「穴匙」

13. モオルダアのボロアパート

 車をスッ飛ばしてモオルダアの部屋までやって来たスケアリーはドアを蹴破るかのような勢いで開けてモオルダアの名を呼んだ。しかし部屋には誰もいなかった。

「いったいどこへ逃げたんですの?」

スケアリーはモオルダアの行きそうな場所を考えてみたが、それよりもいい考えがあった。どこに行ったとしても吐きまくってるモオルダアは嫌がられるに違いないですから、ここで待っていればいずれ戻ってきますわ!という事らしい。

 スケアリーは少し落ち着いてモオルダアの部屋の中を見渡していた。昨日の銃撃によって割れたガラスはそのまま床に散らばっていた。傾きかけた太陽の光がそのガラスの破片に反射して部屋の中を照らす様子はこの部屋を廃墟のように見せていた。そんな中でスケアリーはこの部屋に不自然な点があることに気付いた。

「モオルダアはいったいどこでお酒を飲んでいたのかしら?」

この部屋のどこを見ても泥酔するほど酒を飲んだ痕跡は見つからなかったのだ。酒はおろか、食べる物すらなさそうな荒涼とした後景だ。

 スケアリーは冷蔵庫を見付けると恐る恐る開けてみた。こういう部屋にある冷蔵庫の中はどんな状況になっているのか知れたものではない。場合によっては未知の生命体が生まれているのではないか?と思えるぐらいにおぞましい状況になっていることもある。しかし、スケアリーの予想に反して冷蔵庫には飲みかけのドクターペッパーが一本入っているだけだった。

「おかしいですわ…」

スケアリーは他にあやしいところがないか部屋の中をくまなく探して回ったが、モオルダアがここで大量の酒を飲んだような証拠は見つからなかった。するとその時スケアリーは窓の外にあやしいワンボックスカーが止まっているのを見付けた。割れたガラス窓からそっとそのワンボックスの方を覗くと、ボロアパートの出入り口から出てきた作業員が何か部品のような物をワンボックスに積み込んでそれが済むとワンボックスは走り去って行った。

 その光景がどこか不自然であったことが気になるスケアリーは部屋を出てアパートの出入り口まで来てみた。そこに来るとさっきの作業員はアパートから出てきたのではなくて、アパートの敷地の裏側から建物の脇を通って来たことが予測出来た。おそらく作業員の持っていた物から垂れたと思われる水滴の跡がアパートの裏側から点線になって道路の方へ続いていたのだ。スケアリーはその跡をたどってアパートの裏側まで来た。水滴の跡は水道管のメーターがある穴のフタのところでとぎれていた。穴を塞ぐフタはあきらかに最近開けられたようで、普段は周囲の土に埋もれかけているはずのそのフタはきれいにその形をあらわにしていた。

 スケアリーはしゃがんでそのフタを開けてみた。するとメーターとそこからアパートの方へと続く水道管の間に彼女がこれまでに見たことのない真新しい何かの装置が取り付けられていた。

「おかしいですわ…」

スケアリーはさらなる謎に直面したのだが、モオルダアへの怒りだけは忘れないようにと心がけていた。


 その頃モオルダアは行くあてもなくフラフラしながら街を歩き回っていた。しかし、汚い服装と、彼から発せられるニオイのせいですれ違う人はみんな変な目でモオルダアを見ていた。さらにある女子高生の集団は、すれ違った後に彼女たちがモオルダアから遠ざかって安全な距離まで離れたところで大爆笑していた。どうやら外にいるのは良くないようだ。そこでモオルダアは仕方なく自分の家に帰ることにした。

 フラフラと歩きながらモオルダアが自分のボロアパートについた時にはもうすでに日が暮れていた。モオルダアが外から自分の部屋の方を見ると割れたガラス窓が目に入ってきた。「そういえばスケアリーが狙撃がどうのこうのと言っていたような気がするなあ」ということを思ってなんとなくモオルダアは腹が立ってきた。それはガラスを割った何者かへの怒りなのか、それともモオルダアを酩酊状態にしている得体の知れない何かへの怒りなのかは知らなかったがモオルダアは異様に腹が立ってしかたがなかった。

 実体のない何かへの怒りを抑えるようにモオルダアは鼻から大きく息を吐き出してアパートの出入り口へと向かった。するとその時、アパートの裏側へと入っていく人影がモオルダアの視界の隅に映った。この時間にアパートの裏側へ行くものなどいないはずだということをモオルダアは良く解っていた。となると、そんな怪しい人物は放っておくわけには行かない。モオルダアは急いで反対側からアパートの裏側へと回り込んだ。

 アパートの塀に沿って進んだモオルダアは建物の側面の壁から裏側を覗き込んでみた。するとそこにはアパートの内部への侵入口を探しているクライチ君の姿があった。彼の手には銃が握られている。モオルダアはクライチ君に気付かれないように慌てて覗き込んでいた頭を引っ込めた。

 建物の壁に背中を付けて聞き耳をたてていたモオルダアにはクライチ君が次第に彼の方へと近づいてくるのが解った。そして足音が彼のすぐ近くまで来た時にモオルダアは飛び出してクライチ君につかみかかった。

「おい、クライチ!これはどういう事なんだ!」

モオルダアにつかみかかられたクライチ君は不意をつかれたこともあって、上手く体を制御出来ていないモオルダアに押されるままに塀に体をぶつけた。そして、その衝撃で持っていた銃を落としていた。

 酔っ払い状態のモオルダアはこの状況に一気に興奮を高めていた。それと同時に、ここ数日の気持ち悪い日々が全部クライチ君のせいだと決めつけていた。モオルダアは勢いにまかせてクライチ君の顔面にパンチを二三発くらわせていた。

 その時、モオルダアの部屋にいたスケアリーは外でモオルダアの声がするのを聞いて急いで彼の部屋を出た。

 外ではモオルダアのパンチを食らった後のクライチ君がなんとか反撃しようとモオルダアともみ合っていた。始めは勢いのあったモオルダアだったが、酔っ払い状態ではなかなか勢いは持続しない。クライチ君の反撃のパンチをよけようとしたモオルダアはバランスを崩して尻餅をついた。ここで形勢逆転かと思いきや、モオルダアの手の下には幸か不幸かクライチ君が落とした銃があった。モオルダアはそれを拾い上げるとクライチ君の顔の前に突きつけた。

「残念だったなクライチ!こんなモデルガンなんか持ってくるからいけないんだよ」

クライチ君は顔面蒼白になって両手を上げると抵抗する気のないところをモオルダアに見せていた。

「それは…モデルガンじゃないよ。本物の…」

「何言ってるんだよ!人の家の窓ガラスを割るのに本物の銃なんか必要ないだろ!」

モオルダアは自分同様にクライチ君がモデルガンを持ち歩いていると思っているのだが、彼が今握っているのは本物の銃である。そこへスケアリーがやってきて、この危機的状況を目にした。彼女は驚いて、なんとかしなければいけないと思い自分の銃を取り出してモオルダアに向けた。

「ちょいとモオルダア!何をやっているんですの。人の部屋で吐いた後に人殺しまでするって言うんですの?そんなことをしたらクビどころじゃないことはあなたも解っているでしょ?」

モオルダアは一瞬スケアリーの方を見てからまたクライチ君を睨みつけた。そしてその状態のままスケアリーに言った。

「スケアリー。こいつが全部悪いんだ。こいつがボクの家の窓ガラスを割って、そしてキミのおでこにヘンなアザを作ったんだよ。だからお返しにこいつの額にもBB弾をくらわしてやるんだよ!キミと同じヘンなアザをつけてやる!」

銃を持っているモオルダアだけがそれが本物だと気付いていない。スケアリーにはその質感からそれが本物であると解っていた。

「モオルダア!それが本物の銃だって解っているの?」

スケアリーはモオルダアに向けた銃の引き金をいつでも引けるように身構えた。クライチ君は怪しい人物ではあるが、ここで間違ってモオルダアがクライチ君を殺すような事があっては、まさしくクビどころではなくなってしまう。

「うるさい!もう気持ち悪いのとか、酔っ払い扱いとか嫌なんだよ!」

モオルダアが半分叫ぶようにそう言った後に夜の住宅街に銃声がこだました。その直後に倒れたのはモオルダアだった。

 クライチ君はモオルダアが倒れたのを見て「ヒヤ〜」という悲鳴をあげながら逃げていった。スケアリーはその後は追わずに倒れているモオルダアのところへ走り寄った。スケアリーの放った弾丸はモオルダアの肩を撃ち抜いていた。モオルダアは何が起きたのか解らないまま倒れていたが、彼の顔を覗き込むスケアリーを見て絞り出すような声で言った。

「うっ、撃ったね…。オヤジにも撃たれたことないのにぃ!」

その後、モオルダアは気を失った。