捕まえてくれますこと?」

警官はそれを聞くとただ頷いて倒れていた男を逮捕した。もしモオルダアがこれを見ていたら「エェェェ!」となっていたかも知れない。モオルダアはどの事件現場に行ってもF.B.L.の身分証だけでは現場に入れてもらえないのに、スケアリーの姉だと免許証だけでなぜかオッケーのようだ。


 数分後に連絡を受けたスケアリーが現場にやって来た。興奮状態で犯人を追いかけたり、銃を人に向けたりで、半分パニック状態の姉を妹がなだめたり慰めたりするやりとりもあったのだが、面倒なので、どんなやりとりがあったかはなんとなく想像してください。