7. FBl研究室
何に使うのか良く解らない機械が並んでいるこの研究室には、やっと普通の顔に戻ったスケアリーが、キモエの屋敷で採取した血液のような液体を分析していた。分析結果を書き出した紙を見ながらスケアリーは不思議そうにしている。あの庭にあったものは血液のようではあった。しかし、その量が多すぎるために血液以外のものである可能性も大いにあったのだが、スケアリーの予想よりもそれは不可解なものだったようだ。
ちょうどそこへモオルダアがやって来た。デジカメの写真を解析するのをあきらめたモオルダアは何となくここへやって来たのだ。
「何か解った?」
モオルダア同様に寝不足のスケアリーは機嫌があまり良くない。モオルダアの声を聞くと恐ろしい目をして彼の方に振り返った。一瞬たじろいだモオルダアだったが、睨まれるようなことはまだ何もしていないので、そのままスケアリーの返事をまった。
「こんなものは見たことがありませんわ」
そういってスケアリーはモオルダアに分析結果の印刷された紙を渡した。そこには棒グラフのようなものと折れ線グラフのようなものが描かれていたが、モオルダアには何のことだか解らない。でもスケアリーはなんだか機嫌が悪いようなのでモオルダアは理解したような感じでそれを眺めていた。そんなモオルダアの姿をみてスケアリーはあきれて説明をはじめた。
「人間を液体にしたらきっとそんな感じになるはずですわ」
モオルダアにはスケアリーが何を言っているのかまだ理解できなかったが、興味はわいてくる。
「ということは、あの場所で誰かが液体人間になってしまったということだね?」
「なんですの、液体人間って?そんなんじゃなくて、あれは強力な酸とか酵素とかで体のあらゆる組織が溶解されて出来た液体である可能性がある、ということですわよ」
二人とも言っていることはだいたい同じなのだが、スケアリーの言い方のほうが説得力があるのが不思議である。
「とにかくあの場所で誰かがドロドロに解かされたかも知れない、ということだね。その液体人間の身元は解らないのかなあ?」
「そんなことはもっと詳しく分析しないと解りませんわ。それよりも、あなたはここへ何しに来たんですの?ちゃんとした分析が終わったらあなたにもお知らせいたしますから、あなたは自分の仕事をしていてくださらないですかしら?」
モオルダアに水を差された感じのスケアリーはまた機嫌が悪くなってきた。「自分の仕事」と言われてもやることがないからここへ来ただけなのだが、モオルダアはスケアリーが怒り出す前に研究室を出ていくことにした。
8. 警察署
取調室に漂う悪臭は次第にその勢力を拡大して外の廊下にまで達していた。ここには遺体の放つ腐敗臭などには慣れてしまっているベテランの警官も大勢いるのだが、辺りに充満している臭いは悪臭という言葉では表現しきれない強烈なものだった。吸い込んだだけで肺や気管支が腐って溶けていくような、そんな感じさえした。
警察署内はこの悪臭のために騒然となっていたため、マサシタの取り調べはなかなか始まらなかった。なにしろこの悪臭はマサシタのいる取調室からしているのだから。いったい誰が臭い取調室に入ってマサシタに話を聞くのかでもめているようだ。
取り調べは始まっていなくても、マサシタを一人にするわけにはいかず、取調室には新米の警官が一人でマサシタの見張りをしていた。その警官は鼻の穴に詰め物をして、その上にさらにマスクもしていたのだが、悪臭の源であるこの部屋ではそんなものは無意味である。今すぐにでもこの部屋を出ていかなければ彼の胃の中にあるものが吹き出して来そうな気がしていたが、新米の警官としては何とか与えられた仕事をこなそうと頑張っていた。
新米の警官は脂汗を流しながらじっと正面のマサシタのほうを睨んでいる。マサシタのほうも警官のほうを見ているようには見えたが、その瞳に警官の姿が映っているのか良く解らないぐらい虚ろな目をしている。ただ目を開けているだけで、正面に警官がいるから彼のほうを見ているように見えるだけなのかも知れない。
マサシタの顔には太い針金で引っかいたような傷がいくつかある。時々小刻みに体を動かすとその傷の下に見える肉が不自然な感じで移動しているようだった。肉が見えるほどの傷なのだが不思議と出血はしていない。
そんなマサシタの様子を見ていた警官は気味が悪くて仕方がなかったが、ここは警察署である。何かが起きた時には大声で助けを呼べば周りはほとんど彼の味方である。臭いのさえ我慢すれば、新米警官として立派に勤めを果たすことが出来るのである。そう思って生真面目な新米警官はさらに力を入れてマサシタを睨みつけていた。
マサシタはユラユラ動いたり、時に震えるように小刻みに動いていたが、そういうことを続けているうちに次第に顔に出来た傷が広がりだした。すでにある傷口から新しい傷が亀裂のように伸びていく。元々あった傷口から何本もの亀裂が伸びそれは互いの傷口をつないでいった。それぞれの亀裂が一本の線でいびつな四角形でつながると、その切り取られた四角形の部分の皮がべろりと剥がれて床に落ちた。その下には体の動きにあわせて伸縮する筋肉が見えていた。
目の前で見ていた警官はこの予想もしなかった光景に声もあげられず、マサシタを凝視したまま固まっていた。そうしている間にも彼の目の前ではマサシタの顔に出来た亀裂は広がっていき、何枚もの細切れになった皮を床に落としていった。
次第に皮がなくなって皮膚の下の脂肪や筋肉があらわになっていくマサシタを見ながら新米の警官は恐怖と悪臭のためにとうとう気絶した。