1. 山の中
山の中の急カーブを曲がるたびにスケアリーの表情は険しくなっていった。この次を曲がるときっと目的地へと続く国道に突き当たるはずだと、そう思いながらカーブを曲がるのだがどこまで行ってもうっそうとした木々の生い茂った山の中を曲がりくねった道が続いていた。
スケアリーはカーナビの画面を時々確認していたのだが、それはまったく意味のないことだった。この山道に入るとその画面から地図が消えたのだ。そしてしばらくの間、灰色の画面に車の場所を示す矢尻型のマークだけが虚しく表示されていたのだが、いつの間にかそれも消えていた。さっきまではわずかな期待を込めてスケアリーは指で軽くカーナビの画面を叩いてみたりしていたのだが、今ではそんなこともしなくなっていた。
スケアリーはなるべくイラつかないように、大きく息を吐いてまた運転に集中することにした。目の前を過ぎていく景色は相変わらずで、時には同じ場所を何度も通っているのではないかと思われるほどだった。もうとっくに目的地に着いていなければいけないのに、この山の中で太陽はすでに山のむこうに隠れようとしていた。
「ンンン〜」
スケアリーは助手席から聞こえてくるヘンな音は無視した。
「ンァァアン…」
また聞こえてきたヘンな音も無視したが、スケアリーは少し落ち着きをなくして頬の上の辺りを軽くひくつかせていた。
「アウゥゥンン〜」
たまらなくなったスケアリーは車を路肩に急停止させて助手席の方へ体を向けた。
「ちょいと、モオルダア!一体なんだって言うんですの!」
スケアリーはそう言いながら助手席でヘンな寝言を言っているモオルダアをひっぱたこうと思ったのだが、それよりも先にモオルダアが驚いた様子で目を覚ました。飛び起きたもののまだ少し寝ぼけているモオルダアはスケアリーの恐い顔を見てもそれほど慌てていないようだった。
「着いたの?」
「着いたわけないですわよ!この景色を見て解らないんですの?」
「なんて言うか…山だよね。ここは」
まだ眠そうな感じで辺りを見回して呑気なことを言っているモオルダアに腹が立ったのだが、ここはあえて冷静にならないといけないと思っていた。
「そうなんですのよ。あたくし達、遭難したみたいですわよ」
「そうなんですかぁ」
モオルダアはニヤニヤしながら言ったが、スケアリーが眉間にしわを寄せてとうとうぶち切れそうなのを見て慌てて真面目な顔に戻った。
「目的地まではもう少しだったのに、なんで迷子になんてなるんだ?むこうに電話して聞いてみたら道を教えてくれるんじゃない?」
「こんな山の中じゃ電話は通じませんわ。あなたが寝てばかりいるからこんなことになったんですのよ!あなたが地図を見ていてくれたらこんなことにはならなかったんですからね!」
「だってカーナビが…」
言い返そうとしてモオルダアがカーナビを見たが、その画面にはどう考えても壊れているとしか思えない灰色しか表示されていなかった。
「だからボクはカーナビの指示どおりに行こうって言ったんだよ。まあ、壊れちゃったら仕方がないけどね。でもあの国道はほぼ一本道だったから、あのまま進んでいればもう着いていたはずだよ」
確かにそうだったのでスケアリーは何も言い返せなかった。「こちらの方が近道ですわ」と言って少し混み合っていた国道をはずれてこの山道に入ったのはスケアリーの判断だったのだ。まだ正常に動いていた時のカーナビで確認したところ、この道は山を越えて再び国道に合流することになっていたのだった。
「このままだとすぐに夜になってしまいますわ。夜の山道を運転するなんてもう面倒ですわ。戻るとしても、もうかなり進んでしまいしたし」
「それにこの道で合っているのかも解らないしね。とりあえずあそこに行って聞いてみたら?」
スケアリーが、あそこって何処ですの?と思ってモオルダアの視線の先を見るとそこには「旅の宿 この先500メートル」と書かれた薄汚れた立て看板が見えた。モオルダアが運転を代わると言ってくれないのが気に入らなかったが、今のところ非があるのは自分のような気がしたのでスケアリーはモオルダアの意見に従って「旅の宿」まで行くことにした。