「穴匙」

14. 土井仲村

 モオルダアが目覚めるといつもとは違う天井が彼の目に入ってきた。これって前にもあったような気がするけど、と思っていたが今回は少し違っていた。モオルダアの知らない老人の顔が彼の前に現れたのだ。

「起きたぎゃ」

老人が言うと、スケアリーがその横にやって来た。

「モオルダア?あたくしですのよ。おわかり?」

そういいながらスケアリーはコップに注いだ水をモオルダアに渡した。

「きっとひどい二日酔い状態のはずですわ」

モオルダアはまだ夢の中にいるようなハッキリしない意識の中でコップを受け取ると、これまでに起きたことを思い出そうとしていた。

「犯人はボクなのか?」

モオルダアがワケの解らないことを言うのでスケアリーは何も言い返せなかった。それを見てモオルダアが先を続けた。

「ボクが犯人だからキミはボクを撃ったんだ。だから犯人はボクなんだ」

さらに意味が解らなくなってきたが、今回の話に関しては「犯人」という感じのものは存在しない。

「モオルダア。あなたはもう少しでクライチ君を撃ち殺すところだったんですのよ。ですからあたくしが射撃の腕前を披露してあなたを救ったんですの。あたくしのおかげであなたは殺人犯にならずに済んだのですから、あなたはあたくしに感謝するべきですわ」

何が起きたのか必死になって思い出そうとしているモオルダアだが断片的な記憶ばかりしか思い出せない。おそらくクライチ君と揉み合っていたことすら覚えていないだろう。モオルダアは自分の記憶の欠如に不安な気持ちになっていた。スケアリーはそんなモオルダアを見て少し気の毒な気がしていた。

「モオルダア。あなたのお父様の事ですけど。残念ながら今回で降板ということですわよ」

モオルダアはさらにワケが解らなくなってきた。

「降板ってどういう事?」

「本来ならば暗殺される予定だったのが、いきなり登場してきて、しかも名前も決まっていないあなたのお父様が暗殺されるのは悲しすぎるという作者の配慮で、降板ということですのよ。きっとどこかで隠居生活を送るはずですわ」

良く解らないのでモオルダアは理解しようとすらしていなかった。それよりも、モオルダアは自分がなぜ撃たれてここに寝ているのかを知りたかった。

「キミはたしかボクの家にいたよね?」

それを聞いてスケアリーはこれまでの騒動で忘れていた自分の家の寝室のおぞましい状況を思い出してしまった。スケアリーはモオルダアに怒りをぶちまけるために彼のアパート向かったのだった。あの寝室はスケアリーがそこを飛び出してからずっとそのままの状態なのだ。彼女が家に帰ればまたシミの付いた布団と汚い物が入った洗面器を見ることになる。スケアリーはこみ上げてくる怒りにまかせて、力無く横たわるモオルダアをグーで殴った。「アェ!?」というヘンな悲鳴をあげたモオルダアは驚いてスケアリーを見つめていた。

「なんで殴るんだ?」

涙目で聞くモオルダアだったが、スケアリーはもう気が済んだようでそれには答えずに話を変えた。

「あたくしの鋭い洞察力によって、あなたの酒臭い原因が解りましたのよ。あなたのアパートの給水栓につながる水道管にこんなものが装着されていたんですのよ」

スケアリーはモオルダアのアパートの裏で見付けた妙な装置を手にとってモオルダアに見せた。

「なんだそれ?」

「これであなたの家につながる水道管の水に何かの化学物質を混ぜていたんですのよ。おそらく無味無臭のアルコールのようなものですわね。つまりあなたの部屋の蛇口をひねるとお酒が出てきていたんですのよ。あなたの最近の状態から考えると、とっても質の悪いお酒ということですわね。でも、これであなたが自らの意志でお酒を飲んでいたのではないことが証明出来るかも知れませんわ」

モオルダアはなんだかヒドイ話だと思っていたが、そろそろ部屋の隅からチラチラこちらを見ている老人が気になりだしていた。モオルダアは少し小さい声でスケアリーに聞いた。

「あの人、誰?」

その声は聞き耳をたてていた老人にも聞こえたらしく、老人は静かにモオルダアの寝ているところまでやって来た。

「この方はナバホ・ゴンノショウ翁ですのよ。ゴンノショウ翁はあのファイルを解読してくれたんですの。アレはやっぱり暗号で、ゴンノショウ翁は戦時中に暗号の作成に携わっていたんですのよ」

モオルダアは「ファイルってなんだっけ?」と思っていた。なにしろファイルを手に入れた時から泥酔状態だったのだから、言われてもすぐには思い出せない。しかし、しばらく考えると、極秘ファイルを入手したことや、それが読めなくて腹を立てていたことを思い出してきた。それと同時に今回は柄にもなく怒鳴っていたりしていたことも思い出してきて少し恥ずかしくなってきた。

 ゴンノショウはそろそろ良いかな?という感じで話し始めた。

「よか猟師ばこれ、獲物をあやめず動きば止めんだ。こんあねさ、えれえ猟師だっちゃ。生きたままがうみゃーでよがれば、猟師はわんざでいかすでごわすじゃ」

これを聞いてモオルダアはやっぱりまだ自分が正常でないのではないかと心配になった。スケアリーは不自然な笑みを浮かべて「そうですわね」と答えていた。

「キミはゴンノショウさんがなんて言ったのか解ったの?」

モオルダアが不思議そうに聞いた。

「全部は解りませんけど、雰囲気で解りますでしょ」

「イヤ、解らないよ!」

モオルダアがだいぶ混乱しているようなのでゴンノショウが間にはいった。

「まあ、すこしはわがりやすぐ話せんこともねえだがや」

今のはモオルダアにもだいたい解った。

「ゴンノショウ翁の家系は代々訛りのひどい方達ばかりが嫁いできたりして、誰にもワガらないナバホ家独自の方言が出来たってことですわよ」

モオルダアはそれを聞いて思い出すことがあった。確か、以前にも似たような人が登場した気がする。それよりもモオルダアは別のことが気になっていた。

「ねえキミ今、ワガらない、って言わなかった?」

「言いませんわよ!」

そういってスケアリーはモオルダアを睨んだ。睨まれたら最後、これ以上は聞くことができない。

「そんなことよりも、ゴンノショウ翁はずっと前からあなたが来ることを知っていたそうよ」

「先週だったがの、のすとらだむずれたっちゃ!」

モオルダアは何を言っているのか解らないゴンノショウを不思議そうに眺めていた。

「今のは、お告げがあった、という意味だと思いますわ」

スケアリーが言うと、モオルダアはどうして彼女がゴンノショウの言葉を理解出来るのかさらに不思議になった。モオルダアを見ているとなかなか調子が乗ってこないようなので、スケアリーはそろそろ重要なことを話すことにした。きっとそれでまたやる気が出て頭がハッキリしてくるに違いないのだ。

「例のファイルですけれど、40年代に国際的規模の隠ぺい工作があったということが書かれているそうですのよ。なんでも、その証拠がゴンノショウ翁の家のすぐ近くの山の中にあるということですわ。ゴンノショウ翁はあなたをそこに案内してくれると言っていましたから行ってみたらどうなんですの?それじゃあ、あたくしは部屋のクリーニングがしたいから帰りますわね」

モオルダアは話を聞きながら少しずつ盛り上がっていたが、スケアリーがいきなり帰ると言いだしたので拍子抜けしていた。モオルダアは撃たれた肩をかばいながらゆっくりと起きあがったが、その時にはもうすでにスケアリーは部屋を出ていた。

 それにしても、スケアリーはゴンノショウの話をどこまで理解していたのだろうか?ゴンノショウの話し方ではスケアリーが話していた隠ぺい工作の話もホントかどうか怪しくなってくる。モオルダアは中途半端な胸の高鳴りを抱えたまま辺りを見回していた。

「というか、ここはどこなんだ?」

ここに来てそこが気になりだしたモオルダアはやっと酔いから醒めたような気分だった。