7. 玄関のあたり
スケアリーのいる部屋の外でモオルダアが「旅の宿」の入り口の方にいる少年の影を見付けた時にまだ少年はモオルダアには気付いていなかった。全力で走っていたモオルダアだったが、少年がまだ彼に気付いていないということが解ると、少し走る速度をゆるめて気配を消して少年が逃げ出す前になるべく彼に近づけるようにした。
少年は入り口から中の様子をうかがっているようだった。モオルダアとスケアリーが待ち伏せていないかを確認しているのだろうか。少年は中に誰もいないことを確認するとそっと扉を開けて中に入ろうとしたのだが、その時に背後からやってきたモオルダアに腕を掴まれてギャッ!という悲鳴をあげた。少年がそんな風に悲鳴をあげると思っていなかったモオルダアは少し慌てていたが、なんとか掴んだ腕を放さずにいた。
「一体、どういうことなのか説明してくれないかな」
少年がモオルダアの想像以上に怯えている様子なので、モオルダアはあまり少年を怖がらせないように優しく少年に聞いた。ただし、モオルダアが故意に優しそうな感じになろうとすると、余計に不自然で逆に少年の恐怖心を煽ることにもなっていた。
「イヤだ!放せ!放せ!」
少年はほとんど泣きそうになりながら、モオルダアの手を振りほどこうとしてもがいていた。少年が見た目よりも遥かに非力なので、モオルダアはそのまま少年の腕を掴んでいられたのだが、あまりにも怖がっている様子なので、この少年は何かを勘違いしているのではないかとも思っていた。
モオルダアはもがいている少年を抑えるようにしてもう片方の手を少年の肩に置いた。
「キミ、ちょっと落ち着いてよ。キミが反省してるんだったら、さっきのことは誰にも言わないし、もちろんキミを捕まえようとか、そういうことは始めから思ってないからね」
こう言ったら、少しは少年が落ち着くと思っていたが、依然として少年は怯えた感じでモオルダアの手を振りほどこうと必死になっている。
「ウソつけ!お前もあの女の仲間なんだ!ここに来るのはみんなヤツらの手先なんだ」
少年が何を言っているのかまったく理解できなかったが、こんなふうにパニック状態ではまともな話は出来そうになかった。
「おい!オちつけよ!」
モオルダアが少年を正気に戻そうと大きな声を出したのだが、急に大きな声を出したのでヘンな感じで声が裏返った。しかし、それが良かったのか、少年は少し落ち着いてモオルダアから逃げようともがくのをやめた。おそらく「ヤツらの手先」はモオルダアのように声を裏返らせたりしないのだろう。
「ボクらはエフ・ビー・エルの捜査官だよ。東京からやってきて道に迷ってここに来ただけなんだよ」
少年から手を放してモオルダアがそう言ったものの、もしも「ヤツら」というのがエフ・ビー・エルのことだったら、自分たちは「ヤツらの手先」に違いないな、とヘンなことも考えていた。
しかし、少年の言っていた「ヤツら」はエフ・ビー・エルのことではなかったようで、少年はおとなしく話し始めた。
「それじゃあ、あなたは何も知らないであの人と一緒にここに来たんですね」
「あの人って、スケアリーのこと?」
「名前はどうでも良いんです。どうせ、それは偽の名前ですから。あの女の人はエンソケイ星人なんです。ボクはさっきこの目で確かめたんだから、ウソじゃないですよ」
少年は大まじめで言っているのだが、モオルダアはこの話をちゃんと聞くべきかどうか迷ってしまった。
「そんなことを言って、キミが彼女の部屋を覗いていたことを誤魔化そうとしてるんじゃないだろうね?」
「あなたは、まだあの人の本当の姿を見ていないからそんなことを言えるんです。アレは毎回違う姿でここにやって来るんです。それで、この辺りの人間達を一人ずつ…」
少年がそこまで言った時に「旅の宿」の廊下からスケアリーがフロントにやって来たのをみて、少年はまたギャッ!という悲鳴をあげると一目散に旅館の前にある私道を山の方へと一目散に逃げていった。
「おい、ちょっと!」
モオルダアが少年を呼び止めたが、それは無駄であることは最初から解っていた。少年はアッという間に山の中の暗闇に走り去っていってしまった。
「さっきの人はあの少年じゃございませんこと?どうして逃がしてしまったんですの?」
スケアリーがモオルダアのところまでやってきて聞いた。
「どうやらあの少年はキミのことをよっぽど恐れているみたいだよ。エンソケイ星人さん」
「なんなんですの、それ?」
スケアリーはモオルダアがニヤニヤしそうになるのを必死でこらえているのを不思議そうに見つめていた。
モオルダアは先程の少年の話していたことをスケアリーに聞かせた。スケアリーはこんな場所にもモオルダアのようにヘンな妄想に取り憑かれている人がいるんですのね、と少しあきれていた。
「それで、あたくしがそのヘンな異星人だとして、どうしてあの少年がそんなに怯えたりするんですの?」
「さあね。それを聞く前にキミが来てしまったからね。ボクの考えではエンソケイ星人がこの辺りの人間達をさらっていくということだと思うけどね。エイリアンの何が恐ろしいかっていったら、やっぱり彼らが人間を誘拐するっていうことが一番恐ろしいからね」
「そんな話は今は聞きたくありませんわ!それよりも、あなたがさっき言っていた窓格子のこととか、その辺はどうなるんですの?」
そう言われてみるとそうだった。モオルダアは少年を見付けたことで、それまで自分が疑問に思っていたことを忘れかけていたようだ。
「それについてはまだ何も解ってないけどね。とにかくここがすごくヘンだということは解ってきたよね。それに、あの少年がおかしなことを言うからまたさらにヘンになってきたけどね」
「エイリアンの話とかはやめて欲しいものですわ」
スケアリーも怪しいエイリアンの話などは聞く気がなかったのだが、内心ではそこが妙に気になっていたことも確かだった。少年の他に誰もいないこの「旅の宿」や、先程フロントロビーの窓からみたほとんど人気のない集落の異様な雰囲気を思い返してみると、もしかするとこの辺りで何かが起きているのではないかと思わせるようなイヤな雰囲気が感じられたのである。
「それで、あなたはどうしてヘンなのか理由が解っているのかしら?」
「さあね、どうしてこうなるのか解っていたらヘンではないからね」
スケアリーはまたモオルダアから根拠のない理論を聞き出そうと思ったのだが、今回も期待はずれだった。
「とにかくこのままじゃ埒があかないからね」
そういうとモオルダアは先程少年が逃げていった方へと歩き始めた。
「ちょいと、モオルダア。どこに行くんですの?」
「少年を探しにね」
「あなたは少年がどこに行ったのか解っているの?」
「解ると思えば解る。そんな気がしない?多分、エンソケイ星人にだって会えるかもよ。そう信じていれば」
「何を言っているのか解りませんわ!」
スケアリーは歩いていくモオルダアの背中に向かっていったのだが、この旅館にいても何も解らないし、それよりもここに一人でいるのはどうにも気味が悪いのでモオルダアの後を追いかけることにした。