「503」

11. 山奥の研究施設

 スケアリーの車が静かにこの山奥にある施設の前に止まった。スケアリーが入手した住所はここで間違いないし、ここの他に建物があるとは思えない山の中なので彼女は目的の場所に到着したということになるのだが、どこか腑に落ちないような感じで、少しの間車のフロントガラス越しに建物を眺めていた。

 いったいどうしてこんな山の中に研究施設をつくるのか。そして、どうしてここから発注されたと思われるマイクロチップがスケアリーの首の付け根から取り出されたのか。それは、この場所を調べたら解るのかも知れないが、こんな山奥で人知れずに研究されているということは、そこには何か人に知られたくない理由があるのであって、そんな研究はいつまでも同じところで続けられるようなものではない。

 この場所の静けさや、薄汚れた感じの建物の外壁。それからどの窓からも中で明かりが点いていないのが良く解る感じで白っぽい建物に真っ暗な四角い窓が不気味に口を開いていて、この建物に人がいるとは思えなかった。

 スケアリーは車から降りてゆっくりと建物の方へと向かった。ドアには鍵がかけられていると思ったのだが、意外なことにそれはすんなりと開いた。少し大きめの病院のような感じの建物は入り口を入ると似たような感じのドアが整然と並ぶ廊下が続いていた。

 中に入ってもやはり人の気配はしなかったのだが、なぜか鍵のかかっていない扉が出てくる時には何かがあるような気がしてスケアリーは銃を取り出して慎重に廊下を進んでいった。薄暗く、あまりにも静かで少し寒気のするような雰囲気であったが、建物自体がそれほど古い物でなく幽霊屋敷的な雰囲気はなかったので、スケアリーはいつもの冷静さを保っていた。

 似たようなドアが並ぶ廊下でどの部屋に重要なものがあるのか解らないので、スケアリーはとりあえず片っ端からドアを開けて中を確認していた。そうしているうちに彼女はこの建物がつい最近まで(というよりも、もしかすると今朝までかも知れないが)研究者達が何かを研究していたのではないかということを感じていた。部屋の中にあったと思われる物はあらかた持ち去られているのだが、残された机や棚やその周りにある物はほとんどホコリを被っていない。そういう光景を見て、スケアリーは「もしかすると」と思って部屋の明かりを点けてみたら、電気はまだ建物まで来ているようで明かりが灯った。

「一体何があったのかしら?」

誰もいない場所では思ったことを口に出して言うことは良くあることだが、スケアリーもそんな感じで独り言を言っていた。

 いくつかの部屋を見て回ったのだが、スケアリーは特にこれといった物を見付けられなかった。それでもまだ見てない部屋は沢山ありますわ!ということでまたとなりの部屋を空けると、そこは他の部屋と少し様子が違っていた。

 恐らくこの部屋は冷蔵保存が必要なサンプルなどを置いておくための部屋なのだろう。スーパーの飲み物売り場にあるようなガラス張りの冷蔵庫があって、スイッチが入ったままの冷蔵庫の明かりが部屋の中を眩しいぐらいに照らしていた。

 もちろん、冷蔵庫の中に何かの研究サンプルが残されているということはなかったのだが、スケアリーはそこにある物を見付けて近づいていった。

 スケアリーは近づく前からそこに何があるのか解っていたのだが、なんとなく今はそれを無視することが出来なかった。朝食もろくに食べられないままここまで車を運転してきて、今は昼をとっくに過ぎているのだから。

 冷蔵庫の中には、まだ中身の入っている「ブルボン・エリーゼ」の箱があった。蛍光灯付きのちょっと特殊な冷蔵庫の中にあるエリーゼの箱は普通の場所で見るよりも美味しそうに見える。スケアリーが冷蔵庫を開けて箱を確認すると賞味期限なども問題がなさそうだった。

「別に誰もいないのですし、これくらいは大丈夫ですわよね」

そう思ってスケアリーが箱からエリーゼを取り出そうとした時、次第に建物に近づいてくるヘリコプターの騒音が聞こえて来たのである。スケアリーはエリーゼの箱に伸ばしていた手を慌てて引っ込めると、窓のところに行って外を確認した。ヘリは明らかにこの建物に向かっているようだったし、さらに悪いことに建物の外の道路から特殊部隊のような人達が隊列を組んでこの建物の方に向かってくるのも確認できた。

「なんなんですの?!」

そう思ってスケアリーは部屋を飛び出して逃げ道を探しながら廊下を走っていた。それからもう一度「なんなんですの?!」と思っていた。モオルダアが関わっていない事柄でこんな風に特殊部隊のような人達に追い回されるというのが、なんとなく納得できなかったようである。

 そんなことを思う前に逃げることに専念すべきなのだが、もうすでに遅かった。屋上からはヘリから降りてきた特殊部隊のような人達。外からも特殊部隊のような人達。スケアリーはアッという間に特殊部隊のような人達に囲まれて彼らに銃を向けられていた。

「お菓子の一つぐらい、見逃してくれても良いんじゃございませんこと!?」

そういうことではないのだが、彼らが来たのとエリーゼを食べようとしたタイミングが一緒だったためにスケアリーが変な事を言っていた。特殊部隊のような人達の中のリーダーっぽい人はスケアリーが何を言っているのか解らない感じだったが、良く訓練された部隊のリーダーとして任務は着実に遂行する。

「銃を捨てて両手を挙げるんだ」

リーダーっぽい男が言うとスケアリーはおとなしくそのとおりにした。そして特殊部隊のような人達が両脇からスケアリーの両腕を掴むとスケアリーを引っぱって行った。

「ちょいと!あなた達が誰だか知りませんけれど、もしもあたくしに何かあったら…」

そこまで言って、スケアリーはちょっと考えてしまった。もしもあたくしに何かあったら、誰が何をしてくれるのか?スキヤナー副長官は入院中だし、モオルダアは頼りになるのか解らない。スケアリーはどうしようもなく不安な気持ちになりそうなのを抑えるのに必死だった。

「もしもあたくしに何かあったら…もう、知りませんからね!」

こんな意味のない強がりなど言わなければ良かった、と思いながらスケアリーは特殊部隊のような人達にどこかに連れて行かれた。

 スケアリーが連れて行かれた先には、東京の都心にある暗い怪しい部屋から大急ぎでここまでやって来た体格の良い謎の男がいて彼女を待っていた。