14.(また?)旅の宿
モオルダアは夢で見たのと同じように「旅の宿」の前から私道とは別の森の中へと続く荒れ果てた道を歩いていった。モオルダアが思っていたほどの悪路ではないのは、まだ明るく足下がよく見えるからなのだろうか。時々道に張り出している背の低い木の枝をよけたりしなければならなかったのだが、森の中の散歩道という感じでさほどの苦労もなく先に進めた。
そして、しばらく進むとモオルダアの前方に夢と同じように洞穴が現れた。それはおそらく半分以上は人の手で掘られたもののようで、洞穴というよりはトンネルのように思えた。夢と違うのは、その穴の入り口に木製の扉が付けられていたことだった。おそらく、ここは始めから物置として使うために人工的に掘られた穴に違いない。
扉は壊れかけてほとんど扉としての役割は果たしていないようだったが、近くに来るとこの物置代わりの洞穴の扉が最近になっても誰かによって開けられていることが解った。傾いた扉が地面を削った跡が残っていたのだ。モオルダアが扉に手をかけてそれを開けると、地面についた跡をなぞるようにして扉がひらいた。
それにしても、モオルダアはここへ何をしに来たのだろうか?まさか大量の手や、首なし死体や、カッパのミイラがあるとでも思っているのだろうか?
モオルダアがそんなことを期待しているとしても、ここへ入った瞬間にそれが虚しい期待だということに気付くだろう。この洞穴は夢の中で見た時ほど深くなく、入るとすぐに奥の岩盤に突き当たるほど狭いものだったのだ。
それでも、モオルダアはここに置きっぱなしになっている使い物にならない古い道具などを見回してから、その中に木箱を見付けるとそれを開けてみた。すると、その中には最近になって入れられたと思われる男性向けの雑誌が何冊か入っていた。
「なんだ。そういうことだったのか」
モオルダアは意外だったかどうか良く解らないこの洞穴の秘密を目にしてつまらなそうにつぶやいていてから、何も見なかったことにして木箱のフタを閉じた。
15. モオルダアの報告書
というか、本来の目的地にはたどり着いてないのに報告書もなにもない!という感じなのだが、あの「旅の宿」の騒動のあとに本来の目的地に辿り着いたモオルダアとスケアリーは「もうすでに事件が解決していて彼らにはやることがもうない」と伝えられると、そのまま帰って来てしまったのである。
しかし、一日外にいたのなら何らかの報告書を提出しろ!というスキヤナー副長官の命令でモオルダアの報告書が書かれるのである。スケアリーはあれからずっと機嫌が悪いので書いてくれそうにない。
「旅の宿」の出来事、報告書(要約)
人の意識は同じ夢の中に存在することが可能なのだろうか?夢の中では日常の不安や期待や、或いは普段は気に留めないような無意識の事象が作用しあって、その夢を複雑怪奇なものにすることもある。しかし、我々があの場所で見た共通の夢にはどこかに核となるものが存在していたように思われるのだ。
本人の意識とは無関係に意味のある夢というのが本当にあるのかどうかは定かではないが、「虫の知らせ」という例もある。長い間会っていなかった親類や知人が突然夢の中に現れる。そして、その翌朝にその人の訃報が届けられるということはよくある話だ。
人の意識が何か未知の力を使って他の人の夢に影響を与えることが出来るのであれば、もしかするとあの少年は自分でも気付かずにそうした力を利用していたのかも知れない。それとも、少年の恐怖感が最高潮に達した時に人間の未知の力が発揮されたとも考えられる。或いはあの場所にいた三人に共通していた事柄である「プール嫌い」が我々を無意識の中で結びつけていたのだろうか。
とにかく、少年の救いを求める気持ちは我々に届いたことは確かである。残念ながら彼が救いを求めたうちの一人であるスケアリーによって少年にとっては最悪の結末が待っていたのだが。しかし、彼はスケアリーという「プール嫌い」などとは比較にもならないほどの恐怖を体験したのだから、これからはプールの塩素などは気にしなくなるに違いない。少年が救いを求めて、少年が望んだのとは違う形でスケアリーが少年を救ったと思えばこれはこれでいい話に違いないのだ。
人は夢を見る。犬も夢を見る。猫は…、よく知らないが多分夢を見る。夢というのはこの地球上に生きている生物に共通の意識なのかも知れない。元をたどれば我々はみな単純な生物から枝分かれして進化してきたのだから、意識の奥深いところには同じものを持っていてもおかしくないのだ。
こんな感じの報告書を提出したモオルダアだったが、しばらくしてからスキヤナー副長官に呼び出されて「なんだこれは?」と聞かれると「それは…、それですけど」としか言い返せなかった。