16. 山の中
モオルダアはゴンノショウの孫ゴンタと伴に山の中へ向かった。始めはゴンタの自転車に二人乗りして移動していたのだが、山の中にはいると二人乗りでは自転車がこげないという事が解ったので、モオルダアは自転車から降りてゴンタは自転車を手で押して歩いて進むことになった。
歩いて移動する間、モオルダアはゴンタといくつか言葉を交わしたのだが、ゴンノショウのように難解な言葉を話すことはなかった。最近ではみんなテレビを見るから誰でも標準語で会話が出来るし、ゴンノショウが喋るような解りづらい言葉はゴンタにも理解出来ないということだ。それから、学校でヘンな言葉を喋るといじめられるからゴンタは一生懸命まともな日本語を勉強したというドロッとした話も出てきた。
しばらく木の生い茂った山道を歩いていると不自然にひらけた場所へ出てきた。そこは採石場の跡地で、山の斜面はきれいにえぐり取られていた。そこに来るとゴンタは下の方を指さして「アソコじゃ」と言って崖の下の方を指した。
ゴンタは石が切り出された後のほぼ直角に近い崖の中にわずかに出来た安全な場所を歩いて下に降りて行った。モオルダアもビビリながらゴンタの後についていった。ここが採石場だったのはそうとう昔だったのか、下の方へ近づくと浸食によって傾斜は次第に緩くなっていた。
まともに歩けるようになってくると、モオルダアのポケットの中で電話が鳴っていることにも気付くし、その電話に出ることも可能になる。モオルダアはこの山の中でよく電波が届くなあ、と思いながら電話に出た。
「やあモオルダア君」
いきなりそういわれても、モオルダアは誰と話しているのか解らなかった。
「どちら様ですか?」
「解らないのかね?私だよ」
「もしかして、あなたは私の父のフリをしていますね。でも残念ながら父は降板しましたからね。そんなことをしても無駄です。ワタシワタシ詐欺には引っ掛かりませんよ」
モオルダアは得意げに言っていたが電話の男は何のことだか良く解らなかった。
「どうでもいいのだが、キミはどこにいるんだね?」
「さあ。どこだとしても見渡す限り山だらけで銀行なんてありそうにないから、話すだけ無駄ですよ」
「銀行とは何のことだか解らないがね。キミに話したいことがあるんだが、二人だけで会えないかね」
「さあ、それはどうですかね。ボクは自分がどこにいるかも良く解ってないからね。それにワタシワタシ詐欺師と話す気なんかないですよ」
二人の会話はあきらかに噛み合っていないのだが、電話の相手は用件を伝えるため先を続けた。
「キミのお父さんはキミに何かを話したと思うんだがね。それを鵜呑みにするのはどうかと思うんだよ」
モオルダアはここに来てやっと話している相手がワタシワタシ詐欺師ではないと気付いてきた。それにしてもワタシワタシ詐欺ってなんだろう?
「何かってなんですか?」
「彼も計画に関わっていたんだよ。キミのお父さんも最終的には我々に同意したんだ、モオルダア君」
モオルダアは自分が誰と話しているのか考えていた。なぜかむこうはモオルダアのことをよく知っているような話し方をしているし、多分どこかであったことがある人に違いないのだ。モオルダアは考えながら彼が以前にスキヤナーのオフィスで見かけたウィスキーを飲む男ではないかと思った。声がなんとなく似ているし、言葉の間にすこし間が開くことがあるのはウィスキーを飲みながら話しているからだろう。そして、彼は極秘ファイルが流出したことをよく思っておらず、モオルダアがこれからすることを阻止しようとしているに違いない。
「あなたにとっては都合の悪いことかも知れないけど、ボクは陰謀を暴くからね」
「そんなことをすればキミのお父さんの悪事を暴くことにもなるんだぞ」
「父はもう降板してるからダイジョブですよ。それじゃあ」
モオルダアは電話を切ってゴンタの後を追った。
ゴンタが行く方を見るとそこには土に埋もれた大きな金属の物体が埋まっているようだった。土のえぐれたいくつかの場所からその金属の物体の一部が見えていたのだが、おそらくそれは地面の中では一つにつながっているに違いない。
モオルダアはその金属が地表に見えている場所へ行ってそれが何なのか確かめてみた。どこかで見たようなその物体は貨物列車の貨車のようだった。モオルダアはゴンタに呼ばれてゴンタの方へ向かった。
「これは貨車かな?」
モオルダアが聞くと、ゴンタは「冷凍車だべ」と答えてかれの足下にある冷凍車の屋根についているハッチを開けて、促すような目でモオルダアを見た。モオルダアは少し恐かったが、ゴンタに怖がっている様子を見せるわけにはいかないので、開いたハッチから中へと降りた。
その頃、ウィスキー男を乗せたヘリコプターが猛スピードでモオルダア達のいる場所へと向かっていた。先ほどの携帯電話による会話で電波を探知して彼らの居所を知ったようだ。ウィスキー男はいつになく緊張した面もちでウィスキーをラッパ飲みしていた。
冷凍車の中に入ったモオルダアは次第に中の暗さに目が慣れていった。そして、モオルダアの前にゆっくりと恐ろしい後景があらわになっていった。モオルダアはヘンな悲鳴をあげる寸前でなんとか息を飲み込んだ。それから携帯電話を取り出すとスケアリーに電話をかけた。
スケアリーはすでに出発して、鼻歌を歌いながら山道を車で走っていた。電話が鳴ると彼女はダッシュボードについているボタンの一つを押した。それによって運転中でも携帯電話を持たずに会話ができるようだ。
「スケアリー!すごいことになったよ」
「いったいどうしたというんですの?あたくし、早く帰らないとお部屋が臭くなってしまいそうで心配なんですのよ」
「山の中に埋められた冷凍車の中なんだけどね。なんか死体が山積みなんだよ。どうやら部屋の掃除どころじゃなさそうだよ」
「死体ですって?」
スケアリーは思わず車を止めて話に集中した。
「それはどういうことですの?」
「さあ、解らないよ」
スケアリーはカバンを開けてゴンノショウが解読したファイルを取り出した。
「それは気になりますわ。例のファイルには戦時中に行われていた実験のことが書いてあったのよ。その実験が米軍の管理下で戦後も密かに続けられていたんですの。なんとその実験というのは人体実験だったんですのよ。驚いてしまうでしょ?でもファイルには人間ではなくて『商品』という言葉で書かれていますわ」
モオルダアは「商品」と言われてなぜか実家の風景を思い出した。それから酔っ払っていた父親の顔を思い出して、最後にやっと父が言っていた「商品」という言葉を思い出した。酔っ払いの記憶は面倒なものである。それよりも、モオルダアはスケアリーに一つ言っていないことがあると思っていた。
「ここにあるのは人間の死体じゃないんだよ」
モオルダアは死体の一つに顔を近づけて自分が言っていることが間違いでないことを確かめていた。
冷凍車に放置されてたためか、白骨化せずに死体はミイラのような状態になっていた。骨格の作りは人間によく似ていたが、身長や手足の長さのバランスや頭蓋骨の形は人間や他の霊長類には見られないものだった。
「これは、おそらく河童だよ」
「ちょいと、モオルダア。本気で言ってるんですの?」
モオルダアはさらに死体を観察しながら「本気だよ」と答えた。それから、死体の頭部におかしな所があることに気付いた。
「これはヘンだぞ。いったい彼らは何をされたんだ?この頭は…」
「なんなんですの?」
「この頭の皿は陶器の皿だよ。益子焼きだ」
「お皿ですって?」
スケアリーはその言葉にまた何かを思い出したようにファイルを調べはじめた。しかし突然電話が切れてしまった。
「ちょいと、モオルダア!?どういたしましたの?」
冷凍車の外にいたゴンタはヘリコプターの近づいてくる音に気付いて慌ててハッチを閉めたのだった。それによって携帯電話の電波が届かなくなりモオルダアの電話は切れた。ゴンタはハッチを閉めた後にどこかに隠れるべきだったが、それよりも早くヘリコプターはゴンタの頭上にまでやって来て、それは彼のすぐ近くに着陸した。
ゴンタが何も出来ずにその後景を見守っていると、ヘリコプターから迷彩服を着た数人の特殊部隊のような人たちが降りてきて冷凍車のハッチを再び開けた。そして特殊部隊みたいな人たちに特有のキビキビとした動きで中の安全を確認すると銃を構えて中へと入っていった。
特殊部隊のような人たちに続いてウィスキー男も急ぎ足でやって来て、彼はゴンタの腕を掴んで聞いた。
「キミはなんて名前だ?」
ゴンタは恐かったが、この人たちが悪い人のように思えたので何も言わずに黙ってウィスキー男を見つめていた。そのとき足下のハッチから特殊部隊のような人の一人が顔を出した。
「誰もいません!」
ウィスキー男はいつもの冷静さを失ってあからさまに苛立った様子である。
「モオルダアはどこにいるんだ?」
彼はゴンタにさらにきつい口調で聞いたがゴンタもモオルダアがいないとはどういうことだ?と思って何も言えなかった。
「なんでいないんだ?彼はここにいるんだ!」
「誰もいないんです。何も残さず消えたんです」
ゴンタの代わりに特殊部隊のような人が答えた。
「人が跡形もなく消えるなんてことがあり得るか!」
ウィスキー男は特殊部隊のような人に向かって怒鳴ったが、モオルダアがいないというのならしかたがない。そして予定どおりに証拠を隠滅しないといけない。
「焼却するんだ!」
ウィスキー男は吐き捨てるように命令してからゴンタをヘリコプターへと連れて行った。特殊部隊のような人たちは例によって迅速に行動して冷凍車の中に発火装置のようなものを投げ入れた。そして、彼らが全員ヘリコプターに乗り込んで離陸した時、轟音と伴に冷凍車の入り口から爆発するような勢いで炎が上がった。モオルダアは見つからないまま冷凍車の入り口からは炎が吹き上がり続けていた。
to be continued...