14. 再びキモエのお屋敷
「だから、怪しい人というのはボクじゃなくてクライチ君なんですよ」
「何だ?そのクライチ君というのは?我々は怪しい人が庭にいるとの通報を受けてやって来たら、庭に怪しい人がいたんだ。それがおまえだったんだから怪しい人はおまえなんだ!」
モオルダアと二人の警官は屋敷の門のところで良く解らない言い合いをしていた。モオルダアがすぐに連行されないのは、この二人が自転車でここへやって来たためだ。パトカーが到着するまで警官とモオルダアのヘンなやりとりが続けられるにちがいない。
彼らの言い合う声に気付き、屋敷の窓から外を覗いたキモエは慌てて玄関を飛び出してきた。
「この人は違います。この人はエフ・ビー・エルなんですから」
キモエが警官達に言うと、二人は少しガッカリしたような顔をした。庭に侵入した変質者をみごと捕まえるなんて、この二人にとっては初めてのお手柄だったのだから。
「だから言ったじゃないか。エフ・ビー・エルって」
モオルダアは得意げに二人の警官に向かって言ったが、警官達はエフ・ビー・エルって何だろう?と思っていたので、どう返して良いか解らなかった。とにかくキモエが気付いてくれたおかげでモオルダアは警察署に連行されずにすんだようだ。
「助かりましたよ、キモエさん。ところで、あなたが見た庭にいる怪しい人っていうのはどんな人でしたか?」
モオルダアが優秀な捜査官の声でキモエに聞いた。
「恰好はあなたと同じ感じでしたが、あなたよりも若い感じで、あなたよりも美男子で、あなたよりも…」
「もういいですよ」
モオルダアは傷ついたが、それがクライチ君のことだということはだいたい解った。
「ボクは今回の事件には複雑な事情がからんでいるような、嫌な予感がするんだよねえ…」
少女的第六感がモオルダアに何かを告げようとしているのを感じながら、モオルダアは名探偵風につぶやいた。
するとその時、モオルダアの携帯電話が鳴り出した。モオルダアはまだ手錠をはめられたままだったが、後ろ手にはめられているのではなくて手は体の前にあったので電話をポケットから取り出すことは出来た。片方の手で電話を耳に当て、もう片方の手はアゴの辺りに不自然にぶら下がっていた。電話はスケアリーからだった。
「ちょいと、モオルダア!あなたは一体何をしているというんですの?」
「何をといわれてもねえ。ちょっとしたトラブルがあって、まだ何にもしてないんだけど。でも凄い発見はしたんだけどね。今回の事件には何か大きな組織が関係してるんじゃないかと思うんだよ。キミはクライチ君が怪しい人間だって知ってた?」
「クライチ君?あたくしあの人のことは良く知りませんし、どうでもいいと思っていましたから、解りませんわ」
「クライチ君がボクらに内緒でキモエさんの屋敷で何かをしていたんだよ。もしかすると、クライチ君は裏組織の人間かも知れないよ」
「あらそうですの。そんなことより、あなたはキモエさんのお屋敷にいるということですの?それならあたくしがそこに行くまで待っていてくださるかしら?あたくしもいろいろあなたに報告することがありますし」
ここで、手錠をかけられたまま電話をしているモオルダアを見ていた警官が手錠をはずそうと手をのばしてきた。一度モオルダアが電話を耳から離せば楽に手錠が外せたのだが、モオルダアがそうしないのでなかなか鍵が手錠の鍵穴に入らない。モオルダアも一応は電話を持っていない方の手の位置を変えてみたり、顔を斜めにしてみたりしたのだが、それだけではどうも上手くいかないようだ。次第に電話の内容よりも手錠のほうに気がいってしまったモオルダアは電話を耳に当ててはいたが、話の内容はほとんど理解できなくなっていた。
「…ですのよ!解りました?」
「ん!?まあ、そうだね」
「ホントに解っているんですの?なんだかガチャガチャいってますけど、何なんですのこの音は?とにかく…あの映像は…マサシタがまだ見つからなければ……。ちょいと!聞いてるんですの?」
「うん、聞いてるよ」
とは言ったものの、モオルダアの神経は手錠のほうに集中してしまっている。警官が鍵を差し込もうとする向きに合わせて手の角度を微妙に変える。するとあと少しのところで手首のところで止まっていた手錠が滑って動いてしまい、鍵は鍵穴に入らなかった。
「おしい!」
「ちょいと!おしい、ってどういうことですの?」
「うん。大丈夫だよ。ちゃんと聞いてるから」
どう考えてもちゃんと聞いているとは思えない返事であるが、スケアリーがイライラしているようなのでここでいったん電話に集中することにした。
「とにかく、キモエさんの警備はあなたがするんですのよ!」
「なんで!?」
モオルダアが聞いた時にはスケアリーはすでに電話を切っていた。モオルダアが電話を耳から離して手を警官の前にもっていくと手錠は簡単にはずれた。モオルダアと手錠をはずした警官は納得のいかない達成感を感じながらお互いのほうをみて頷いていた。
不思議そうにモオルダアの様子を見ていたキモエであったが、それよりもこの屋敷や自分に何が起きているのかのほうが気になる。
「それで、いったいここで何が起きているんですか?」
「ああ、そうだったね。今のところ良く解らないんだけど、今日はボクがキミの警護をすることになるみたいだ」
それを聞いたとたん、キモエは不安に表情を曇らせていった。モオルダアが彼女の警護をするのでは頼りないということではない。以前のマサシタの事件以来、キモエはどんな男性も信用できなくなっているのだ。いや、父親を除くどんな男性でもというべきであろうか。昨日までは、お屋敷に寂しく一人住まいでも何とかそういう不安を乗り越えて頑張っていたのだが、マサシタが再び彼女の近くに現れたことを知ってから彼女の男性に対する不信感はさらに深まっていたのである。
「あの、出来れば今朝ここへ来ていた女性の方に警護をお願いしたいんですけど」
モオルダアは自分がそれほど信頼されていないのか、と自信をなくすところだったが、キモエの様子からすると理由は他にありそうだと気付いたので落ち込まずにすんだ。
「まあ、それもそうだね。でも彼女が来るまではボクがここに居るけど、それはかまわないでしょ?」
キモエは少し安心したようだ。