「リトル・ムスタファマン」

17.

 モオルダアは観測所内のあらゆる機械を見て回っていた。そのうちやっとモオルダアにも使えそうな機械を見つけることができた。それはモオルダアもよく使っているラジカセやビデオプレーヤーと同じようなボタンが付いている。三角の印が「再生」で四角が「停止」であるということはなんとなく解る。止め方が解っていればなんとなく安心できる。モオルダアはその機械の三角の印のついたボタンを押してみた。

「やあ!地底のみなさん。我々は地上人だよ!…」

機械が再生しているのはさっき騒動の時に流れてきたものと同じ音声のようだ。モオルダアがボイスレコーダーを取り出して話し始めた。

「どうやらこの機械は受信した内容を全て記録しているようだ。ということはさっきモニターに映し出されたセクシー美女の画像もどこかに記録されているに違いない」

どうしてもそれが見たいのか?モオルダアよ。

 モオルダアはそのセクシー美女の画像見たさに今度はちょっと冒険して難しそうな機械のボタンを押していく。モオルダアがボタンを押すのに合わせて色々な機械のランプが点灯したり消えたりしている。モオルダアは次第に焦ってきた。ここで起きたことを詳しく調べたいのは山々だが、もし堀辺が何者かに殺されたのだとしたら、彼らはまたやって来てモオルダアも殺すのかも知れない。

 モオルダアはすべきではないと解っていながら頭の中で「彼ら」の姿を想像しまった。緑色の細身の体に、頭にはお皿がのっかっている。そこまで考えると思わず笑ってしまいそうになったのだが「彼ら」の顔を思い浮かべた時、モオルダアは恐ろしくなって身震いした。「彼ら」は決して今まで絵で見てきたようなかわいい顔などしていない。どんよりとした目を細めて「彼ら」が笑うと開いたくちばしの中に鋭い牙が並んでいる。

 焦りと苛立ちと恐怖が入り交じってモオルダアは次第に自分が何をしているのか解らなくなってきた。

 ここはひとまず落ち着かなくては。そうするにはまず優秀な捜査官のフリをしなくてはいけない。モオルダアが再びボイスレコーダーを取り出して話し始めた。

「謎めいた資料の数々。プリントアウトされた意味の解らないデータの山と、ボインジャーのどうしようもないメッセージの音声。それに気味の悪い堀辺の遺体。これで何が解るというのだろうか。真実はどこにもない。こんな時にドドメキさんがいてくれたら、その辺の薄暗いところから怪しい感じで現れて、解りやすいヒントを教えてくれるのだろうけど、彼はもうすでに降板してしまった。彼の言っていたもっとアクの強い情報提供者はいつ現れるのだろうか?こんな地下深くではそれすら期待できない」

ここまで喋ったモオルダアは機械の置かれている机の下に雑誌の山を発見した。なんとなくそれを手にとって見てみるとそれは全て男性向けの雑誌のようだった。それはこの観測所が設営されてから閉鎖されるまで観測員達の気晴らしのために次々とここへ持ち込まれたものなのであろう。七十年代の後半からつい最近のものまで下から順に積み上げられている。

 これを見てモオルダアの目の色が変わった。

「うわあ。これはとんだ『お宝』に巡り会いましたよ!」

そう言ってモオルダアはその雑誌の山を上から順に調べていった。この観測所の歴史は或るグラビア雑誌の歴史といっても過言ではないくらい、ほとんど欠番無しの状態でグラビア雑誌が積まれている。

 モオルダアは自分が危険な状況にあるということも忘れてその雑誌の山を探索するのに夢中になっている。

「やっぱりグラビアは八十年代が最高だなあ。この慎みと恥じらい、そして時としてハッとするような大胆さが何とも言えないよねえ」

何をやっているんだモオルダア!しかし、ここにはだれも彼を止めるものはない。モオルダアはここに何をしに来たのかすっかり忘れてグラビア雑誌に夢中になっている。

 するとその時、また地響きと伴に観測所の計器が激しく動き出した。雑誌に夢中になっていたモオルダアは余計に驚いて持っていた雑誌を投げ出して逃げようとした。

 しかし、ここで逃げたらどうなるのだろうか?さっきこの状態でエレベーターに乗った堀辺は遺体になって戻ってきた。そんなのはまっぴらだ。モオルダアはこの混乱を何とか乗り切りたかった。そんな時にどうするか。彼には一つしか道は残されていない。

「ごめんなさい。こっそりグラビア見て興奮してごめんなさい」

モオルダアは必死に謝るがそんなことで何とかなるわけはない。そうしている間も地面はぐらぐらと動き、計器類は絶え間なくデータを吐き出し続けている。そしてモニターが明るくなると、そこにモオルダアがさっきまで見ていたグラビアの画像が映し出された。

 それは八十年代のグラビア画像。もちろんボインジャーに搭載されたものではない。ボインジャーが地底に向けて発信したのは七十年代の後半なのでから。モオルダアは恐ろしいことに気付いた。ここにメッセージを送ってくる何者か、或いは「何か」はここでモオルダアのしていたことを知っていたのだ。

 それに気付いたモオルダアは扉の方へ駆け寄った。彼のしていたことを見ていた「何か」は彼のすぐそばにいるのだ。そう思ったモオルダアは慌てて扉の鍵をかけた。モオルダアが鍵をかける前にドアが押されるような感覚があったが、モオルダアにはそんな事を気にしている暇はなかったのかも知れない。或いは気付いていたとしてもそれを認めたくなかったのかも知れない。

 モオルダアは鍵をかけると扉から離れようと後ずさったが、鍵を閉めた扉は今にも壊れそうにバタバタと何かの力に押されて動いている。モオルダアは近くにある机や棚を扉の前に倒して何とかその扉が開かないようにした。それでもそれがいつまでドアを押さえてくれるかは解らない。モオルダアは出来るだけのことをすると、ドアの方を向いたまま後ずさって、反対の壁際まで来ると力無くへたり込んだ。

 絶え間なく動き続ける計器類の激しい音に混じってスピーカーからボインジャーに搭載された音声メッセージの音も聞こえている。モオルダアはその合間に「クルルルゥ」という感じの気味の悪い音を聞いたように思えた。それは明らかに雑音ではなく、何かの生物の発する意味を持った言葉のようだった。モオルダアは彼らが自分に語りかけているような気がしてならなかったのだ。そしてそれは敵意に満ちている。「これがカッパの声なのか?」モオルダアはなんとかしてその考えを否定しようとしていた。彼は今自分の力ではどうにも出来ない恐ろしい状況にあるのだ。

 モオルダアはそのままバタバタするドアが開いていくのを見守っていた。ドアが開いていくと同時に、外から強い光が部屋の中に入ってくるのを見た。

「キャー、ごめんなさい!」

そう言いながらほぼ無意識に胸のホルスターから自慢のモデルガンを取りだしてドアの方を目がけて弾を発射した。BB弾がドアにあたってパチンパチンと虚しく跳ね返る。ドアの前に倒してあった棚や机は何か得体の知れない力でドアから遠ざけられていくように見える。それだけではなく、部屋中のあらゆるものが竜巻に飲み込まれでもしたかのように軽々と中に浮いて動いているようにも見える。ドアから漏れてくる光が次第に強くなり、まるで部屋が雷雲の中にあるように混乱してきた。或いはモオルダアの頭の混乱が部屋の中の状況を彼自身にそう見せていたのかも知れない。

 そんな中、モオルダアが何をしようとドアは静かに開いていく。そしてそこから射してくる眩しい光の中に何かの影が現れた。モオルダアはその影に向かってモデルガンの引き金を引いていたがもうすでにBB弾はつきていた。カチャカチャとプラスチックのこすれる音だけがしていた。

 光の中に現れた影が観測所の中へ入ってくる。それは人のようでもあり、そうでないものにも見える。モオルダアは声にならない悲鳴をあげながらモデルガンの引き金を引いていた。