「穴匙」

3. モオルダアのボロアパート

 何かヘンだ。すごくヘンだ。モオルダアはそう思いながらユラユラする視界を何とか固定出来ないかと頭を左右に振ってみたり、両手でこめかみの辺りを押さえてみたりした。それでも何かがヘンですごくヘンな気分は変わらなかった。

 彼のボロアパートのドアをノックする音を聞いてモオルダアは立ち上がったが、ふらついて一度床に軽く手をつかなければちゃんと立ち上がれなかった。もたついているモオルダアを急かすようにドアをノックする音は次第に強くなっていった。

 このけたたましいノックの音にモオルダアはイライラしながらふらつく体を何とか動かしてドアを開けた。そこにいたのはローンガマンの三人だった。彼らはモオルダアの許可も得ずに無言で部屋に入ってくると、モオルダアの部屋の窓から外の様子をうかがっておかしなところがないか、誰かに尾行されていないかをチェックしているようだった。

「なんだキミ達は?今日は調子が悪いからヘンな話は聞けないよ。それにこれまでどおりに、用がある時にはこっちから行くから急に出てこられても困るんだけどね」

モオルダアはだるそうな目を三人に向けながら力無くソファに腰掛けてコップに注いであった水を飲んだ。

「時にはこっちの都合で登場したって良いじゃないですか」

そう言ったのは元部長だった。

「アンタの力じゃ手に入らないような重要な機密書類を手に入れるヤツが世の中にいるってことだぜ」

モオルダアのことを「アンタ」と呼ぶのはフロシキ君以外にはいない。ヌリカベ君は相変わらず滅多に喋らない。

「機密書類は機密なんだからそう簡単には手に入らないよ」

体調のすぐれないモオルダアは当たり前のことを言って誤魔化そうとしていた。

「ところが、IT社会におけるあるセキュリティーホールを利用すれば元防衛庁の機密書類がダウンロード出来たりするんですよ」

やる気のなかったモオルダアはこの元部長の発言に目を輝かせながら顔を上げた。

「誰がそんなことをしたんだ?」

解りやすく話に食い付いたのを見て元部長が嬉しそうなことに気付いたモオルダアはちょっと悔しかったが、そこは気にしてもしかたのないことだ。

「その男は神皮(シンカワ)というハンドルネームを使ってmix-EというSNSをやっていたんです。そこの日記でスゴイ!ヤバイ!という感じの内容を書いた後に事の重大さに気付いて退会したみたいなんです。退会する前にボクのところにメッセージを送ってきたんですが、それによると彼はあなたに会いたがっているみたいなんですよ。まだ生きていればの話ですが」

ただ頷いていたモオルダアだったが「SNSって何?」ということは聞かずにはいられなかった。元部長はその辺を説明するのは面倒だったので「メルトモ」と言って誤魔化した。

4. 夜の児童公園

 夜の児童公園でふらついているあやしい男はモオルダアである。彼は児童公園の入り口の方に誰かがやって来た気配を感じてさらにあやしくふらついた。そして後からやって来た男がモオルダアに近づいてくると、二人は並んでふらついた。ベンチに座って話すより歩き回っていた方が自然で目立たないと思っているようだが、狭い児童公園でそれをやるのはあやしすぎる。

「これはスゴイヤバイものですよ!」

シンカワは興奮しながらも声をひそめて話し始めた。

「UFOに関する情報が満載なんです。ロズウェルからAKBも何でも!」

「どうしてそんなファイルにアクセス出来たんだ?」

モオルダアもつられて声をひそめていた。

「アクセスしたワケじゃないですよ。ボクがウィルス作成ツールで作ったウィルスにちょっとした細工をして、それをウィヌーというファイル共有ソフトでばらまいたんです。本当だったら流出した機密書類は大量にばらまかれるところだったんですが、ボクは悪意があってウィルスを仕掛けたのではなくて、情報収集のためにやってたんでファイルはボクのパソコンだけに送られてくるようになっていましたけどね」

「つまり、どこかの誰かが機密書類の保存されたパソコンでそのウィヌーというファイル共有ソフトを使っていた、ということか?そのゆるい感覚の人がホントに機密書類なんか持っていると思うの?」

モオルダアはめずらしく疑り深くなっている。しかし、シンカワは真剣に話を続けた。

「今はそういう時代なんです。緊張感がないんです」

「それはそうと、ウィルスをばらまいたとしたら、どんな目的であれキミは罰せられると思うんだけど…」

「だからファイルをコピーしたらすぐに逃げて来たんですよ。こんなもので捕まったら恥ずかしいですからね。日記のコメントで指摘されて良かったですよ」

シンカワはポケットからメモリーカードを取り出してモオルダアの手に握らせた。

「ここに政府が隠してきたことの全て記録されています。これを公表してください。真実をみんなに知らせるのです!」

そう言ってシンカワはモオルダアから離れようとしたが、モオルダアには途中からなんの話だか良く解っていなかった。それから、さらに気になることがあった。

「あと、一つ聞きたいんだけど。メルトモって何?」

シンカワは一度立ち止まってモオルダアに疑問だらけの表情を向けたが、また振り返って児童公園を去っていった。というか、メルトモも知らないのか?モオルダアは。