「リトル・ムスタファマン」

15. 高速道路

 スケアリーを乗せたスポーツカーは事故による大渋滞に巻き込まれて真夜中の高速道路を動いたり進んだりしていた。

「もう絶対に許しませんわ!」

誰に対して言っているのか知りませんが、スケアリーのこういうイライラは全てモオルダアに帰結する。

 スケアリーのスポーツカーはなかなか上高地にたどり着けそうにない。


 いつまでも抜け出せそうにない渋滞にはまりこんだスケアリーはおもむろにダッシュボードの収納からヘッドセットを取り出すと、それを装着してどこかに電話をかけた。呼び出し音が三回鳴って、留守番電話がスケアリーの呼び出しに答えた。

「こちらはモオルダア特別捜査官の邸宅だ。今日も難事件を解決するため留守にしているからメッセージを残していってくれたまえ」

スケアリーはこの留守電のメッセージを何度か聞いたことがある。これまでこんな腹の立つ留守電に対して一度もメッセージなど残したことはなかったのだが、今回は違った。

「ちょいと、あたくしスケアリーですのよ。さっきのさえない二人の捜査官はまだそこにいてコソコソあたくし達のことを嗅ぎ回っているんじゃなくて?それはどうでもいいんですけど、あたくし渋滞で凄く退屈だから、二人がまだそこにいるんだったらあたくしとお話ししませんこと?あたくし渋滞だけはどうしても嫌いなんですのよ」

モオルダアの部屋には彼女の予想どおり二人のさえない捜査官がいてモオルダアの行方に関する手掛かりをつかむべく監視を続けていた。さっきと違うのは彼らがモオルダアの部屋に立ちこめるニオイで気を失わないように防毒マスクを付けているところだ。

 このスケアリーのメッセージを聞いた二人は驚いてお互いを見合わせていたが、ここは黙っているしかない。二人がモオルダアの部屋にいて何かの異変があった場合すぐにモオルダア捜査の本部へ連絡する、ということはスケアリーに知られてはいけないことなのだから。

16. 再び地底観測所

 地底観測所にモオルダアの「ヒヤッ!」という悲鳴が虚しく響き渡りモオルダアは腰を抜かしてその場にへたり込んだ。

 先程、モオルダアは逃げ出した堀辺を探そうと地上に上がっていたエレベーターを地底まで降ろすためにボタンを押して待っていたのだ。しばらくしてノロノロと簡易エレベーターが地底まで降りてきてモオルダアの前に止まった。そして扉が開いた時、モオルダアは思いもしなかったものを目にしたのである。

 モオルダアがそのエレベーターの中に見たのは変わり果てた堀辺の姿だったのである。驚いたモオルダアは悲鳴をあげて尻餅をついたまましばらく動けなかった。モオルダアの目の前にはもうすでに息絶えていると思われる堀辺の姿があった。腰が抜けて動けないモオルダアであったが、このままではいつまでも堀辺の死体と向かい合わせのままである。それよりはなんとかして立ち上がらないといけない。

 モオルダアはヘナヘナになって力の入らない膝を手で押さえながら、やっとのことで起きあがると恐る恐る堀辺の方へ近づいていった。死体が怖くて仕方がないモオルダアだが、今回はそうもいかない。堀辺が逃げ出してからエレベーターに乗るまでの短い時間に何があったのか解らないが、堀辺の状態はあまりにも奇怪だったのだ。

 何か恐ろしい目にあって命を落としたのはその表情を見れば解る。特に外傷もなく血も流していないが、大きく見開かれた目と、叫び声をあげているように開かれた口。しかし、モオルダアの興味を惹いたのはそれだけではない。堀辺の全身は緑色に変色しているのである。

 モオルダアは堀辺の死体の近くでしばらく考えていたが、しばらくすると意を決した感じで堀辺の腕を掴んで肩にかけると遺体を抱きかかえて観測所の方へと運んでいった。


 机の上に横たわる堀辺の遺体を見ながらモオルダアはボイスレコーダーを取り出して喋り始めた。

「ダイアン。大変なことになったよ。彼の本当なのかインチキなのか解らない訛りもう聞けないと思うと悲しいけどね。問題はそんな事じゃない。彼はなぜ死んでしまったのだ?もしかして彼らが?…いやそう考えるのは早すぎる。まずは遺体を検分しないと」

そう言ってモオルダアは堀辺の遺体を調べようと手を伸ばしたのだが、冷静になってみてみるとやっぱり死体は怖い。指先で堀辺の服をつまんで体を少し斜めにしたり元に戻したりしてそれでお終いにした。

 ここにスケアリーがいればこんな事にはならなかったのだろうが。しかし、今そこを考えても仕方がない。モオルダアは自分なりの考えをまとめてみた。

「遺体には特に外傷はない。死因は心臓発作とかエレベーターの操作を誤って感電したとかそんなところだろう。おかしな点は遺体が緑色に変色しているところだ。多くのカッパの想像図が緑色なのと関係しているのだろうか?詳しいことは解剖しないと解らない。多分ペケファイルを再開させたがっているスケアリーに頼めば喜んでやってくれるだろう。でも問題はそれ以外のところにある。もし堀辺が何者かによって殺されたというのなら、ここって凄く危険なんじゃないか?だとしたらボクはどうすれば良いんだ?堀辺はエレベータに乗っている間に死んでしまった。ボクも今すぐここを逃げ出したいのだけれど、そうするにはエレベーターに乗らないといけない。まずいことになってきた」

ここでモオルダアは一度ボイスレコーダーを口元から離してじっと何かを考えていた。というより、考えているフリをしているという方が正確かも知れない。ボイスレコーダーに向かって気取った感じで喋っているおかげで平静さを保ててはいるものの、モオルダアは恐怖でほとんどパニック状態なのである。なにも考えられないままモオルダアは再びボイスレコーダーに録音を始めた。

「ここは考えていても仕方がない。まずはここにある観測装置を調べてさっきなにが起きたのかを調べなくては。特にあのセクシー美女の画像はどうしても持ち帰らないと」

なんで?