8. さびれたデパートの前
[ニコラス刑事入場]
ニコラス刑事 : あの責任者は私が来ただけであんなに驚くとは。しかし、それもしかたのないことだろう。どこの誰だか解らないような人のイベントのために警察がやって来るとは、誰も思っていないだろうからな。どうやらエニホエア王国という国については何も解らないようだが、本当にそんな国があるのだろうか?もしも、ちゃんとした国だというのなら、それはそれで心配なのだが。しかし、待てよ。もしもそんな国から来たお姫様のイベントを何事もなく終わらせることが出来たら、きっと私の評価も上がるに違いない。どんな小さな国か知らないが、このイベントがきっかけで二国間に友好関係が築かれたりしたら…。出世の道も、正義の道も意外と平坦だ!
[スケアリー入場]
スケアリー : ニコラス刑事さまー!
ニコラス刑事 : (うわっ、まずい!)
スケアリー : 良かったわ。間に合いましたわ!
ニコラス刑事 : どうしたんですか?そんなに急いで。
スケアリー : 大変なことになったんですのよ!イベントは即刻中止なさって。このデパートはテロリストに狙われているんですのよ!
ニコラス刑事 : まさかそんな?!この古びたデパートに爆弾を仕掛けたりするんですか?
スケアリー : 手段は解りませんが、とにかく危険なんですのよ!もしかすると、もう誰かがデパートの中に忍び込んで何かを始めているかも知れませんわ!ここは二人でこの薄暗いデパートの中をドキドキしながら調べるんですのよ!
ニコラス刑事 : いやいや。ちょっと待ってくださいよ。ボクはさっきまでこの中にいましたけど怪しいことは何もありませんでしたよ。それに、ちょっと冷静になってください。聞いたところによると、このデパートでやるイベントには休日でさえも20人ぐらいしか人が来ないってことですよ。明日は水曜日。それに今回のことは突然すぎてほとんど告知も出来てないってことですから誰も来ないですよ。そんなところでテロ行為をしたって何の意味があるんですか?
スケアリー : それは予言が…。あらいやだ!あたくしったらまたモオルダアに上手いこと騙されるところでしたわ!偶然が重なったおかげであやうく怪しい予言を信じてしまうところでしたけど、あなたのおかげで目が覚めましたわ!それじゃあ、あたくしはあなたと一緒に警備の方を担当いたしますわね。
ニコラス刑事 : それは、もう大丈夫ですよ。スケアリーさんはその予言とかテロとかについてもう少し調べた方が良いと思いますよ。警備のほうはもう準備できましたし。
スケアリー : あら、そうなんですの。それじゃあ、あなたはもうこれからやることが無いんじゃございません?よろしかったら…
ニコラス刑事 : あっ!私はもう行かないと。他にも担当している事件が沢山あって…。今日は徹夜だなあ。きっと明日もだ。いや、この先ずっとかなあ。もう大変ですよ。アハハハ!それじゃあスケアリーさん!
[ニコラス刑事退場]
スケアリー : あら、行ってしまいましたわ…。きっとあたくしの愛の力で刑事という仕事への情熱が甦ったに違いありませんわ!ええ、そうよ!きっとあの方は一人前の刑事としてさらにステキになってあたくしのところへ戻って来るに違いませんわ!
スケアリー[歌] : じらされたって、かまわないわ
あたくし達はもっとステキになれる
回り道して、見つけることもあるわ
あたくし達の出会いのように
思い、めぐりめぐって燃え上がる
愛の炎、夜の荒野を照らす
情熱の、愛なのよ
恋する乙女じゃないの!
[アティラーノン入場]
アティラーノン : そこで愛の歌を歌っているのはだれ?ここで愛の歌を歌えるのはあたしだけ。誰であろうと、そこで愛の歌を歌ってはいけません!
スケアリー : なんですの、あなたは?
アティラーノン : 伝説の歌姫、アティラーノンとはあたしのことよ!
スケアリー : あら、するとあなたが明日ここでイベントをやるというお姫様ね。
アティラーノン : そうよ!ですから、あなたがさっきここで歌っていた愛の歌は取り消しなさい!ここで愛の歌を歌うのは伝説の歌姫だけと決まっているのだ。
スケアリー : そうしたいところですが、あたくしの情熱の炎はあなたのような小娘には解らないものよ。あたくしの愛の炎が消えないがごとく、取り消すことは出来ませんわ。
アティラーノン : 小娘とは無礼な!あたしは立派な女。お年頃のお姫様よ。未来の王様と出会うためにここへやって来たのです。第一の国から来る王子様はあなたのような年老いた女には見向きもしないわ!
スケアリー : あたくしは今いろいろなことを我慢して冷静になろうとしているのよ。ですから、あたくしの質問にちゃんと答えるんですのよ。さもないと、あたくしは…。まあ、いいですわ。じゃあ質問するから答えるんですのよ。
アティラーノン : その前に愛の歌を取り消すのなら答えてあげるわ。
スケアリー : その前に「年老いた女」を取り消しなさい!
アティラーノン : (まあ、なんて恐ろしい。もしかするとあの人は天界からの怒りの使者かも知れないわ!)解りました「年老いた女」は取り消します。
スケアリー : あら、意外と素直じゃないの。それじゃあ愛の歌も取り消しますわ。それで、あなたの言っていた「第一の国」というのは何ですの?
アティラーノン : それはあたしの島に伝わる伝説の話。「第一の国から来た王子さまと結婚したお姫様は末永く幸せに暮らしましたとさ」という話よ。
スケアリー : それは、どう考えても一番最後の一文だと思うのですけれど。もう少し詳しく話すことは出来ないんですの?あたくしは「第一の国」という言葉を聞いて、何か不吉なことが起きないかと心配になっているんですのよ。どうしてあなたが日本にやって来たのかとか、そういうところも説明してくださるかしら?
アティラーノン : (もう、面倒な人だわ。)
恵みの島のお姫様。第一の国で歌う時。
尻尾の迷路を抜け出でて、夢みた人と巡り会う。
迷路の羊が鳴くのなら。
降り注ぐのは天界の、怒りの使者の一撃か。
宝物の家に逃げ込めば、二人は愛に燃え上がり。
消えることなく照らす篝火。
スケアリー : なんですのそれは?
アティラーノン : 島の伝説よ。
スケアリー : あたくし、それとよく似た予言を知っているんですけれど、もしかして、それもあなたの国の…
[ばあや入場]
ばあや : ああ、姫様!こんなところにおいででしたか。さあ、早くここを離れないと。王様と女王様がこちらに向かっているとのことです。
アティラーノン : まあ、それは大変な事ですわ!話の途中ですがあたしは行かなくてはいけません。
[アティラーノン、ばあや退場]
スケアリー : ちょいと!どういうことなんですの?それにしてもあの小娘は気に入りませんわ!若く美しいこのあたくしに向かって「年老いた女」ですって?笑わせるのもいい加減にしてもらいたいものですわ!
[モオルダア入場]
モオルダア : ああ、スケアリー。やっぱりここにいたのか。
スケアリー : ちょいと、モオルダア!どういうことなんですの?
モオルダア : どういうことって言っても…。何で怒ってるの?
スケアリー[歌:メタル?] : モオルダア!モオルダア!
殴るわよ!殴るわ!
モオルダア!モオルダア!
この鉄拳を受けるのよ!
[ホントに殴る]
モオルダア : ウゥゥ…。何で殴るんだ?
スケアリー : あらいやだ。モオルダア、あなたいたんですの?
モオルダア : いたんですの?って、さっきボクを見てモオルダアと言ってなかったか?
スケアリー : あら、そうでしたかしら?オホホホッ。それで、モオルダア。何の用ですの?
モオルダア : なんだか衝撃でほとんど忘れかけてるけど、予言についてすごいことが明らかになったんだよ。
スケアリー : それってもしかして、予言があの島の伝説と関係してるとか、そういうことじゃないでしょうね?
モオルダア : 何でキミがそんなところに気付くんだ?
スケアリー : それはどうでもいいですわ。そのことを追求するなら、また痛い目にあいますわよ。
モオルダア : それなら、何も聞かないけどね。ボクにはどうにも気になることがあって、例の予言の書を解読した人物に詳しく話を聞いてみたんだよ。そうしたら、あの予言の書はエニホエア王国の古い伝説を元に書かれている可能性があるってことなんだよ。
スケアリー : 伝説だったら予言にはなりませんわよ。
モオルダア : まあ、普通はそうだけどね。ただエニホエア王国には昔から優れた予言者が沢山いるらしいんだ。国内のことも国外のことも、これまでに起きた多くの出来事がその伝説の中に書かれているんだよ。日本で起きた大きな自然災害なども大抵は書かれていたらしいよ。それに、伝説の中にはボクらのことも書かれているんだ!「地上の民に追われし地底の民は、彼らを追った二人の手により再び天の民に戻るだろう」って。興味深い一節だろ?
スケアリー : それは、そんなデタラメな詩みたいな文章だったらどうにでもこじつけは出来ますわ。それよりも恐ろしいのはそういう予言や伝説を信じすぎるあまり、無意識のうちに自らの手でそれを実現させようとすることですわ。エニホエア王国の姫は王子さまと巡り会えると信じてここにやって来ているのよ。
モオルダア : ホントに?
スケアリー : ホントですわよ!でも、日本に潜入したテロリストはその伝説と似たような予言を別の視点から解釈してデパートが炎に包まれることを望んでいるに違いないですわ。どっちにしろ、そんな伝説や予言みたいなことは自然には起きないでしょうし。それにニコラス刑事さまが言うには、ここにはまだ怪しい人物は誰も来ていないってことですわよ。
モオルダア : でも、予言とよく似た伝説を信じてエニホエア王国の姫がここに来たのなら、テロリスト達もここに来る可能性は高いよね。これはこの付近を厳重に警備しないと危険かも知れないぜ。どの解釈が正しいか、それともどれも間違っているのかしらないけど、こういう話は意外とあなどれないんだよ。もしかすると、警備をしている人の中に伝説の王子さまがいたりしてね。
スケアリー : なんですの、その乙女チックな発想は?
モオルダア : そうじゃなくて、想像力が豊かと言って欲しいな。
[ドコデーモス、ドチラーノン入場]
ドチラーノン[歌] : 排ガス、スモッグ、高温多湿
胃もたれ、胸焼け、ギトギト、天ぷらドーン!
ドチラーノン : さっきのお店のドンブリは酷い味でしたわね、あなた。
ドコデーモス : まったくだ。油の値段が高いのはどこでも一緒。きっと古い油を使い回しておるのだろう。
ドチラーノン : 今度来る時にはもっと高級な店にいたしましょう。ヒルズという部族がいるところには美味しいものを出す店があるそうですよ。…おや?あそこにいるのは探していた二人ではありませんか。
ドコデーモス : おお、これはちょうど良い。
モオルダア : ウワサをすれば怪しい人物という感じだな。
スケアリー : ホントですわ。ちょいとそこのお二人!あたくしはFBLのスケアリーですけれども、あなた達は「角が迷路になっている羊団」のかたじゃございませんこと?
ドチラーノン : まあ!なんて恐ろしい。
ドコデーモス : 我々を見て「角が迷路になっている羊団」ともうすか。娘のために遠い道のりをやって来たというのに、これほどの屈辱を受けるとは!打ち首にいたせ!打ち首にいたせ!いや、それでは生ぬるい!一日に一ミリずつ、首を切り落とす地獄の刑だ!
モオルダア : ちょっとスケアリー。何かスゴイ怒ってるけど。
スケアリー : これはますます怪しいですわ!あなた方が「角が迷路になっている羊団」ではないというのなら、誰なのかしら?
ドチラーノン : 第一の国の民ともあろうものが、我々のことを知らないとは。
モオルダア : エニホエア王国の人だということはだいたい解りますけど?
ドコデーモス : ただの人ではない。私は王様だ!一番偉い王様だ!その王様を「角が迷路になっている羊団」呼ばわりするとは。本来ならばおまえ達は即刻打ち首なのだが、おまえ達が私の探していた二人であることに免じて今は不問に付そう。
スケアリー : お言葉ですが、この国では一番偉いのはあなたではないんですのよ。
ドコデーモス : ほう、おまえはなかなか面白いことを言うではないか?それではこの国で一番偉いのは誰なのだ?それはこの王様よりも偉いというのか?
モオルダア : この国に一番偉い人なんていないんですよ。なんとなく決められた漠然とした意志に従ってこの国の人々は生きているんです。だから一番偉いのはその漠然とした意志ということになるのかなあ?
ドコデーモス : なんだそれは?
ドチラーノン : そんなことはどうでも良いのよ。二人に頼んでイベントを中止させるんです。
ドコデーモス : そうじゃないだろう。あの子のためにもイベントはやるべきなのだよ。それで誰も現れなければ、あの子も納得してもう二度とこのようなことはしなくなるだろうし。予言者もイベントを中止するようにとは言っていなかったではないか。
ドチラーノン : それはそうですが。予言者にさえ明確なことが解らないイヌのことですから、あの二人にどうこうできる問題ではないと思いませんか?
ドコデーモス : イヌのことなら予言者にまかせておけばいいのだよ。その他のことをこの二人にやらせればそれで良いことじゃないか。
ドチラーノン : そうかも知れませんが。それに予言者はどこに行ったんです?ここへ来てからなんだかコソコソして落ち着かない様子で。
モオルダア : あの…。警備なら警察がやりますし、テロリストならエフ・ビー・エルが対処していますからダイジョブですよ。
ドコデーモス : 私はそんなことを頼んでいるのではない。私の娘がどこにいるのかを知りたいのだ。
スケアリー : それでしたら、さっきまでここに居ましたわよ。ばあや様がいらして、あなた方が来るから逃げろ、ということであちらの方へ逃げていきましたけれど。
ドチラーノン : それを知りながらなぜ今まで黙っていたのです!
スケアリー : だって聞かなかったじゃございませんか。
ドコデーモス : そんなことよりもあの子のことが心配だ。我々もあちらの方へ向かうぞ!
ドチラーノン : そうですわねあなた。
ドコデーモス、ドチラーノン[歌] : 愛しい娘よアティラーノン
ばあやと伴にあちらの方へ
箸が転んだならこちらの方へ
お年頃ならそちらの方へ
早く助けたいな
ア・ティ・ラーノ〜ン!
[ドコデーモス、ドチラーノン歌いながら退場]
スケアリー : なんだっていうの?まったく。
モオルダア : あの人達はあの人達なりに緊急事態なんだと思うけどね。話の展開からするとやっぱりこのデパートの周辺の警備をした方が良いと思うんだけど。
スケアリー : そうかも知れませんわね。なんだかあたくし悪いことが起こるような気がするんですのよ。いったい何なのかしら、この胸騒ぎは?
スケアリー[歌] : 心の海に溺れてしまう
闇の中に世界が沈み
光が行き場をなくすなら
あなたは何を
求めるの?
モオルダア : ???…良く分かんないけど。
[モオルダア、スケアリー退場]