「503」

2. 移動中

 戦後に10才ぐらいだった父が自分と同じような事件を捜査していたとは恐らく全く知らないであろうモオルダアだったが、今はクライチ君を連れて機密情報が満載のメモリーカードを取りに向かう電車の中だった。となりにいるクライチ君が実は先程の話に登場した「上官」のような状態になっているということにモオルダアは気付いていない。しかし、普段ならもっと余計なことばかり話しそうなクライチ君が妙におとなしく、不気味な笑みさえ浮かべているような表情をしていることにモオルダアは不信感を抱いていた。

「鍵とかあるんだろ?」

「なんすか?」

「コインロッカーなら鍵とかあるだろ?」

「ええ、まあ」

モオルダアはとりあえず鍵を持っておきたいようだった。クライチ君はあまりそうしたくないようだったが、今モオルダアは上着の下で本物の銃を自分に向けていて、しかもモオルダアはそれが本物と気付いていないので、間違って発砲する可能性もある。クライチ君はとりあえず鍵だけは渡すことにした。

 鍵をもらったのは良かったが、これだけでは安心できない気がした。

「これ、どこのコインロッカー?」

「ついたら解りますよ」

それもそうだったが、いまいち納得がいかない。しかしこれ以上聞いてもクライチ君は教えてくれないと思ってモオルダアは何も言わなかった。

 もうすぐ終電という時間で都心へ向かう電車の中はひっそりしていた。ウトウトしながら家に帰る目的ならこれ以上に眠気を誘う場所はないのだが、モオルダアはウトウトするわけにはいかない。今日は一日中動き回って、しかも健脚なのかケチなのか身を守るためなのか、電車や車を使わずに良く歩くロリタを追い回していたりで、一瞬でも目を閉じたら寝てしまいそうに疲れてはいたのだが。

 しかし、なんとか緊張感を保ったまま東京駅まで来ることが出来た。いつものようにクライチ君がちょっと気に障る感じで喋ってくれたらもっと楽だったのかも知れないとか思っていたが、今のクライチ君は見た目はいつものクライチ君でも中身は別の何かに変わってしまっているので仕方がない。

 本来ならばここで乗り替えることになるのだが、駅の構内を歩いてきたモオルダアは嫌な案内板の表示を見てしまった。

「終電、終わってるっすね」

いわれなくても解る、という感じでモオルダアはクライチ君を軽く睨んだが、クライチ君は不気味な感じで真っ直ぐ前を見ているだけだった。モオルダアは「またかぁ」と思いながら目的地まで歩くことにした。


 東京の都心部は電車で一駅の距離なら歩いてすぐに移動できたりするのだが、三駅以上離れるとけっこう疲れる。人も車もあまり通らない大通りをモオルダアとクライチ君が歩いていた。

「まだつかないの?」

「もうすぐっす」

「そうっすか」

こんな会話が何度か繰り返されていたが、なかなかつきそうな感じがしない。二人は緑の多い大きな公園の近くに来た。ここに来るとさらに暗く静かな感じがしたが、その時にモオルダアはおかしなことに気付いた。この静けさでエンジン音に気付いたのだが、どうやら先程から一台の車が二人の後を追っていたようなのだ。

「おい、尾行されてるぞ」

モオルダアが一度振り返った後にクライチ君に言ったが、クライチ君は特に反応しなかった。その代わり、ということでもないのだが、彼らの後ろで車がタイヤをきしませる音が聞こえてきた。ハッとして振り向いたモオルダアだったが、アッと言う間もなく車は二人のすぐ近くまで走ってきていた。

 このままではどう考えても二人にぶつかる勢いで車が走ってきて、二人は慌ててよけようとしたのだが不意をつかれた感じで反応が遅れたため二人とも車にはねられて、数メートル突き飛ばされた。モオルダアもクライチ君も倒れたまま動かない。

 彼らを襲った車からは二人の男が降りてきた。二人は倒れているモオルダアの顔を軽く確認すると、そのまま脇を通りすぎてクライチ君のところへ向かった。

「おい、来るんだ!」

男の一人がそう言うとクライチ君の胸ぐらを掴んで起き上がらせた。あまり意識がハッキリしていないような感じのクライチ君だったが、相変わらず不気味な目を静かに男達の方へ向けていた。二人の男はクライチ君を連れて公園の方の物影へ向かっていった。

 クライチ君と男達がちょっとザワザワした感じでやりとりをしていたので、倒れていたモオルダアは一度意識を取り戻していた。少し顔を上げると公園の方に連れて行かれるクライチ君が見えた。そして、そのまま彼らは物影に隠れてしまったのだが、それと同時に物影で眩しい光が閃いた。そして一瞬だけ男達の悲鳴が聞こえたような気もしたのだが、あまりにも短い時間だったのでそれが何なのかモオルダアには良く解らなかった。「なんなんだぁ?」と思ったままモオルダアはまた意識を失ってしまった。

3. 大きな都心の病院

 一体なんだって言うんですの?と思いながらスケアリーは病院へと入ってきた。彼女は自分の首の付け根から取り出した例の金属片のことを調べていて、明日は朝からその金属片を発注したと思われる山の中の研究所らしきところへ向かうことになっていたのだが、夜中に電話がかかってきてスキヤナー副長官が刺されて病院に運ばれたなどと言われたら病院に来ないわけにはいかない。

 スケアリーが病院に入ってきてキョロキョロしていると彼女を呼ぶ声がした。振り返るとそこにはF.B.L.のエキストラ捜査官が二人いた。スケアリーに声をかけた捜査官は彼女が近づいてくるともう一人の女性の捜査官の方を見てから「こちらはカライーカ捜査官だ」と紹介したが、スケアリーは変な名前ですわと思うと同時に、そう言っている捜査官は何ていう名前なのかしら?とも思っていたが、その辺は気にしているとややこしくなりそうなので気にしないことにした。

「それでどういった状況なんですの?」

「F.B.L.ビルディング近くの食堂で何者かに刺されたってことです」

「なんでそんなことになるんですの?あの方なにか悪いことでもしたんですの?」

「いや、悪いことはしてないと思いますが、今は手術中です」

「犯人はどうなってるんですの?」

「食堂の店員が犯人の顔を見たっていうんで似顔絵を作成中です。それから近くの路上に凶器に使ったと思われるナイフと、食堂内に指紋が少々…」

「ちょいと!F.B.L.の副長官が刺されたっていうのに、それだけですの?!」

「いや、まだ捜査は始まったばかりですし…」

スケアリーに睨まれてこの捜査官はちょっとオドオドしてしまったが、ちょうどその時に手術室からスキヤナー副長官が搬送用のベッドに乗せられて出てきたのをスケアリーが発見した。

 スケアリーが近づくとベッドの上のスキヤナー副長官は意識があるのかないのか良く解らない感じで目を閉じていた。

「容態はどうなっているんですの?」

「手術は成功ですが、彼はまだ苦しんでいる状態です」

聞かれた医者が答えた。どうしてスキヤナー副長官がいきなりこんな状態になっているのか、検討もつかないという感じだったのだが重傷を負って横になっている上司の姿を見て心配にならないわけはない。スケアリーはベッドの横で運ばれていくスキヤナー副長官を見守っていたが、その時彼女の存在に気付いたのかスキヤナーが彼の手の近くにあったスケアリーの手を握った。そして幽かに目を開けてスケアリーの方を見ていた。彼が何かを言いたそうにしていることに気付いたスケアリーはスキヤナーの顔に耳を近づけた。

「前に見た顔だ…。私を刺した男…」

それを聞いてもスケアリーにはなんのことだが解らなかったのだが、苦しみに耐えながら絞り出すように言ったその言葉には重要な意味がありそうだったので、スケアリーはとりあえず気に留めておくことにした。


 スケアリーが病室に入ってスキヤナーのカルテを見ていると、先程の二人の捜査官が入ってきた。

「どうなってますか?」

「鎮静剤で眠っていますわ」

スケアリーは無免許だが医師なのでスキヤナーがどのような状態なのか一応解っているようだ。

「それよりも、護衛の警官がまだついていないようですわね」

「先程警察に連絡したところです」

カライーカ捜査官が答えたが、スケアリーは気に入らない感じだった。

「緊急なんですのよ!早くしてもらわないと困りますわ!」

「そうは言っても我々はエキスト…」

もう一人の捜査官がそこまでいったところでカライーカ捜査官に脇を小突かれて話すのをやめた。その続きはカライーカ捜査官が話し始めた。

「警察のほうも忙しかったりするんでしょう」

「命を狙われているかも知れないF.B.L.の副長官を放っておけるぐらい忙しいってことですの?!」

イライラしているスケアリーはモオルダアでなくても恐ろしいと思ってしまう。カライーカ捜査官も少したじろいだ感じになっていた。

「警察が来ないのならそれまであなた方が警護してくださるかしら?スキヤナー副長官は狙われているんですからね。おわかりになった?」

スケアリーに言われた二人の捜査官は何も言い返せなかった、というか何か言うことがあったとしてもスケアリーに言って聞いてもらえるとは思えない感じの態度だったので、黙って頷くしかなかった。スケアリーはそれを見ていたのかどうか解らなかったが、スタスタと病室を出ていった。