「穴匙」

6. 翌日、モオルダアの実家

 モオルダアの父は呼び鈴の音を聞いて胸騒ぎがした。彼の乙女的第六感が何かを彼に伝えていたのだった。モオルダアの少女的第六感とは少し違うが父の乙女的第六感も時々彼を救ってきた。以前の彼は国の機関で働いていたのだ。おそらくはモオルダアのようになぜか上手くいってしまっていろんな仕事をこなしてきたのかも知れない。そして乙女的第六感によっていくつかの危機も乗り越えたに違いない。

 それから長い年月が経った。もう乙女的第六感などが必要のない生活が長く続いていたが、この玄関で呼び鈴を押した人物が何か悪い知らせを告げにきたことがモオルダアの父には解っていた。彼が玄関の扉を開けるとそこにはウィスキーをラッパ飲みする男が静かに微笑んでいた。

「やあ、久しぶりだな」

ウィスキーを飲む男が言うのを聞いて、モオルダアの父は悪い予感が的中したと確信した。

「なんの用だ?」

「キミに知らせることがあるんだよモオルダア」

どうでもいいことだが、モオルダアは苗字なので父親もモオルダアである。そして、ウィスキーを飲む男とモオルダアの父には何らかのつながりがあるようだ。

 ウィスキーを飲む男は例の極秘ファイルが流出したことをモオルダアの父に伝えた。モオルダアの父は自分が引退するまでにしてきた全ての仕事が水の泡となるようなその話に怒りを感じ、そして一方では恐れていた。

「あのファイルは絶対に秘密という意味において極秘だったはずだ」

モオルダアの父は良く解らない言い方で問いただした。

「そのはずだったんだがね。我々だって職員が機密書類をノートパソコンで家に持ち帰って、さらにそのパソコンで趣味のファイル共有ソフトを使う時代が来るとは思ってもいなかったんだよ」

ウィスキーを飲む男が言うことは言い訳じみていた。しかし、静かに冷静に話す彼の姿は、いつものように妙な威圧感を相手に与えるものだった。

「そのファイルを息子が持っているというのは本当なのか?」

モオルダアの父が確かめると、ウィスキーを飲む男は頷いてそれがファイルを盗んだ犯人の供述だと言うことを伝えた。きっとシンカワは捕まって酷い目に合ったのかも知れないが、それを気にするのはやめておこう。

「あのファイルには私の名前も書かれてあるんだぞ」

それがモオルダアの父が恐れている事であるようだ。ウィスキーを飲む男は静かにウィスキーを一口ラッパ飲みしてから答えた。

「心配することはない。あの暗号は誰にも解読出来ない。それに解読する前にこちらで手を打つ」

「それは、まさか息子に手出しするということではないだろうな?」

モオルダアの父は彼らのやり方は良く知っている。彼らなら秘密を守るためにモオルダアを暗殺するぐらいのことは平気でするかも知れないのだ。ウィスキーを飲む男はまた一口飲んでから静かに答えた。

「安心したまえ。モオルダアに手を出そうとすれば、いろんなミラクルが起こってこちらが危険になるかも知れない、ということはキミにも良く解っていることだろう?」

モオルダアの父は「それもそうだ」と一安心したが、それでも漠然とした不安が彼の心を曇らせていた。そして、一度足を洗ったはずなのに、また面倒なことになってきた、と頭を抱えていた。

7. モオルダアのボロアパート

 勢いよく扉を開ける音と、それと伴に聞こえてきたスケアリーの怒りに満ちた声に、ソファーで寝ていたモオルダアは慌てて体を起こした。

「ちょいとモオルダア!どういう事ですの?」

驚いて起きあがったモオルダアがまた気持ち悪そうに口を押さえていたので、スケアリーは少しまずいと思ったが、モオルダアは何とか持ちこたえるとコップに注いである水を飲んでスケアリーの方へと向き直った。

「どういうこと、と言われても良く解らないよ。永遠に飲みすぎで気持ち悪い飲み過ぎ地獄みたいだよ」

飲み過ぎ地獄って何なんですの?とスケアリーは思ったが、どう見てもつらそうなモオルダアに彼女は少し心配になってきた。

「あたくしは昨日のあなたの行動について上層部の人たちにさんざん問いつめられたんですのよ!」

上層部の人たちって誰だろう?とモオルダアは思っていたが、シーズン2からはエフ・ビー・エルにたくさんの職員がいることになっているので、その中の偉い人だろうと考えた。

「それで、どうしたんだ?」

「どうしたも何もありませんわよ!あなたが勤務中に泥酔しているという事で、もしかするとあなたはクビですのよ!しかもあたくしの監督不行届ということになったらあたくしまで同罪ということですのよ」

モオルダアはスケアリーの言う「監督不行届」というのがどうしても気になってしまった。スケアリーはモオルダアを監視する人だったのか?

「キミって、もしかしてボクを監視するためにボクのパートナーとして仕事をしてるのか?」

「そんなことはどうでもいいんですのよ!その辺は作者がちゃんと設定しておかないから、いざこうやって本物のパロディをやろうとした時にややこしい事になるんですのよ!」

モオルダアはスケアリーが何を言っているのか解らなかったが、私はスイマセンと思っていた。スケアリーは先を続けた。

「それよりも、あのファイルですけど、あなたが入手したことを誰か知っているんですの?」

「そんなことはないと思うけどね。ファイルの受け渡しは完璧に自然な感じで行われたからね。あの男は自然に機密文書をやりとりする才能があるね。ただし、最後のボクの質問には答えてくれなかったけど」

モオルダアはまだ「メルトモ」がどういう意味なのか気になっているようだが、そんな事はどうでもいい。(というか、なぜか「ファイル共有ソフト」のことは知ってたりするのはなぜだろう?)

「上層部の人たちはあたくしにあのファイルのことも色々と聞いてきたんですのよ。あたくしはもしかするとアレは本当に重要なファイルなんじゃないか?と思って機転を効かせて上手いこと誤魔化しておいたんですけれど。あのファイルは本当に重要なものなんですの?あんな物のためにあたくしがクビになったら、あなたはどうしてくれるんですの?」

モオルダアは自分が気持ち悪くて苦しんでいるのに自分のことばかり心配しているスケアリーに少し腹が立ってきた。

「そんなことは知らないけどね。もしもアレが暗号だというなら解読出来る人間を捜したら良いんだよ!」

モオルダアは少し興奮して声を荒げたが、そのとたんにまた気持ちが悪くなって口に手を当てて黙ってしまった。スケアリーはモオルダアの吐き出す汚いものが自分にかからないか心配で一歩下がってからモオルダアを見つめていたが、モオルダアは持ちこたえたようだった。

「あれの解読なら、出来そうな人に会うことになっていますわよ。それよりも、本当に良いんですの?アレは本当に重要なものなんですの?ヘタをしたらあたくし達はクビになるんですのよ」

モオルダアは少しの間黙って考えたあとに口を開いた。

「ボクらが重要なことに近づくと、いつもの謎の男がやって来てちょっとしたヒントを与えてくれるはずなんだけどね。あのファイルが重要なものかどうか解るのにはもうちょっと待ってみる必要がありそうなんだよね」

モオルダアは真剣に言ったつもりだったがスケアリーには何のことだか解らなかった。スケアリーは「どうでもいいですわ!」と言ってモオルダアの部屋を出ていった。