クリスマスも近づいた冬のある日のことでした。Little Mustaphaは特にやる事も無く緊張感のない午後を過ごしていたのですが、突如として言い知れぬ不安の中に引き込まれたような気分になりました。
電話が鳴っているのです。この部屋の電話が鳴るのは滅多にない事ですが、それが鳴るとしたら大体が良くない知らせに違いないのです。
この部屋の電話でなくても、世の中にある全ての電話の内容のうちで、良い知らせと悪い知らせのどっちが多いのか?というと、悪い知らせに決まっているとLittle Mustaphaは思っています。だから予定もないし、他に誰もいない時にこの部屋の電話が鳴ると言うことは彼を不安にさせるのです。
しかし、何もしないで電話が鳴る音を聞いているのも良くありません。その音が次第に大きくなるような気がして、不安が更に膨らんでいきます。「時には良い知らせって事もあるしな」とLittle Mustaphaは思うことにしました。そうしないといつまでもこの音を聞かなければいけない気もしますし、まずは音を止めたいのです。そのためには無理にでも楽観的にならないといけないのです。
そして、とうとう受話器をとって電話に出ました。
「ちょっと、なんですぐに出ないのよ」
「あれ、その声は…」
電話の向こうからは地獄の占い師カズコの声がしました。これはどちらかというと悪い知らせのような気もしますが、Little Mustaphaの思っていたような悪い知らせとは違ったので、少し気が抜けた気分です。
「あんた、どうせ何もしてないんだから、電話が鳴ったらすぐに出なさいよ」
「ボクだって忙しい時はあるんですから」
ウソですが。
「そんなことはどうでも良いのよ。だからなんで私が電話したのか?って話でしょ」
「そうなんですか?」
「そうなのよ。まったく、そんなことじゃ地獄に落とすよ」
「それは困りますけど…。それで、いったい何の話なんですか?」
「そうよ。アンタが余計な事言うからさあ。でも、私もそろそろ静かに暮らそうと思ってさ」
「はあ」
「それでさ。私のやってた地獄の軍団ってあったじゃない。あれを結構な値段で買い取ってくれるって人がいてさ。小さな国が一つぐらい買えちゃう値段なんだけどね。まあ、それだけあればこの先も不自由しないってことでね」
「静かに暮らすには多過ぎな気もするんですけど…」
「アンタにとやかく言われたくないわよ」
「まあ、そうですけど」
「それでさあ。アンタのとこにもずいぶんお世話になったじゃない。だから一応報告しておこうか、ってことでね」
「じゃあ、うちのトイレに関してはもう心配しないで良いってこと?」
「そういう事になるかしらね。アンタのところの異次元の扉を兼ねたトイレの扉ってのも手に入れておきたいところだったんだけどさ。まあ、それがなくても高く売れたからさ。ウォーイズオーバー・シネシネってやつよ」
「なんか後ろの方は余計ですけど」
「あら、そうなの?でも、そういうことだから。アンタもいつまでもフラフラしてないで、真面目にやんないと、地獄行きだよ。それじゃあ、そういうことで」
「ああ、はい…。どうも」
Little Mustaphaは半分理解出来ないまま受話器を置いたのですが、しばらく考えると今の電話は悪い知らせではなくて、良い知らせなのではないか?と思えてきました。
これまでクリスマスは色々なことに邪魔されてきました。そして、そのなかでも大きな問題の一つだったカズコが地獄の軍団を手放して事実上の隠居生活を宣言したのです。
今年こそは上手くいく。今年こそはプレゼントが貰える。Little Mustaphaはそう思うと心が軽くなって飛び跳ねたくなるような気持ちになっていました。
それからしばらく経って、12月24日がやってきました。ブラックホール・スタジオ(Little Mustaphaの部屋)にはいつものようにクリスマスパーティーのために主要メンバー達がやって来ていました。
Little Mustapha-----ということでね。今年はほぼ間違いないんだよね。
Dr. ムスタファ-----本当か?!ついに我々の望みのプレゼントが貰えるってことか?
ニヒル・ムスタファ-----落ち着けよ。あんまり期待すると失敗するぜ。
ミドル・ムスタファ-----そうですよね。カズコが地獄の軍団を手放したっていっても、これまでも地獄の軍団は直接プレゼントとは関係なかったですからね。
Little Mustapha-----そうだっけ?でも、面倒な事がなくなったって事は喜ぶべき事だと思うけどね。幸いなことにカズコはこの家にあるトイレの扉も諦めてくれたようだし。今日この世の中で何が起ころうともボクらはサンタからクリスマスのプレゼントを貰うことだけに集中出来るって事だよ。
ニヒル・ムスタファ-----問題はサンタ達がちゃんと例年どおりに営業してるかどうかだよな。
ミドル・ムスタファ-----そうですよ。去年はほとんどのサンタが地獄の軍団に寝返ったりしてたんですよ。彼らはどうなったんですか?
Little Mustapha-----それはボクに聞かれても知らないけどね。でも、去年もそうだったように、何らかの手段でサンタはプレゼントを配るに違いないよ。
Dr. ムスタファ-----去年は退役サンタが出てきてなんとかしてたからな。あの若いサンタ君が一人前になるまでは彼らが代理でやってたら良いんじゃないか。
ニヒル・ムスタファ-----そう簡単にはいかないと思うけどな。だがオレ達としてはプレゼントが貰えればそれで良いんだぜ。
Little Mustapha-----今年もリクエストはちゃんと専用の用紙で書いたからね。大丈夫に決まってるさ!
ミドル・ムスタファ-----その取って付けたような前向きさが心配ですよ。
Little Mustapha-----でも、ダメだと思ってたらダメにしかならないし。
Dr. ムスタファ-----そうだな。腐っても食べる、ってことわざだな。
ニヒル・ムスタファ-----なんだ、そんなお腹壊しそうなことわざは?
Little Mustapha-----でもそれに関して言うと、鯛だって腐ったら食べる気にはならないけどね。
ミドル・ムスタファ-----出来れば腐ったものは食べたくないですが。今日は食べるものはあるんですかね?
Little Mustapha-----上手いことパーティに話を持っていったね。今日はちゃんと揚げ物もあるんだよね。というか、クリスマスに鶏の唐揚げ食べるとか、いつ誰が決めたんだ?って感じでもあるんだけど。まあ、酒を飲むなら唐揚げ食べたいし。今日は鶏の唐揚げクリスマス!
ミドル・ムスタファ-----鶏だけですか?
Little Mustapha-----その代わり、いつものように酒は大量だぜ。
ニヒル・ムスタファ-----だぜ、って。威張るような事でもないだろ。
Dr. ムスタファ-----まあ、とにかく始めないか。こうして議論していても意味がない。
ミドル・ムスタファ-----議論って程のことはしてませんが。
Little Mustapha-----それじゃあ、始めようか。じゃあ、行くよ!せーの…。
マイクロ・ムスタファ-----あの、ちょっと待ってください!
Dr. ムスタファ-----なんだ、今日はもう何かに気付いたのか?
ニヒル・ムスタファ-----やめてくれよ。今日はサンタが来る以外には何も起こって欲しくないんだが。
マイクロ・ムスタファ-----いや、でも。誰かいますよ。
Little Mustapha-----誰が?
マイクロ・ムスタファ-----それは解りませんが。
マイクロ・ムスタファがそういうと口に人差し指を当てて静かにするようにと、合図しました。一同黙って辺りの様子をうかがいます。すると部屋の外でギーっと床の軋む音がして、一同がなんとなくゾクゾクっとした感じになりました。
彼らはまだ黙ったまま様子をうかがっていました。すると今度は隣の部屋の扉が開いたような音がしました。そして小さな声で「ちっ、ろくなもんがねえ」と言う男の声も聞こえました。
一同、ゴクリと唾を飲み込んでお互いを見合わせていました。するとその時、部屋の扉がユックリと開きました。