13. モオルダア追跡
スケアリーは自分の高級アパートメントの高級ガレージにある二台の車の前に立っていた。彼女の前にはいつも使っている北欧産の高級セダンと、たまに乗るイギリス産の二人乗りスポーツカーがある。モオルダアがバカなことをしてペケファイルが永久に閉鎖される前にモオルダアを見つけなければいけない。スケアリーは二人乗り高級スポーツカーに乗り込むとタイヤをきしませながら、もの凄い勢いでその高級スポーツカーを発進させた。
ガレージを飛び出してから、高速道路に入るまでの道のりで彼女は自分の乗っている車が尾行されていることに気付いた。スケアリーは高級スポーツカーをキーッってしてブーンッってしてその尾行を難なく振り切った。
スケアリーの高級スポーツカーは全速力で上高地へ向かっていた。さえない捜査官と簡単に振り切れる尾行。それでも、モオルダアの無断欠勤には何か重大な理由があるに違いない。スケアリーは更にスピードをあげて高速道路をブーンッて走った。
14. 地底観測所
エレベーターはゆっくりと穴の奥深くまでモオルダアを乗せて降りて来た。エレベーターを降りたモオルダアが強力マグライトで辺りを照らすとあまり広くないスペースにたくさんの計器や見たことのない装置が照らし出された。自分の横に照明のスイッチを見つけて動かしてみたがやはりそれも点かなかった。
おかしい。エレベーターは動くのに照明だけ点かない。それにここにある機械も電源が入ったままになって動いているようだ。計器のディスプレイや赤や青の光が点滅しているのはこの暗い場所では良く解る。モオルダアはまたボイスレコーダーを取り出して録音を始めた。
「ダイアン。これは怪しい感じだ。閉鎖というのは表向きだけで実は誰かが密かに観測を続けていたのかも知れない。しかし、ここで地底に住む彼らとの交信の証拠があるのだろうか。優秀な捜査官のボクには簡単なことかも知れないのだが、明かりの点かないこのスペースはなんとなく不気味だ。このボクでさえ言い知れぬ恐怖を感じてしまうのだから、普通の人間はすぐに帰ってしまうかも知れないよ」
それはどうだか?
モオルダアは実際に怖がってはいたのだが、もしかすると夢の宇宙人との交信記録がここにあるかも知れないと思うとそれどころではなかったのである。しばらく夢中になってそこにある機械を見て回っていたモオルダアだが、しばらくすると別の何かを探してうろうろし始めた。ここは地上よりもひんやりしている。ここに来るまで山道を歩いて沢山汗をかいていたのでそっちの方へは水分が行かなかったのだが、ここへ来ると急に尿意を催してきたようである。
観測所の中を歩き回ってやっとWCの文字を見つけた。用を足したモオルダアが洗面で手を洗っていた。濁ってはいたが水もちゃんと出た。この辺は微妙にきれい好きなモオルダア。手を洗った後、モオルダアは目の前の鏡を見ていた。
もしかして、またやるのか?
モオルダアが鏡の中の自分を睨みつける。やっぱりやるようだ。
「オレに言ってるのか?」
そして一度振り返る。それからまた鏡を睨みつける。
「オレの後ろには…誰かいたよな?」
誰もいないはずだったのに、確かにそこには誰かがいて口を半分開けたままモオルダアを見ていたのだ。全身からイヤな感じの汗が噴き出してくるのを感じながら、モオルダアは凄い勢いでもう一度振り返った。やっぱりそこには人がいた。
「キャー!」
モオルダアの情けない悲鳴に、そこにいた男はまったく動じていないようだった。
「アンタ、誰だ?」
そこにいた中年男がモオルダアに聞いた。限りなく田舎臭くおっとりした感じの口調だった。それを聞いてモオルダアも多少落ち着いた。
「キミこそ誰だね?」
「オラあ、ここの管理人だ」
「管理人?でもここはすでに閉鎖されているんじゃなかったの?」
モオルダアが不思議がるのももっともである。この管理人が話すところによると「いつか使うかも知れないから」という理由で週に一度こうして掃除や点検にやって来るのだそうだ。モオルダアはこの管理人がここで行われていた秘密の調査について何か知っているはずだと思い、色々聞いてみたのだが、彼はただ雇われてこの観測所の管理をしているだけで、その他の難しいことはさっぱり解らないということだった。確かにそうであろう。もしこの管理人がそれを知っていたら、モオルダアの侵入に対して迅速に対応し、今頃モオルダアは謎の組織に捕まって拷問三昧だったはずである。それに気付かないモオルダアは結構な幸せ者。
「ところで、あなたはこの土地の人ですか?それなら色々聞きたいことがあるんですが。特に昔から有名なある空想上の生物について」
モオルダアはカッパについて何か聞き出そうとしている。
「おらあ生まれも育ちも東京だあ。この辺の事はよく知らんが」
「ウソつき。その喋り方は明らかに東京の人じゃないけど」
「ああ、これねえ。オラのうちはずっと東京なんだけどな、初代が東京に出てきた後なあ、代々なぜか訛りのひどい人が嫁に来たり婿に来たりでな。だもんでうちの家系でちゃんとした標準語を喋れるモンはだあれもおらん。おらあかなりまともでねえかど思ちゅうんじゃが、代々あちこちの訛りば入り乱れでどこぞの誰でもワガラネワガラネちゅうもんで、そげな感じバッテンおらあこんな惨めな…」
「もういいですよ。無理して変な喋り方しなくても、東京の人なんですね。ところであなたはいつからここの管理人を?」
「もうずいぶん前からだなあ。まだここに研究員がぎょうさんいて、だれもかれでもワガラネワガラネちゅう感じで…。ところでアンタなにもんだ?ここに何しに来た?」
「ああ、これは失礼。私はエフ・ビー・エルの優秀な捜査官モオルダアだ」
「なんだそれ?ワケがワガラネべな。おらあ堀辺(ホリヘ)っちゅうんだ。それで捜査官がここに何の用だね?」
「用があるかどうかはこれから明らかになるよ」
変な管理人が出てきて話が変な方向へずれかけていたが何とかモオルダアに頑張ってもらわなければ。モオルダアは堀辺に頼んで照明が点くようにしてもらった。これでこの観測所内の不気味な感じは薄らいだのだが、ここにある機械が何なのかは良く解らない。堀辺も同様である。彼は掃除や点検が仕事でほかのことはまったく解らないようだ。ただモオルダアが堀辺と違うのは、モオルダアはこんな珍しい機械を見ると触りたくて仕方がなくなるということだ。
モオルダアはまず機械に触りたいのを我慢してそこら中に散らばっている紙を調べ始めた。それらは機械から吐き出された何かの観測結果のようだ。ロール式の紙に印刷された縦長の紙にびっしりと文字や数字がプリントされている。これにはモオルダアも見覚えがあった。議員から渡された紙切れに書いてあったものと似ている。でもこれだけでは何も解らない。これらが何を意味しているのか。これが地底から送られてきたメッセージなのか。考えても解らないのでモオルダアはそれを床に投げ捨てた。そんなものよりここにある機械には「彼ら」から接触があった時の音声データや画像データがあるかも知れない。議員の話を信じるのならボインジャーにはエロ本が搭載されていたはずだ。そのエロ本に対する返答として地底人はどんな画像を送ってくるのか。モオルダアの興味はそこに集中してしまっている感じもする。モオルダアは使い方も解らずにいろんな機械のスイッチを押しては元に戻し、そして隣のスイッチに移るという事を何度となく繰り返していた。
そんなモオルダアを見ながら堀辺が言った。
「こんな散らかっとるの、おらあ見た事ねえじょお。こりゃあ、どえりゃあ事が起きたなあ。オラのいたころにはこんな事はなかったんだば。悪魔が来たら誰も助からねえ。オラも悪魔さ来ねえよおにンダバンダバ祈っちゅうよ」
モオルダアは堀辺が何を言ってるのかほとんど理解できない。
「堀辺さん。頼むからもう少し標準語に近くなるように話してくれませんか。いくら何でもひどすぎる」
堀辺はどうして解らなかったのか不思議そうにしていたが、少し考えてからもう一度言った。
「解りやすく言えば、ヤツらが来たら大変な事になるっちゅうことよ。そんな怖いことはゴメンだぎゃ」
これでモオルダアにもだいたい意味が解ってきた。しかし、堀辺は何を恐れているのだろう。ボインジャーに搭載されてたメッセージは地底人に対して友好的な内容だったはずである。しかも議員の話によればエロ本まで載せてあったということだ。それを見た地底人がやって来たらどうして大変な事になるのだろうか?やはり地底人は地上を侵略しようと企んでいるのだろうか?
モオルダアがそんなことを考えていた時のことである。地響きと伴に突然観測所内の機械が慌ただしく動作を始めた。地震?
二人とも驚いて辺りを見回した。データを記録するためのディスクはガリガリと音を立てて動き、それと同時にロール式の紙に例の文字と数字の羅列が印刷されて吐き出されてくる。地震ではないようだ。この地響きの原因は別にありそうだ。
この時あまりにも急激に機械が動き出したために電圧が不安定になったのか、照明が暗くなったり元に戻ったりして、この緊迫した雰囲気を演出している。
モオルダアは驚きながらも、これがもしかすると自分の追い求めていた、地底に住む宇宙人からの接触であると思い期待に胸を膨らませた。「やっぱりボクは間違っていなかったのだ!」
一方で堀辺は顔面蒼白でこの様子を見守っていた。その時突然スピーカーから音楽に乗せて音声が流れてきた。
「やあ!地底のみなさん。我々は地上人だよ!これって凄い出会いだと思わない?地上にはこんなステキな出会いが沢山あるんだよ。しかも登録は無料!他で無駄な時間を使うよりまずは地上にアクセス!地底のみなさんからのメッセージ待ってるよ」
これは…。これは多分ボインジャーに搭載されたメッセージでしょうか。だとしたら地底人はボインジャーのメッセージをそっくりそのまま地上に送り返しているようだ。モオルダアは地底から送られてきたメッセージに驚くよりも先に地上から送ったメッセージの内容に驚いていた。しかし、堀辺はそうではなかった。スピーカーからこのメッセージが流れてくるとワケのワガラネことをわめきながら、一目散に部屋を飛び出してエレベーターに乗り込んだ。
「おいどこに行くんだ!?」
モオルダアは機械を調べるのに夢中になっていたのだが、逃げ出す堀辺を見て慌てて呼び止めた。堀辺を追いかけたいが機械は相変わらず何かのデータを受信し続けてガタガタ動いているし、スピーカーから流れる音も途絶えることはない。ふと別のモニターに目をやるとそこには悩殺ポーズのセクシー美女の画像も映し出されている。それを見て一瞬モオルダアの動きが止まっていた。そんなことをしている間に堀辺を乗せたエレベーターは地上へ向けて動き出していた。
なんだか解らないまま全てがまた元に戻った。さっきの騒動はそう長い間続いたわけではない。ほんの二三分の出来事にすぎない。その短い間にあまりに多くのことが起こったようだ。そんな時にはその全てを克明に記憶するのは難しい。モオルダアは変な夢から醒めたような感じでしばらく一点を見つめたままだった。
やがてモオルダアは最後に見たセクシー美女の画像を思い出した。それでやっと我に返ったモオルダア。まずは堀辺を探しに行かないといけない。時計を見ればもう真夜中を過ぎている。さすがにこの時間に山の中を逃げていくのは危険だ。
モオルダアはエレベーターの所まで行って、上にあるエレベータを下まで降ろそうとスイッチを押した。そのエレベーターに何が乗っているのか。そしてこの後モオルダアが腰を抜かすことになるとは。この時のモオルダアには少しも予想できなかった。