1. モオルダアのボロアパート:一月某日
優秀な捜査官にも休日は必要だ。モオルダアがそう思ったのは数日前。何でもないミスを犯してしまう自分に嫌気がさしてきたというのか、何をやっても上手くいかない状態が続いていたためである。ほとんど趣味の延長みたいな仕事とはいえ、休みなく続けることは出来ない。それは誰にでも同じ事であり、変人モオルダアにも言えることなのだ。
それで、モオルダアは一日の休みをもらうことにしたのだ。この申し出を受けた上司のスキヤナーは特に問題ないといった態度だったし、この話を聞いたスケアリーもそうする方が良いと言っていた。特にスケアリーは、誰もいない部屋でエロサイトを表示したまま居眠りするような疲れきったモオルダアと一緒にいるのは不快であったし、この休暇については大いに賛成であった。
そして、今日。彼は平日の静かな住宅街にある彼のボロアパートで安らぎに満ちた朝を迎えた。優秀な捜査官の頭脳に休日を。彼は頭の中でつぶやきながら起き上がると窓のところに立ってこれからすることを考えた。
今日は休日。難解な事件も、陰謀も、美女も登場しない。だからといって何もしないワケにはいかない。脳の動きを止めてしまうと、再び動き出すまでに時間がかかってしまう。これはこれまでの経験で解っていた事でもあるし、だいたいの人はそんな感じだろう。この一日だけの休日は優秀な捜査官の頭脳をリフレッシュさせるためにある。細かいことはともかく、モオルダアは簡単な朝食をすませると予定していたとおりに彼のボロアパートを出た。
2. 平日の住宅街
モオルダアは通りに出ると毎日向かう駅とは反対の方向へ歩き出した。その道をしばらく行くとどんどん寂れていくのだが、それは彼が何年かぶりに行く場所でもあった。
自宅から仕事場までがそれなりに離れている人は、たいていの場合自分の家の周囲よりも仕事場の周囲の事に詳しくなっていたりするのだが、モオルダアにとってもそれは同じ事だった。そのことに気付いたモオルダアが今日の計画を思いついたのだ。数年前に歩いたその場所の記憶と、今のその場所の光景を比べながら歩いて見たら優秀な捜査官としての頭脳が鍛えられると思ったのである。
果たして本当にそんなことで訓練が出来るのか解らない。モオルダアが今歩いているのは、まだよく知っている家の近くの道だ。普段は歩かない平日の昼間の道。
モオルダアはなぜかソワソワした気分になったのだが、すぐにそうなる原因は解った。起きてからいつもと違う行動をしてきたので、いつもやっていることをし忘れているのだ。
モオルダアはポケットからスマホを取り出して画面を確認した。するとメールが一通。随分前に届いたもののようだ。
もしかしてメールが来ていたからソワソワしたのだろうか?とモオルダアはふと思った。メールが来てなかったらスマホが気になったりしないし、このまま昼すぎまでスマホに触ることがなかったんじゃないだろうか。電話のように誰かと連絡を取るためのものというのは、時々人に何かを訴えかけるような、そんな雰囲気を出すことがある。あるいはメールが来ていたからそう思えただけかも知れないが。
どうしてモオルダアがこんなどうでもいいことを考えるのかは解らないが、ペケファイル課のようなところで真面目に捜査に取り組んでいるような人間の思考は色んなところに寄り道するのかも知れない。
モオルダアはスマホの妙な存在感について考えながらメールを開いてみると、それはスケアリーからだった。「なんなんですの?!」と一言だけ書かれている。「なんなんですの?!」と言われても何だろう?モオルダアは少し首をかしげて考えてみたが、彼女は今日自分が休むことは知っているはずだし、彼女も今日は一人で羽を伸ばしているに違いないのだから、こんなメールが来るのはおかしい。その前に、仕事中のスケアリーのほうが羽を伸ばしているのもおかしいと思うかも知れないが、彼女は彼女でモオルダアに煩わされず、一人で自由にやりたいことをやりたかったに違いないのだ。モオルダアはスケアリーからのメールは気にせずにスマホをポケットにしまった。
今日は優秀な捜査官の休日。モオルダアが格好つけて歩いていると大きな幹線道路にさしかかった。この道を渡ると商店や家も急に少なくなっているはずなのだ。そして、ここからが今日の休暇の本当の始まりでもある。久々に歩く場所を見て昔の記憶を思い出したり、新しい発見をすることで脳が活性化されるに違いないのだ。少なくともモオルダアはそう思っている。