「リトル・ムスタファマン」

11. モオルダアのぼろアパート

 スケアリーはたまりかねてモオルダアのぼろアパートまでやって来ていた。「あなたがペケファイルを再開させなければ、あたくしはいつまでも安月給でゴージャスな生活が送れないんですから。エフ・ビー・エルを辞めるなんてことは許されませんのよ!」といった感じで、モオルダアの部屋のドアをノックしたが中からはなんの反応もない。その時、モオルダアはすでに例の地底観測所に向かっていたのだから。

 スケアリーはポケットからモオルダアの部屋の合い鍵を出すと、鍵を開けて中へ入った。モオルダアはスケアリーに合い鍵を渡していたのだが、スケアリーは絶対にモオルダアに自分の部屋の合い鍵は渡さない。まあその辺は理解していただけるだろう。たとえパートナーでもスケアリーはモオルダアを変態だと思っているのだから。

 扉を開けると同時にスケアリーはムッとする異臭を感じて鼻をつまんだ。本当はニオイなんてしなかったのかも知れないが、部屋の中の様子を見れば誰だって鼻をつまむはずである。そんな感じにモオルダアの部屋は解りやすく散らかっていた。脱ぎ捨てられた衣類やゴミの間に足をおけそうな場所を探しながらスケアリーはゆっくりと部屋の中まで入ってきた。

 この汚い部屋にあるものを掻き分けて、今モオルダアがどこにいるかの手掛かりを見つけるのはスケアリーにとっては至難の業である。スケアリーが部屋を見回すと、どう考えても場違いなパソコンが部屋の隅に見つかった。いつの間にこんなものを買ったのか?考えても無駄なこと。こういうものがいきなりこういった場違いな所にあるということは、それが話の展開上重要なものであるに違いない。

 スケアリーがパソコンを起動させると解りやすいパソコンのデスクトップが現れた。そこには「極秘ファイル」という名の解りやすいフォルダがある。まさかとおもってスケアリーはそのフォルダをクリックすると「極秘ファイル」というこれまた解りやすい名前のファイルが表示された。スケアリーは更にまさかと思ったが、そのファイルをクリックしてみた。

 ファイルは極秘のくせにパスワード保護もされていない。ファイルを開くとアルファベットや数字の羅列が書かれていた。「これは何かの暗号かしら?」スケアリーは注意深く内容を確認すると中には「地底座標」という聞いたことのない単語があることが解った。

「なんだか知りませんが、モオルダアを無断欠勤させるには十分な資料ですわ」

スケアリーはつぶやいてから念のためこのファイルをプリントアウトして調べてみようと思った。しかし、モオルダアの部屋にはプリンターがなかった。プリンターが見つからないという警告の表示を見たスケアリーがイライラしながらそれを消した。「これではあの変態が何をしようとしているのかまったく解らないじゃありませんか」スケアリーは手当たり次第に目にしたファイルを開いていった。しかし、それらはことごとくスケアリーの期待に反した内容だった。

 ここで一度落ち着く必要がある。「あたくしはどうやら月給のことで焦っているに違いありませんわ。モオルダアの行く場所なんてあたくしにすぐに解るに決まっていますから。冷静になるのよ。あの変態がどこかへ行く前にすることは何?」スケアリーはパソコンから目を離して部屋の中を見渡した。この部屋の中で明らかに妙な存在感がある物はすぐに解る。こういう散らかり放題の部屋ではホコリを被っていないものは必要以上に輝いて見えるのである。スケアリーはまったくホコリを被っていない上高地の観光パンフレットを見つけた。「上高地」「地底座標」にどんな関係があるというんですの?スケアリーがパンフレットとパソコンを見比べながら考えていると部屋の外で物音がした。

 スケアリーは慌ててパンフレットをポケットにしまってから、ドアの方を見ていた。鍵の開く音がしてドアが開いた。そこには男が二人、鼻をつまんで立っていた。

「ちょいと。あなた達は誰なんですの?」

スケアリーが聞くと二人は悪びれることもなく言い返した。

「我々はエフ・ビー・エルのさえない捜査官だ。それよりスケアリー捜査官こそここで何をしているんだ?」

「もしかしてあなた達あたくしを尾行したんじゃないでしょうね?あたくしはモオルダアの栽培しているカビに養分をあたえるためにここへやって来たんですのよ。あたくしモオルダアが行方不明だと聞いて、カビのことが心配になったものですから」

カビってなんのことだろう?二人のさえない捜査官は不思議そうに聞いているとスケアリーがベットの脚を掴んで引っ張ると、元の位置から少し動かした。ベットのしたには確かにカビが生えて気持ち悪い色に変色していた。スケアリーはそのカビに向かってツバを吐きかけた。

「これでこのカビは飢え死にすることはなくなりましたわ。それよりもあなた達は何しに来たんですの?」

「行方不明のモオルダアの捜査ですよ。別にあなたを尾行したとかそう言う訳じゃございやせんよ」

あまりにもウソっぽいウソにスケアリーはこの捜査官がホントにさえない捜査官だということが解った。モオルダアの行方を知る手掛かりはもう彼女のポケットの中にある。それにこの二人がパソコンの中の極秘ファイルを見ても何のことだか理解できないだろう。スケアリーは涼しい顔をしてモオルダアの部屋を後にしようとした。しかし、最後に気付いて振り返った。

「あなた方がどういう命令でここへ来たのか知りませんが、あんまりこの部屋に長くいるとこの異臭で意識不明になってしまうかも知れませんわよ」

そういってスケアリーはモオルダアの部屋を後にした。

12. 上高地の辺りにあるとある鉱山跡

 怪しすぎる区議会議員からもらった地図を片手に山道を歩くモオルダアは前方に建物の入り口らしきものを見つけた。彼は歩きながらポケットに手を入れてしばらく何かを探していた。目的のものを手が探し当てるとそれを取り出し、口元へ近づけた。

「どうやらあの議員の言うことは本当なのかも知れない」

モオルダアは取り出したものに向かって話し始めた。それはもしかしてボイスレコーダー!?

 モオルダアのボイスレコーダーは以前の捜査でスケアリーに粉々にされてしまったのだが、また新しいのを買ったのだろうか。もしかして、ペケファイルが閉鎖されてもうスケアリーに壊される心配はないと解ったので買ったのかも知れない。

「ダイアン、ここの自然は最高だよ。東京から5時間足らずでこんな豊かな自然の中に身をおけるなんて今まで気付かなかった」

相変わらずボイスレコーダーの使い方が微妙に間違っているのだが、そうこうしているうちにモオルダアが建物の入り口にたどり着いた。扉は鎖でロックされていた。

「やはりここはそうとう昔に閉鎖されていたらしい。扉をロックしている鎖はかなりさびている。でもこれはかなり頑丈なようだ。でもダイアン、心配は無用だ。優秀な捜査官ならそんなことは解ってるのさ。ボクはちゃんとボルトクリッパを持ってきてあるんだ」

モオルダアは鞄から巨大なペンチのようなものを取り出して鎖にその刃をあてた。始めは簡単に切れると思っていたモオルダアだが、そんな巨大な道具でも要領が解っていないモオルダアにはなかなか切れない。5分ほど鎖と格闘して汗だくになったモオルダアはやっとのことで鎖を切ることが出来た。汗だくではあるものの、ここはいたってクールな感じを保ちながら扉から鎖を外すと、静かに扉を開けた。

 扉を開けると中は真っ暗だった。モオルダアは鞄から強力マグライトを取り出して中を照らした。なんか今回は色々「優秀な捜査官グッツ」をそろえているモオルダア。またボイスレコーダーに向かって話し始めた。

「地底観測所に入ったが、ここには何もない。地底といってもここはまだ地上だから当たり前なのだけど。電灯は切れているようで点かない。ここはボクの強力マグライトを頼りに進んでいくしかないようだ」

モオルダアが暗い通路を進んでいくと建設現場にあるような簡易エレベーターを見つけた。これで地中に降りて行くのだろうか?もしこれも動かなければ彼は下まで自分の足で降りる方法を考えなければいけない。モオルダアはどう考えても動きそうにないと思いながらそのエレベーターに乗り込んだ。横を向くと「上」「下」と書かれた簡単な操作パネルがあった。モオルダアはボイスレコーダーを口元にあてて何かを言おうとした。それと同時にちょっとした好奇心で「下」のボタンを押してみた。

「ふわっ!?」

モオルダアのボイスレコーダーに変な悲鳴が録音された。閉鎖されて動かなくなっていると思っていたエレベーターが動き出したのである。