4.
公園を通り抜けて再び道路へ出たモオルダアだったが、そこで立ち止まって考え込んでいた。この道は彼の記憶の中の道とまったく違っている。何もない場所が開発されるということなら、数年のうちに様変わりする事もあるだろう。しかし、今モオルダアが見ているのは開発された街ではない。数年前と同じく寂れた風景なのだが、数年前に見たものとは全く違っているのだ。
出てくる場所を間違えたのだろうか?とモオルダアは思って一度振り返ってみた。しかし、彼の後ろに見えるのは彼の知っている公園の出口である。そして、また元の方に向き直るとやはり見たことのない道だった。
これは彼の優秀な捜査官としての記憶力に問題があるためだろうか?あらゆる捜査において記憶力は重要である。物事のほんの些細な変化にも気付いて、そこから謎の答えを導き出す。そういうことが出来てこそ優秀な捜査官なのだ。しかし、この道の変化は何なのだろうか?前に来たはずなのに、全く記憶にないか、あるいは記憶と全く違うのだ。
しかし、さっき歩いていた公園も随分と様変わりしていた。それを考えると、この道はこれからの再開発のために変化の途中にあるとも考えられる。思わぬ展開に混乱しそうになっても、そこに納得のいく理屈を見つけられるのも優秀な捜査官である。とりあえず何でも良いから優秀な捜査官でいたいモオルダアはそう考えてその道を先に進んだ。
歩いていると、モオルダアはさっきの自分のこじつけが正しいような気がしてきた。かつてはデコボコで歩きづらかったはずだが、舗装し直してあって歩きやすい。それも最近の事だったようで、アスファルトが濃いツヤのある色をしている。さらに、道沿いの建物もいくつかなくなっているようだ。いずれは今ある建物も壊されて新しい建物が建つのだろう。だが、これだけの違いで以前の記憶と全く違うように見えるというのもモオルダアには驚きであり、新たな発見でもあった。そこに気づけただけでも、今日のこの休暇は有意義なものとなるに違いない。モオルダアはチョットした満足感を胸にその道を進んでいった。
ただし新しい発見に満足していられたのもつかの間だった。それは記憶にない道を歩いているためだろうか?この道を歩いているどこか不安な気持ちになる。地図も見ずに知らない場所を歩いていれば不安になるのは当たり前かも知れないが、見るのは初めてのような気がしても、ここはモオルダアの知っている場所なのだ。最低限、方角さえ解れば自分の家に帰ることが出来る距離しか歩いていない。そういう場所で何を不安に感じるのだろうか?
無機質。しばらく歩いたモオルダアはそんな言葉を頭に思い浮かべた。さっきの公園から出て、そして綺麗に舗装されたこの道を歩いてきて、出会ったのはあのジョギング中の美女一人だけ。それはどういうことか?と考えると、これまで歩いてきた道路の周辺の整備に費やされた労力の割に、そこにいる人があまりに少ないという気がするのだ。
だが平日のこの辺りにはそれが普通なのだろう。この先をずっと進むと海にでるのだが、昔はこの辺りも海だったのである。東京に天然の磯も砂浜もほとんど無いのは、それが全部埋め立てられて新しい土地となったからであるが、そういう場所は家を建てるには適していない事も多い。それで人が住むための建物は建てられないのだ。とはいってもどこかの会社のビルのような建物はいくつもある。ただし、こういう場所に事務所を構えるような会社は業種が限られているし、営業マンが忙しく外を歩き回ることもあまりない。
つまり通りに人の少ないのもこの辺りの日常にすぎないのだ。モオルダアは彼の優秀な捜査官の頭脳でこのような結論に至って納得すると、さらに歩みを進めた。