「リトル・ムスタファマン」

4. 地下駐車場

 いったいどうなってるんだ?モオルダアは先程から頭の中に浮かんでくる様々な謎にそれなりの理由を見付けようとしていたが、それらを上手く収めることはとうてい出来そうになかった。スキヤナーはいつにもまして大ボケだし、あのパソコンは意味もなく難しい画面を表示してるし。それからエフ・ビー・エルの職員だと思っていた人たちはエキストラだっていうし。ホントにボクは酷いところに来てしまったんだなあ。いろんな謎を解くべくしてボクはエフ・ビー・エルに来たんだ。それなのに最大の謎はエフ・ビー・エルじゃないか。もう辞めちゃおうかなあ。他にだって面白いところはありそうだし。ここに居る限りどうしても美人スパイとは知り合えそうにもないし。それに最近スケアリーはどんどん暴力的になっていく。

 ボンヤリと考えながら地下駐車場を歩くモオルダアの前にスケアリーが現れた。

「うわっ。ごめんなさい」

驚いたモオルダアが思わず謝ってしまった。何で謝ったんだ?モオルダアは決まりが悪くなって、ちょっと間をおいてからスケアリーに言った。

「いったいどういうことだ?ボクらは常に監視されてるんだ。こうして会っていることが知られたら、危険なんだぞ。キミだって知ってるだろ?ペケファイルを閉鎖に追い込んだ連中は…」

「そんなことはあたくしだって知っていますわよ。それより、あなたは最近何をやっているの?あたくしの謎のメールを無視したりして。ちゃんとやっていらっしゃるの?」

スケアリーはかなり苛立っているようだ。モオルダアには都合が悪い。

「ちゃんとやっていらっしゃるんですけどねえ。なにせ今日やっとパソコンの謎が解けて、メールを見るのは初めてだったんだよ。それよりキミは知ってるのか?ここの職員って全員エキストラなんだぜ。キミも気を付けた方がいいよ」

「何を言ってらっしゃるの?あんまりワケの解らないことを言っていると怒りますわよ」

もうすでに怒っているようだが、まあ気にしない。

「あなたのところにはエキストラがいるかもしれませんが、あたくしのところには本物の学生がいるんですのよ」

「学生?」

「そうですわ。あたくしはエフ・ビー・エルのアカデミーで無免許でもできる検死解剖の方法を教えてるんですのよ」

エフ・ビー・エルのアカデミーって何だろう?モオルダアにはまた謎が増えてしまった。

「ああ、そうでしたわね。あなたはアカデミーを出てないんでしたわね。アカデミーを出てないとバイトから始めないといけないんですのよ」

「なにそれ!?ということはボクはまだバイトなの?」

「詳しくは知りませんがそうじゃないんですの?」

衝撃の事実にモオルダアは言葉を失っている。スケアリーはそんなことは気にせず先を続けた。

「それで、あなたはちゃんとやる気があるんですの?あたくし気付いたんですけど、ペケファイルがなくなってからあたくしの給料が減ってるんですのよ。始めはアカデミーってステキだと思ってたんですのよ。若くてカワイイ男子がたくさんいると思って。でもいざ始めてみると来るのはさえないのばっかり。言いたくはありませんがあなたの方がまだマシって感じですわ。あらいやだ、あたくしったら。バカなことを言っていますわ。そんなことより、ペケファイルって遠くに出かけたり、犯人を捕まえたりしてお給料プラス特別手当が色々あったでしょう。それがないと結構厳しいんですのよ。ねえちょっと聞いていらっしゃるの?」

モオルダアは自分がバイトだったと知った衝撃で放心状態だったが、スケアリーがきつい感じ聞いたので、多少我を取り戻した。

「聞いてらっしゃらない。どうでもいいけどボクはエフ・ビー・エルを辞めるよ。優秀な捜査官がバイトだなんて。そんなところは辞めるしかないね。バイトならお気楽に辞められるし」

 モオルダアの開き直った態度にスケアリーは驚いた。あれだけ優秀な捜査官にこだわっていたモオルダアがこんなに簡単に辞めるなどと言うとは思ってもいなかったのである。

「辞めるって、それはどういうことですの?ペケファイルはもういいと言うんですの?それにあなたの言ってた宇宙人とか政府の陰謀とか。それにあなたのお兄さんはどうなるんですの?あなたのお兄さんを誘拐したのはリトル・グリーンマンなんでしょう?そういうのを探すのはペケファイルがなければ出来ないんじゃなくて?」

「ボクが探しているのはリトル・グリーンマンじゃなくてリトル・ムスタファマンだよ。地底の世界で我々の生活を脅かすエイリアン。まあそんなことはどうでもいいよ。こんなところは辞めて優秀な捜査官のベンチャー企業でも始めるよ。始めは大変かも知れないけど、その方がボクの好きなように出来るからね。バイトよりはマシだよ」

開き直ったバイト君のモオルダアはスケアリーを驚ろかしてばかり。スケアリーは目を丸くして聞いていた。

「ベンチャー企業って、資金はどうするんですの?」

「それはこれまでの貯金が5万円あるから」

スケアリーは口の両端をピクピクさせながら必死にこらえていたが、とうとうこらえきれずに吹き出してしまった。

「アハハハッ。あなたにそんなユーモアのセンスがあるなんて知りませんでしたわ。5万円もあればなんとかなるかも知れませんわね。ウフフフッ。それじゃああたくしは是非ともその優秀な捜査官のベンチャー企業に雇っていただきたいですわ。アハハハッ」

スケアリーは一通り笑いの発作が治まると一呼吸おいた。

「どうでもいいですけど、ペケファイルが再開されるまであたくしは諦めませんわよ。ですからあなたもそのつもりで…」

ここまで言うと、また5万円の話を思い出して笑いがこみ上げてきた。もうちゃんとした話は出来そうにないので、スケアリーはこの場を立ち去ることにした。

「それじゃあ、あなたはペケファイルが再開されるように何とか頑張るんですのよ。アハハハッ。今の話面白いから、友達に話してもいいかしら。アハハハッ。どうせなら、お笑いとかやってみたらどうですの。アハハハッ…」

スケアリーは笑いを止められないまま地下駐車場の暗がりへと消えていった。

「何がそんなにおかしかったんだろう?本気で言ったのに…」

どうしてスケアリーがあんなに笑ったのか理解できないのに、ひょっとすると自分には「お笑い」の才能があるのか?と少しだけ思ってしまうモオルダアは幸せな人間である。

5. モオルダアのぼろアパート

 モオルダアは鏡に映った自分の顔を睨みつけている。

「オレに言ってるのか?」ゆっくりと振り返り、それからもう一度鏡を睨みつける。

「後ろには誰もいないんだから、オレに言ってるんだな?」

どこかで見たような場面をモオルダアが演じると、モオルダアは得意げな表情になって鏡に映る自分を眺めていた。「なかなかいい感じだな。やっぱりボクはお笑いよりもシリアスな感じが似合ってるんだ」

 演技の練習なのか解らないが先程からモオルダアはこの遊びに夢中になっている。そして飽きずにもう一度やるらしい。

「オレに言ってるのか?」

そういってモオルダアが振り返るとその視線の先にあるドアが開いた。もちろん夢中で遊んでいたモオルダアは解りやすい感じで驚いて、体勢を崩すと鏡に手をついて体を支えた。鏡が壁とぶつかった拍子にフックからはずれて床に落ちると派手な音を立てた。ドアのところにいた男はこの音を聞いてちょっと心配そうに中を覗いた。しかし、特に問題もないと解ると謎めいた雰囲気を出して静かに口を開いた。

「モオルダアさん。議員がお待ちです」

モオルダアが初めて見るこの男はなぜかモオルダアの名前を知っていた。

「誰?」

「説明するのは面倒なんですけど、本当はあなたは私たちのことを知っているはずなんです。作者がサボったせいで我々がファースト・シーズンで登場しなかったからこんなことになるんです。どうでもいいけど行きましょう」

彼は私のことも知っているようだ。確かに登場は初めてだが、それは私がサボったからではない。彼らはどこにも登場させない予定だったのです。でも成り行き上仕方がないので登場させました。議員とはペケファイルを擁護し、また密かに捜査に協力する区議会議員のこと。

 モオルダアは「良く解らないけど、どうせヒマだからいいかな」という感じでこの男についていった。