11. 緑地
「ここなら大丈夫ね」
そう言ってCLAの女性は立ち止まった。そこはさっきモオルダアが作戦を練っていた運河沿いの公園だった。大丈夫と言われてもモオルダアには何のことだか解らない。
「それじゃ、説明してもらえますか?彼らは一体何者で、あなたはここで何をしているのか」
「彼ら?」
モオルダアに聞かれた女性はそう言って少し考えてから話し始めた。
「それはあなたの都合ですね。あなたの事はだいたい解っています。どんな組織でどんな仕事をしているのか。ですから何も隠さずにあなたに話すことにしましょう。問題なのは『彼ら』ではありません。それはあなたが意識の中に作り上げた理由です」
「理由?」
今度はモオルダアが聞き返した。理由とは一体何なのだろう?
「そうです。この場所を現実的に理解できるものにするためには理由が必要です。その『彼ら』というのがあなたにとっての理由に違いありません。でもそれはどうでも良い事なのです。問題はこの場所なのです。この場所へやって来た事が間違いだったのです」
女性は確信を持った様子で話しているのだが、モオルダアには少しも理解できる部分がない。あのジョギングをしていた美女と喫茶店の美女と目の前にいる美女。それも何かの理由だったりするのだろうか?それにこの場所が問題というのはどういうことなのか。
「ちょっと待って。ボクが最初にキミに会ったのはあの公園だった。それは正しい事なの?」
「ええ、恐らくそうでしょう」
「それから喫茶店でも会ったと思うけど、それも間違いではない?」
「ええ、多分。でもそれはあなたが思っているだけのこと。確かに私はそこにいたかも知れないけど、それがどういう状況だったかなんてことに意味は無いのです。重要なのは私達はこの場所に捕らわれている。そして二人で力を合わせないとここから逃げ出すことは出来ないのです」
「それって、つまり…」
どういう事だろう?話が見えてきそうで見えてこない。
「あなたなら多分感じていたと思います。この場所に関して、おかしいと思っていませんでしたか?」
今となっては全てがおかしいと思えるのだが、確かにここに来た時から何か違和感のようなものをずっと感じていたのは確かだ。
「何て言うか…。ここはボクが数年前に来た場所だったはずなんだけど、そのイメージとは全く違っていたし。その…何て言うか、気味が悪いというよりも、息苦しいというのか…」
「それを何と呼ぶかは人によって違いますが。ここは私達が生活していた場所とは切り離された場所なんです」
この美女の口からそんな事が聞かれるとは思わなかったが、それを聞いてモオルダアは今の状況が把握できるような気がしてきた。そして、それと同時に恐ろしくなってゾッとしていた。
「もしかして、異世界とか異次元とか、そういう話をしているんですか?」
モオルダアが聞くと女性は黙って頷いた。モオルダアが何と言うべきか解らずに黙ってしまうと、少しの間沈黙が訪れた。その後で女性が口を開いた。
「そして、この世界はもうすぐ終わりを迎えようとしています」
そう言いながら女性は目の前にある運河とは反対側に振り返った。そっちはあの喫茶店やモオルダアが歩いてきた公園などがある方向だ。
「終わるってどういう事?」
またしてもモオルダアはワケが解らなくなる。女性は先を続けた。
「ここは私達の住む世界とは違うのです。でも私達は元にいた世界の私達の時間を生きているのです。私達はこの世界の時間から取り残されて、時が過ぎ去って消えていく世界と共に消えてしまうでしょう」
簡単に理解できない話ではあるが、何となく理解してくると恐ろしい話である。グズグズしていると自分の存在が消えてしまうとか、そういう事なのだろうか?
「でもあなたが来てくれた。一人ではどうすることも出来なかったけど、私達が力を合わせればあの橋を渡って元の世界に戻ることが出来る」
あの橋、とは目の前の運河を渡るために掛けられた橋のようだ。モオルダアがその橋を見てもタダの橋にしか見えない。だが、それはさっき女性が言っていたようにモオルダアの都合でそう見えているだけなのだろうか?
「つまり、あの橋の向こうには元の世界があるってこと?」
「そうです」
「でも、ボクにはタダの橋に見えるけど…」
「ここからはそう見えるのです。私も最初はそう思っていました。でも違うのです。言葉で説明するのは難しいですし、今は説明している時間がありません」
そう言うと女性はモオルダアの手を握って彼の目を見つめた。
「行きましょう。二人で力を合わせたら上手くいきます。私はずっとあなたが来るのを待っていたのです。私にはあなたが必要なんです」
美女に手を握られてそんな事を言われたら「はい」と言わないワケにはいかない。だがしかしモオルダア、優秀な捜査官というのはそんな簡単に…、優秀な捜査官というのはそんな…、優秀な捜査官というのは…。そう。優秀な捜査官というのは主に美女を守るために存在しているんだ。そうだ。このCLAの美人局員はモオルダアのような優秀な捜査官を必要としている。それはきっとこの世界だけでなく、元の世界に戻ったあともだ。彼女にはボクが必要なんだ!
「それで、どうすれば?」
「それは行ってみないと解らないのです。でも絶対に油断しないでください。チャンスは一度きりです」
女性が言うとモオルダアは頷いた。そして二人は橋の方へと向かった。