「503」

14. 都心のどこかの狭く暗い部屋

 この薄暗い部屋では再びスーツ姿の老人達が集まって、一度保留にされた問題を再び話し合おうという感じだった。しかし、一番重要な人物がまだ到着していないために、彼らは多少イライラしながらも黙ってそれぞれの考えるべきことを考えているような、そんな感じだった。

 すると、部屋の扉が開いてウィスキーのビンを持った男が入ってきた。それを見るなり部屋の中央付近に座ってマシュマロを食べていた男が口を開いた。

「ずいぶん遅かったじゃないか」

ウィスキー男を非難するような口調だったが、ウィスキー男はそれを気にしないか、あるいは気付かないようなフリをしているようだった。

「ちょっとやるべきことが出来たんでね。それよりも、みなさんも知ってのとおり…」

「キミは我々に無断でアレを移動させたってことだが。一体どういうことなんだ?」

ウィスキー男が言うのを遮ったのは、山の中の医療施設でスケアリーにあった体格の良い男だった。スケアリーに曖昧な情報を提供することによって、F.B.L.の二人の捜査を間違った方向に進ませようという彼のもくろみはだいたい成功していると思っていて、自分の問題がほぼ片付いている状態なのでかなりの余裕を感じさせる口調になっていた。

「UFOの情報が漏れたとなったら、安全のために他に移すのが急務だと思うんだがね」

そういいながらウィスキー男は持っていたビンの蓋を開けて中身を飲み始めた。

「いったい誰が情報を知っているというのかね?」

マシュマロ男はまだ安心できない、という感じでウィスキー男に聞いた。フランスの船が何かを発見したらしいということだし、そんな風に外部に情報が漏れるというのは危険なことでもある。

「とにかく今は安全だ」

ウィスキー男はそういってから一口飲み込んだ。

「どうせならネバダに移せば良かったと思うんだが」

そう言ったのは、これまでも特に登場しなかったし、それほど重要な役割があるとは思えない男だったが、そう言った時にここにいた全員が「ネバダはアメリカだけど…」という反応だったので、それ以上ネバダのネタは続かなかった。(念のために書いておくとネバダ州にはエリア51があります。)

 ネバダのネタのせいで変な「一瞬の沈黙」が暗い部屋に訪れてしまったが、すかさずウィスキー男が口を開いた。面倒な話が始まる前にこの会合を切り上げるには、この変な沈黙はちょうど良いチャンスでもあった。

「ということで、問題は片付いたようだね」

ウィスキー男はまたウィスキーを飲むべくビンの蓋を開けながら部屋を出ていきそうな雰囲気になっていたのだが、そうはいかないという感じでマシュマロ男が言った。

「では、スキヤナー副長官の襲撃事件についてはどう説明するんだね?」

ウィスキー男は「どうして自分にそんなことを聞くのか?」という表情でマシュマロ男を見ていた。

「さあ。暴漢に襲われたんだろ。ついてなかったってことじゃないかね」

シラを切ろうとしていたウィスキー男だったが、マシュマロ男には彼がこの事件に彼が関わっているのは解っていたようだった。

「店員が犯人の顔を覚えていたんだぞ。新聞に似顔絵まで載ってるんだ」

そういいながらマシュマロ男はウィスキー男に新聞を渡した。ウィスキー男が新聞を見ると、そこにはちょっと笑ってしまうぐらいに犯人に似ている似顔絵が掲載されていた。

「それはキミの手下に違いないだろ。あまりにも似ているから笑ってしまったよ」

マシュマロ男もそういうのでウィスキー男もホントに笑ってしまいそうになったのだが、そんなことをしている場合ではない。決して相手のペースにのってはいけない。ここはポーカーフェイスしかない。これまでも、この先もそうやってピンチを乗り越えていくのがウィスキー男なのだから、ということでウィスキー男は意外だという感じの表情で新聞を見ていた。

「これは驚きだな。何かの間違いだと思うんだが」

ウィスキー男はそう言ったが、ここにいる誰もがそうは思わなかった。そしてウィスキー男もそのウソが通じるとは思っていなかったのだろう。しかし、彼にとってはいつものように早急に手を打てば解決する問題でもあた。彼はこれほどのことで騒ぎ立てる方がおかしな事だとも思っていた。

 一方でマシュマロ男はそろそろウィスキー男に好き勝手やらせておくのが危険であると思い始めていた。実際にはもっと前にそこには気付いていて、マシュマロ男はスケアリーやモオルダアとも接触していたりもするのだが。彼はここにいる中でもウィスキー男と並んでトップクラスの人間であり、恐らくこの話の冒頭に登場した子供捜査官の中でお兄さん的な歳の子供の中の一人だったに違いないのだが、そろそろウィスキー男のやり方には我慢がならなくなっているようだった。

「いいかね、これはキミが思っているよりもずっと重要なことなんだよ」

マシュマロ男がもっと若ければここはすごい剣幕になるのだろうが、年齢的にそうはならなかった。しかし、ウィスキー男を真っ直ぐ見つめて話す姿からは、年を重ねた人間にしか表せない怒りが感じられた。

「もしもスキヤナー副長官が犯人の顔を覚えていれば、我々にはもう手出しは出来ないんだよ。そうなった時に我々のやって来たことはどうなると思うんだね?長年の間、極秘に進めてきた我々の計画がキミの思慮を欠いた襲撃計画のために台無しになって良いと思うのかね?」

マシュマロ男にそう言われたウィスキー男は相変わらず表情を変えないままでウィスキーを一口飲み込んだ。そして、「心配はいらない」と一言返しただけだった。マシュマロ男はまだ何か言いたそうだったのだが、黙ってウィスキー男の方を見ていた。もしも、問題が片付かなかったら、この先にどれだけ面倒なことが起こるのか、ウィスキー男も解っていないワケはない、ということはマシュマロ男にも解っていた。


 何だかやな予感がするよな、という感じで暗い部屋にいた男達が部屋から出て行った。そして最後まで残っていたマシュマロ男もそろそろ帰ろうと身支度をしていたのだが、そこへ電話がかかってきた。ここが普通の家や会社の事務所のような所なら電話が鳴るということはたいした出来事ではないのだが、この暗い部屋で予定にない電話が鳴るということは、それだけで非常事態であることを意味している。

 マシュマロ男が驚いた様子で電話の方を見ていると、秘書の若い男が電話に出た。

「もしもし。…あの、いや、それは違いますよ。番号を間違えてませんか?…いや、だから、ここはそういうところではないですし。…」

それはただの間違い電話かも知れなかったのだが、マシュマロ男は長年培ってきたカンのようなもので何かを感じとったのか、その電話がタダの間違い電話ではないと思い始めていた。そして電話に応対している秘書の所までやって来ると、受話器を渡すように秘書に指図した。

「いったい誰だね?」

マシュマロ男が聞くと電話の向こうでモオルダアの声がした。

「そっちこそ誰ですか?」

「誰がこの番号をキミに教えたんだ?」

「クライチ君ですけど。多分あなたも知ってますよね?」

「クライチ・アレックス・ロドリゲスか」

マシュマロ男はクライチ君のフルネームを言ったが、どうしてクライチ君がこんな名前なのかというと、私の野球好きが原因でもあるのだが、そこは気にせずに話を進める。

「クライチ君って、フルネームだとそんな名前なの?まあ、良いけど。それよりも最近は彼のおかげでイロイロと酷い目にあってるし。前は銃で撃たれて、今回は車に撥ねられたんですよ。厳密にいうと、どっちもクライチ君が直接悪さをしていたということにはならないですけどね」

モオルダアがいつものように脱線気味になっているので、マシュマロ男も自分が誰と話しているのか解ってきたようだった。

「キミはモオルダア君だね?そうだろ?」

電話の向こうのモオルダアもこれまで誰と話していたのか解っていなかったのだが、自分のことを知っていて、しかも歳をとった感じの話し方をする人、ということで頭の中で知っている人物を捜していって、以前に出会ったマシュマロを食べている人であることが解ってきた。

「まあ、そうですけど。覚えていてくれましたか?」

モオルダアは適当に返事をしていたが、マシュマロ男にとっては、このタイミングでモオルダアから電話がかかってくることが好都合であると思っていた。もちろん、自分たちのしている仕事の内容を調べて公表しようとしているモオルダアと接触することは好ましいことではないのだが、最近になって冷静さを欠いているように思えるウィスキー男を思い通りに動かすためにはまたとないチャンスでもあるようだった。

「モオルダア君。出来たら、直接あって話をしたいんだがねえ?」

「そういうことなら、喜んで」

「そうかね。それじゃあ、詳しいことは私の秘書から伝えるから。それでは」

それを聞いていた秘書がマシュマロ男の所へやって来た。マシュマロ男は腕時計を確認しながら秘書に言った。

「3時間後に日比谷公園の大噴水の前で会うと伝えるんだ。それから、この通話が終わったらこの番号は使えないように手配しておくんだ」

それを聞いて秘書がモオルダアと話を始めようとしたのだが、マシュマロ男と秘書のやりとりが受話器を通してモオルダアにも聞こえていたので、モオルダアは秘書の言うことをほとんど聞かずに「はい、はい」と返事だけをして電話を切った。

 モオルダアとしては、とりあえず重要な何かに近づいた感じがしていたので電話の向こうであるところのローンガマンのアジトでは盛り上がった感じになっていた。