「KIMOE」

11. FBl研究室

 ここは先程スケアリーが液体の分析をしていた研究室とは違う研究室である。映像や音声の分析などを主におこなうこの研究所は先程の研究室よりもスッキリとした感じだが、そこにある機械がどんなものなのか良く解らないのは先程と同じである。

 スケアリーはそこにいた技術者に監視カメラの映像が記録されたディスクを渡すと技術者は怪しい微笑みを浮かべながら受け取った。その様子からすると、この技術者は以前のエピソードで登場して密かにスケアリーに思いを寄せているあの技術者に違いない。しかし、スケアリーはそんなことをまったく覚えていないようだった。

「この部分なんですけれど。何とか普通に映るように出来ないかしら?」

スケアリーがいびつに歪んだ映像を見ながら技術者に聞いた。技術者はしばらく黙って画面を見ていたが、スケアリーのほうに向き直ってまた怪しい微笑みを浮かべた。

「何とかしてみますよ。スケアリーさん」

そう言って、怪しい微笑みをまたさらに怪しく引きつらせた。スケアリーは少し気味が悪いと思ったが、そんなところを気にしていても仕方がない。スケアリーは作業を始めた技術者のやることを黙って眺めていた。

 技術者は映像を再生している機械の出力をいくつかの機械に数珠繋ぎにしていった。それらの良く解らない機械の先には別の画面がある。始めそこには元の乱れた映像が映っていたが、技術者が間にはさまれた機械をいじっていくと画面の映像は少しずつ変化していくようだった。しかし、それは複雑な作業のようですぐにはまともな映像にはならない。

 しばらくするとスケアリーは研究室を出て、自動販売機で紅茶を買って戻ってきた。紅茶を飲みながら作業を眺めていたが、まだまだ終わりそうにない。するとスケアリーはまた外に出て、今度はブルボンの「シルベーヌ」を持って戻ってきた。「シルベーヌ」を食べながら技術者の作業を眺めていてもまだ終わらない。スケアリーはそのまま居眠りを始めてしまった。

12. キモエのお屋敷

 モオルダアはキモエの屋敷へと通じる道を歩いていた。ここで彼は何をしているのだろうか?キモエは若くてそこそこ美人なのだがモオルダア好みの美女ではないので、彼の目的はキモエに会うことではなさそうだ。彼の手に使い捨てカメラが握られていることからすると、きっと「デジタルではないカメラ」ではどんな写真が撮れるのかを確かめたいのだろう。

 それを確かめたところで特に意味はなさそうだが、モオルダアの予期せぬ行動はたまに予期せぬ結果を導いてしまう。モオルダアが屋敷の門のすぐ近くまで来た時に、門から一人の男が出てきた。モオルダアにはそれは自分が良く知っている人間だとすぐにわかった。

「あれ?クライチ君」

モオルダアは意外な場所でのクライチ君との再会に少し驚いていた感じだったが、一方のクライチ君はかなり焦っているようだ。モオルダアはほとんど気付いていないのだが、クライチ君は闇の組織の一員である。そしてクライチ君はモオルダアがそのことに気付いていると思っているのだ。

「やべっ!」

そう言ってクライチ君は振り返ると門の中へと走り去っていった。モオルダアは意味が解らず少し考えてしまったが、人の顔を見て「やべっ!」と言って逃げていくのは悪いことをしている人間に違いないのである。

「おい、待て!クライチ!」

モオルダアがクライチ君の後を追って門の中へ入ると、屋敷の脇から裏庭のほうへと走っていくクライチ君の姿が見えた。さらに追いかけるモオルダアであったが、裏庭に来るとそこにはクライチ君の姿はなかった。

「おい!クライチ君!どこにいるんだ?おとなしく出てこないと発砲するぞ!」

モオルダアは脇のホルスターから例のモデルガンを取りだして構えている。どこにいるか解らない相手に対して「発砲するぞ!」はおかしな話だが、全力で走った上に優秀な捜査官らしい緊迫した場面なのでモオルダアは舞い上がってしまっているようだ。

 モオルダアはモデルガンを振り回しながら、植木の間を掻き分けてみたり大きな木の裏を覗いて見たりした。そんなことをずっと続けていたモオルダアだったが、いつの間にか二人の警官に押さえつけられていた。

「おい、おまえ!ここで何をやっている!」

一人の警官が、腕をひねりあげられてヒヤッとヘンな悲鳴をあげているモオルダアに聞いた。

「ボクはエフ・ビー・エルの優秀な捜査官だ!こんなことをしてただでは済まないぞ」

言っていることは威勢がいいが、声は情けなく弱々しいかった。もう一人の警官に後ろで手をひねりあげられているので仕方がない。取り押さえられたモオルダアの耳にすぐ近くで車を急発進させる音が聞こえてきた。それはきっとクライチ君に違いない。

 この二人の警官は、今朝の捜索にモオルダアが来ていたことを知らないらしい。彼らは「庭に怪しい人がいる」というキモエの通報で駆けつけた警官のようだ。モオルダアが何と言おうとこの二人の警官にとってモオルダアは「怪しい人」なのだ。

13. 再びFBl研究室

 もう少しで深い眠りに落ちようかというところでスケアリーは技術者に起こされた。誰でもそんな状況で起こされるのは気分が良くないものである。スケアリーも同様で、まだ完全に開ききっていない目で技術者を睨んだ。睨まれた技術者はその恐ろしい形相に驚いていたが、それを見たスケアリーも慌てて我に返った。

「あらいやだ。あたくしったら居眠りしてしまったようですわね。オホホホホッ!」

技術者はスケアリーに睨まれて百年の恋も冷める思いだったのだが、必死に取り繕うスケアリーにさらに魅力を感じてしまっている。スケアリーのほうでは技術者がそんな風に思っているなんて少しも気付いていないのだが。


 スケアリーと技術者はまともに再生できるようになった監視カメラの映像を見た。

「私には特にこの映像に問題があるとは思えませんけど」

再生を始めると同時に技術者が言った。映像は多少のノイズがまじってはいたが、そこに何が映っているのかは確認できた。それは一人の警官が裏口から出ていく映像だった。

「そんなことはありませんわ。これは問題ですのよ」

スケアリーにはこの警官が行方の解らない新米の警官であることが推測できた。ただ不可解なのは、そこに映っている警官は恐ろしさに耐えかねて逃げ出す人間とはとても思えない、冷酷な表情をしていたことだ。自身の正義感が気の弱さとの葛藤に負けて逃げ出すことを選んだ人間の表情とは思えなかった。

「これはおかしな事になってきましたわ!」

てっきり、監視カメラに映っているのがマサシタだと思いこんでいたスケアリーはすぐに警察に連絡しようと携帯電話を取り出した。マサシタは一体どこへ消えてしまったのか?もしも誰にも気付かれずに警察署を抜け出したとして、マサシタはどこへ向かうのか?それはキモエの屋敷に違いない。電話が警察につながる前にそのことに気付いたスケアリーは、キモエのことが心配になって技術者に礼も言わずに研究室から出ていき、キモエの屋敷に向かうことにした。


 スケアリーが無言で出ていってしまった扉のほうを見ながら技術者はため息をもらしていた。しかし、捜査に夢中になるその姿もイイ!と思って、また怪しい微笑みをドアのほうに向けていた。