10. フロント
何だかワケが解らない感じだったが、モオルダアとスケアリーと少年の三人はいつの間にか「旅の宿」のフロントまで戻ってきていた。ここにくれば灯りもあるし、三人とも先程よりは余程落ち着いていた。しかし、モオルダアとスケアリーがこの「旅の宿」へやって来た時からずっと感じているどこか不自然な感じは相変わらずだった。ここにいる少年にしてもそうである。先程はスケアリーの姿を見るやいなやもの凄い勢いで逃げていったのだが、今ではスケアリーがいても平気なようだった。
「あなた、もうあたくしを見ても逃げたりしないんですの?」
少年のクセなのか知らないが、少年は何かを聞かれてもすぐには返事をしない。言葉を何度か飲み込んだような感じで息を詰まらせた後にやっと少年が答えた。
「あなたは、さっきボクが見た人とは違う人です。あの部屋にいたのはあなたとは全然違う人でした。…人ではないですけど」
少年がまたヘンなことをいいだしたので、モオルダアは興味深そうに少年の方へ振り返った。少年はモオルダアの方をチラッと見たのだが、そのまま目をそらして何も言わなかった。
「キミは何かに怯えてるんだろ?それはきっとエンソケイ星人なんかじゃないよね。それはキミが妄想の中ででっち上げた架空の存在に違いないんだ。そうじゃないか?ボクらはここに来てからキミ以外の人間を見ていないけど、それとキミの怯えている何かは関係してるんじゃないかな?」
少年はモオルダアに聞かれると彼の目をじっと見つめたまま、また妙な間隔を開けて話し始めた。
「それは違うよ。怯えているのはボクだけじゃないんだ。あなたも、あなたも。みんな怯えているんです」
少年はそう言いながらモオルダアとスケアリーの方に順に目を向けていった。
「ボク達はずっとここにいないといけない。恐怖の季節が終わるまで…」
少年の言葉はどんどん暗く沈んでいった。モオルダアは少年が何を言っているのか理解できずにスケアリーの方を見たが、スケアリーならなおさら理解できないような話なので、半分口を開けたまま軽く首を傾げただけだった。そして、それと同時にもっと重要なことがあるのに気付いて、気の抜けた表情に緊張感を取り戻した。
「そんなことはどうでも良いですわ!あたくしは先程の洞穴で首なし死体を見付けたんですのよ。やっぱりあそこには遺体があったのよ。一刻も早く警察に連絡しなくてはいけませんわ!」
スケアリーはそう言って携帯電話を取り出したが、このフロントに来ても携帯電話は圏外のままだった。
「どうして圏外なんですの?部屋ではちゃんと使えてたんですのよ!」
スケアリーは独り言のように良いながらフロントのカウンターの中に入るとそこにあった電話の受話器を取って番号の書いてあるボタンを押したのだが、すぐにいらついた感じで受話器を置くところにある「あのボタン」を何度も押しはじめた。
「どういうことですの?!」
「外に電話はかけられないよ」
スケアリーを見ていた少年が言った。スケアリーはまだボタンを押し続けていたが、何度試しても電話が通じる気配がないので受話器を置いた。
「どうでもいいですわ!」
そう言って、スケアリーは出入り口の方へとスタスタと歩いて行った。
「下の集落まで行ったら電話が借りられますわ!この時間ならまだ…」
そう言いながらスケアリーはフロントの壁にかけてあった時計を見たのだが、その時計は四時を指していた。「まさか、そんなはずはありませんわ!」と思って、スケアリーはここへ来た時間とそれから経った時間を考えてみた。今は夕方でもないし、明け方でもないはずである。しかし、その四時という時間がこの場所にいると妙に現実的な気がするのだ。「そんなはずはありませんわ!」ともう一度頭の中でつぶやくと、今度は自分のしている腕時計を見た。その腕時計には午後10時と表示されていた。
「時計はちゃんと合わせないといけませんわよ!」
スケアリーはホッとした表情で少年に言うとフロントから出ていった。先程からほとんど一人で喋っているスケアリーをボンヤリと眺めていたモオルダアは「ちょっと!」と言いながらスケアリーの後を追おうとしたのだが、少年がモオルダアの服の裾を掴んで引き留めた。
モオルダアが振り返ると少年は懇願するような目でモオルダアを見ていた。
「あの人をあそこに行かせてはダメだよ。あの人があそこに行くとヤツらがやって来るんだ。だから何とかしてあの人を引き留めているんだけど、このままじゃ上手くいくかどうか解らないから一緒に念じて…、そうしたらボクらは助かるかも知れない」
モオルダアは少年が言っていることをほとんど理解できなかったが、どうやら少年があの集落を恐れているということが解ってきた。
「あそこには一体何があるんだ?まさかエンソケイ星人が棲んでいて、それが目覚めるとここに人間を誘拐しに来るとか、そんなことを言ってるんじゃないよな?」
少年はモオルダアの質問に答える気がないようだった。
「ボクと一緒に念じてください。あの人があそこに辿り着けないように」
「そんなことよりも、自分の足で追いかけた方が早いと思うけどね」
モオルダアはそう言ってフロントから出ていこうと思ったのだが、出口のところで「走って車を追いかけて追いつくはずがない」ということに気付いて、振り返って少年に聞いた。
「この旅館には車はないの?送迎用に使ったりする…」
モオルダアが途中まで言ったのだが、少年はいつの間にかフロントからいなくなっていった。恐くなってまたどこかへ逃げてしまったのだろうか?モオルダアは仕方なく走ってスケアリーを追いかけることにした。