10. 警察署
先程までマサシタと新米の警官がいた取調室には、キモエの屋敷にあったような血溜まりが出来ていた。今では、それは人間が溶けて出来た液体ということは解っているのだが、見た感じはどうしても血溜まりという感じがするのだ。
モオルダアとスケアリーは先程キモエの屋敷でも見かけた刑事から話を聞いている。
「すると、この警察署のどの出口の監視カメラにもマサシタは写っていないということですのね」
スケアリーが念を押して聞いている。刑事の話によると、マサシタをここにつれて来た時から消えるまでの監視カメラの映像は全て調べたが警察署から出ていくマサシタの姿は写っていなかったということだ。
「でも裏口に設置してあるカメラの映像は三秒ほどノイズがひどくて確認できないんですが…」
刑事が言うと、モオルダアが興味を示した。
「三秒あればカメラの前を横切ることは可能だよね?」
「まあ、そうですけど…」
「ボクにその映像を見せてくれないかな?」
刑事は頷いてモオルダアを監視カメラのモニタがある部屋へ連れて行った。
スケアリーはモオルダアがそんな映像を見ても何も解るはずはないと思っていたが、他にやることもないのでついていった。
問題の映像はすぐに再生できた。警察も録画した中でこの箇所以外に怪しいところはないと思っていたようで、その部分は何度も再生されていたようだ。
「40分30秒ぐらいからおかしくなりますよ」
刑事が言うのを聞いてモオルダアは画面に映る時刻を確認した。画面の中の時計は2時40分20秒を過ぎたところだった。裏口とそこへ続く廊下を映している映像だったが、裏口とあってほとんど人が通らない。
映像は30秒手前辺りから徐々に乱れ始めた。映像全体が引かれた弓のように湾曲していき、ほとんど映像の内容が確認できないような状況になった時にそれは砂嵐のような映像に変わった。そして刑事が言ったとおり三秒ほどでまた元に戻った。
「なんだか、あなたの撮った写真と似ていますわね」
スケアリーの言葉にモオルダアはただ頷いただけだった。それからモオルダアはもう一度再生するように頼んだ。再生が始まって、再び映像が確認できないところまで画面が歪んだところでモオルダアは映像を止めるように言った。
「これは人の影に見えない?」
モオルダアが一時停止している映像の画面の一部を指さした。刑事は少し驚いてその映像を見ていた。映像が歪んでいるためにほとんど線にしか見えないのだが、そこには黒っぽい陰が見えている。
薄汚れて灰色がかってはいるが、その廊下の床も壁も白く、正常な映像の時に黒く写る場所は全くなかった。モオルダアの指摘した黒い影はそこに何者かがやって来たことを示しているのかも知れない。
「エフ・ビー・エルの設備を使えばこの映像は復元できるかも知れませんわ」
スケアリーが言うとモオルダアと刑事は「信じられない」という感じでスケアリーを見ていたが、言ってみたスケアリーも出来るかどうかは知らなかった。ただ、デジタルのビデオカメラの映像なら何とかなるんじゃないか、とは思っていたようだ。
少し間をあけてモオルダアが気になっていたもう一人のことを刑事に聞いてみた。
「ところで、マサシタと一緒にいなくなった警官っていうのは?」
聞かれた刑事は少し弱った感じで顔をしかめてから答えた。
「それが、あの新米の警官は正義感だけは人一倍だったんですけど、その何倍も気が小さくて…。我々があんなのにマサシタの見張りをさせたのがいけなかったのかも知れませんが、もしかするとマサシタと一緒に取調室に居るのが恐くなって逃げ出したんじゃないかと思ってるんですよ。彼の自宅や行きそうな場所はいろいろ調べているんで、すぐに見つかると思いますけどねえ」
「それはひどいですわ!」
スケアリーの言葉には怒りも感じられた。
「そんな新米の警官に警備をまかせて、あなた達は一体何をしていたと言うんですの?」
「いや、それが…。あまりにも臭かったもので…」
「臭かった!?」
モオルダアとスケアリーが同じような感じで聞き返した。マサシタがいた時には地獄のような悪臭が漂っていた警察署だが、今ではそんなことは少しもわからない。取調室の周辺だけはあの液体の臭いがしていたのだが、それまでの署員が全員パニックになりそうなあの悪臭はもうどこかへ消えてしまったのである。
「つまりマサシタが凄く臭かったということですわね?」
「ええ、言葉で言い表せないぐらいに」
「それじゃあ、昨日の夜もあのお屋敷の辺りは臭かったのかしら?」
「付近の住民に聞いてみたところ、そんな話は少しもありませんでしたよ。それに、あの臭いだったら、どこでだって大騒ぎになりますよ」
刑事の答えからそのニオイの規模はだいたい解ったが、それが解っても特に意味はなかった。
「ニオイが原因でビデオカメラの映像が乱れるのかしら?」
「さあ…?」
スケアリーのヘンな推測には「さあ…?」と答えるしかない。
「もしかすると、霊体というのは凄く臭いのかも知れないよ」
「あぁー…」
モオルダアのさらにヘンな推測には「あぁー…」としか答えられない。
とにかく三人ともこれ以上ここで話していても意味がないと気付いたようで、それぞれ次の行動に移ることにした。刑事はマサシタと新米警官の行方の捜索を。スケアリーはエフ・ビー・エルの研究所でビデオの解析。モオルダアは、何をしようか考えていた。