9. FBl、ペケファイルの部屋
スケアリーに研究室から追い出されたモオルダアは仕方なくペケファイルの部屋に戻ってきて、先程あきらめたデジカメの画像をパソコンで表示させることに挑戦してみた。説明書を読むのがもう面倒になっていたので、勘だけを頼りにやってみると意外とあっさり成功して「ボクって天才かも」といった感じのモオルダアだったが、今ではまたパソコンのモニタを見ながら困っていた。
するとそこへスケアリーが勢いよく扉を開けて入ってきたのでモオルダアは驚いて顔を上げた。スケアリーの様子からすると特に怒っている感じはなかったので安心した。きっと例の液体を分析した結果、不可解な事実が明らかになったに違いない。
「ちょいとモオルダア。あたくしには良く理解できませんわ!」
いきなり言われてモオルダアにも理解できない。
「何が?」
「あの液体の中に人間の皮膚のようなものが見つかったんですの。それでそれをDNA鑑定してもらったら、なんとマサシタのDNAと一致したんですのよ」
「ということは、昨日の夜にマサシタがあの場所にいたということは証明できるかも知れないねえ」
「そうなんですけれど、問題はどうして皮膚だけが溶けずに残っていたのか、ということですわ」
「まあ、そうだねえ。でもマサシタは警察署にいるんだからあの液体に解かされた人間は別の人間だよね。後から来たマサシタがあの場所で皮を落としていったのかも知れないし」
皮を落とすなんてことは普通の人間の動作ではないが、マサシタは普通ではないし、警察署ではボロボロと皮を落としていた。しかし、モオルダアにはそれはどうでもよかったのかも知れない。彼は別のことを考えていたようだった。
「もしかしてマサシタはずっと前に死んでいるという可能性はないかな?」
「あなた、何を言っているんですの?マサシタは今、警察に捕まっているんですのよ!」
スケアリーはモオルダアのヘンな話が始まることを敏感に感じ取っていた。
「でもねえ、ボクが撮った写真によると何か霊的な力があの場所で働いていた可能性があるんだよ」
そういってモオルダアは目の前のパソコン画面を指さした。スケアリーがモニターを覗き込むとモオルダアは屋敷で撮影した写真を一枚ずつ表示させていった。それらの写真は全てノイズがひどかったり、ピントが合っていないような状態だったりして、何を撮影したのか解らない状態だった。あの現場で気付いていれば、原因が解ったのかも知れないが、現場の異様さとデジカメを使えるという喜びで撮影した写真の確認などはしていなかったのだ。
「何なんですの、これ?こんなひどい写真は見たことがありませんわ!もしかしたらカメラが壊れているんじゃなくて?」
「そんなことはないよ。それにこのカメラを買ってから何度か練習で撮影してるから操作を間違うこともないし」
そう言いながらモオルダアはおもむろにカメラをスケアリーに向けてシャッターを切った。突然カメラを向けられたにもかかわらずスケアリーは写真用の顔を作って写真に収まった。デジカメの液晶画面に表示されたスケアリーの「美人に写る顔」にモオルダアは一瞬息を飲んだが、そんなところに感心している場合ではない。
「ほら、ここではちゃんと写るんだよ」
スケアリーはデジカメの液晶画面を覗き込むと理想的な顔に写っていることを確認して満足していた。
「本当ですわね。でもそれだから何だというの?」
「自縛霊がいるといわれる場所とか、そういう心霊スポットでは写真のシャッターが降りないとか、上手く撮影できないとか、あるでしょ?」
「確かにあのお屋敷は幽霊屋敷みたいでしたけど」
スケアリーは今朝のあの屋敷の不気味さを思い出してまた鳥肌を立てていた。
「だからといって、どうしてマサシタがすでに死んでいることになるんですの?」
「さあ、それは何となくね。あの液体が酸に溶かされた人間の体ではなくて、エクトプラズムのようなものだとしたら、と思ってね。その中にマサシタの皮が見つかったのだからそれはマサシタの霊が残していったエクトプラズムということも考えられるしね。今、警察にいるのはマサシタの幽霊かも知れないよ」
「何を言っているのか解りませんわ!」
私にもモオルダアが何を言っているのか解りません。
「とにかく、写真が上手く撮れないということは、なにか霊的な力が働いていることがあるんだよ。ウワサによるとこのエフ・ビー・エルの地下にもそういう場所があるらしいよ。このビルの敷地の一部が昔、墓地のあったところで、そこでは時々へんな物音がしたりするんだとか。それで、怪しいと思ったエフ・ビー・エルの職員が監視カメラを設置したところ、そのカメラは時々ノイズだらけになって写らなくなってしまうらしいんだ」
「ちょいと、やめてくださるかしら!あたくし今日はそんな話は聞きたくないんですのよ」
スケアリーはまたさらに鳥肌を立てていた。そして、しばらく考えたあとモオルダアに聞いた。
「それって、まさかこの部屋じゃないでしょうね?」
スケアリーが柄にもなく怖がっている様子なのでモオルダアは嬉しくなってなかなか答えない。ニヤニヤしないように気を付けながらモオルダアは真剣な表情でスケアリーを見たままだった。
すると突然部屋の扉が音を立てて勢いよく開いた。
「おい!モオルダア!何をやっているんだ!」
この突然の出来事にモオルダアだけでなく、スケアリーも驚いて飛び上がりそうになっていた。振り返るとそこにはスキヤナー副長官がいた。
「ちょいと!部屋に入る時にはノックぐらいしたらどうなんですの!」
スケアリーが猛烈に怒っている。
「いや、モオルダアを驚かそうと思って…」
一応モオルダアを驚かすのには成功したが、スケアリーがいるとは思わなかった。スキヤナー副長官はだんだん小さくなっていきそうな雰囲気だったが、それよりもペケファイルの二人に伝えることがあるのを思いだした。
「そうだ!キミ達。大変な事になったぞ。警察署からマサシタが消えたんだ。それから警官も一人行方不明だということだ!」
スキヤナー副長官が「消えた」と表現したために二人ともマサシタ幽霊説を信じてしまいそうな勢いである。
「消えたって、どういうことですの?」
スケアリーが確かめる。
「消えたっていうのは、つまりいなくなったってことだな」
スキヤナー副長官の答えは当たり前のことを言っているだけだが、モオルダアはあまり納得していない。
「そうじゃなくて、煙のように消えたってことでしょ?というよりも幽霊のように、と言う方がいいのかな?」
スキヤナー副長官は二人が何でこんなことを言うのか、良く解らなかったが、警察署からマサシタと警官が一人いなくなったということだけは確かである。それを伝え終わるとスキヤナー副長官は首をひねりながらペケファイルの部屋を出ていった。
それよりも、どうしてスキヤナー副長官経由でこういう知らせがあるのか不思議だが、最近あまり登場していないスキヤナー副長官の出番を作ってあげただけです。
それはそうと、モオルダアとスケアリーはこのままボーッとしているワケにはいかない。それが生きている人間であろうと、幽霊であろうと、怪しいマサシタは行方不明なのだ。