「Day Off」

7.

 もはやここはお洒落なカフェではない。品の良さとかセンスの良さを感じさせていた落ち着いた色合いの店内は、今では薄暗い悪魔のすみかという印象しかモオルダアに与えていない。そして、そこにいた老夫婦は見た目とは全く違う恐ろしい存在に違いない。彼らはモオルダアが余計な事をしないように見張っているのだろう。何かをすれば彼らはこの辺りを仕切っている彼らの上官に報告するかも知れない。あるいはあの二人こそがこの場所を支配しているのか。

 あの美人店員はここに捕らわれているのだろう。だとして、彼女をここから救い出す方法はあるのだろうか。モオルダアは考えながらサンドウィッチを食べていた。すぐにでも店から飛び出したい気分だったが、そんなことをしたら怪しまれるだけである。

 まずはこの時間を利用して、どうやって彼女を助けるのか考えるべきである。しかし、そう簡単にはいかない気がする。一体彼らはどこにどれくらいいるのだろうか?彼らとは、もちろんハ虫類の目を持つ彼らの事だが。そこにいる二人だけでなくて、周囲にあるビルの中にも沢山いるのだろうか。それとも、この一見お洒落なカフェが人間をおびき寄せるための罠ということもあるかも知れない。

 相手の状況が解らなければ作戦も立てられないのだが、そこは何となく推測することが出来る。もしもモオルダアが何をしても意味がないような状況なら、あの美人店員は助けを求めてきたりはしないだろう。コーヒーカップの下に忍ばせたメッセージで助けを求めてきたということは、上手くやれば彼女を助け出せるような状況であることを示しているに違いない。

 問題はどうやって彼女を助け出すかということだ。彼女が入っていった厨房と思われる部屋の方がどうなっているのかは良く解らない。しかし、彼らの目を盗んでコーヒーカップの下にメッセージを書いたナプキンを置いても怪しまれない程度の状態であることは解っている。つまりそこに彼らの仲間がいるとしても一人か二人だろう。

 そして、店内に二人。彼らは老夫婦のような見た目だが、それに騙されてはいけない。無理矢理彼女を連れ出そうとすれば、その見た目からは想像も出来ないような力でそれを阻止するだろう。もちろんそうなった時にはモオルダアもタダでは済まされない。

 まずはあの美人店員に何らかの形で彼の意志を伝える必要がある。まだどうするかは決まっていないが、モオルダアがメッセージを理解し、そして彼女を助けるつもりだということを伝えないといけない。だが、どうやって?

 恐らくチャンスはこの店を出る前の会計の時しかないだろう。そこで何か行動を起こす必要がある。モオルダアはいくつかの案を考えた。

 まず思い付いたのは普段の買い物の時にも時々やってしまうこと。財布の小銭を床ぶちまけてしまう、というアレである。コンビニでそれをやってもバイトの店員は何もせずに小銭を拾うモオルダアを見ているだけだが、ここでは違うだろう。あの美人店員は小銭を拾うモオルダアを見て、カウンターの向こうから出てきて一緒に小銭を拾うはずである。その時に彼女に彼の意志を伝えることが出来るかも知れない。

 しかし、これではその後になにもできない。どういう作戦で彼女を助けるにしても店を出たあとも彼女と連絡が取れるような状況にしておかないといけない。

 それではこういうのはどうか?財布にお金が入ってなかったという事にするのである。そして、彼女にモオルダアの名刺を渡して「請求はFBLにするように」と言うのである。もちろんFBLではなくてモオルダアの携帯電話に電話してもらうのだが。

 だがここに捕らわれていると思われる彼女が自由に電話など出来るだろうか?それに、彼がFBLの職員であることはそこにいる二人に知られるのはマズいことに違いない。オカルトっぽくて有名なFBLのペケファイル課ときたらなおさらである。

 そこで、最後に思いついたのが次の案である。失敗すれば彼らにモオルダアの身元を知られるというリスクがあるのはさっきと一緒だが、上手くいけば彼女と少しの間でも会話をすることが出来る。

 会計をする時にわざと財布を置き忘れるのだ。財布を置いたまま外に出たら彼女も追いかけてこないわけにはいかないだろう。あの老夫婦を装っている彼らも財布を渡しにいく店員を止めることは出来ないはずだ。恐らく、彼らとしても自分たちがここで密かに何かをしている事を人間に知られたくはないだろうし。

 この作戦に決定。モオルダアはそう思ってもう少し考えをつめることにした。どうやって財布をレジのカウンターに置き忘れるのか。普通にお金を払う時に、レジに財布を置き忘れるようなことはあまりない。その前にレジのカウンターに財布を置くような状況があまりない。

 そういう不自然な状況を自然に見せるようにするには、別の何かが起きれば良いのである。たとえば、代金を払った直後に携帯電話に電話が掛かってきたことにして、一度財布をカウンターに置いてから携帯電話を取りだしたりする。その電話があまり人に聞かれたくないような用件の電話だったという感じで店の外に出るとか。これはなかなか良い作戦なのではないだろうか。

 モオルダアは自分の計画に満足な様子でニヤニヤしそうになりながら、一度ポケットからスマホを取り出した。そこでまたスケアリーからのメールが来ていることに気付いて「おや?」と思ったのだが、確認してみるとまた「何なんですの?!」としか書かれていなかった。せっかく盛り上がった気分が台無しでもあったが、この先はスケアリーに協力を求めることもあるかも知れないと思いながらモオルダアはスマホをポケットに入れた。次にこのスマホを取り出す時が優秀な捜査官としての真価が問われる時でもあるのだ。そう思いながらモオルダアは立ち上がると、伝票を持ってレジのあるカウンターへと向かった。