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疫病を生きのびて
洪水に浮かんでおった
ただ泥の上にわしらの頭を覗かせたんじゃ
なんたることか、誰も防音の鐘から免れないんじゃ
神様、わしらはわしらから生きのびることが出来るのか?
(Light Grenades / Incubus :Dr. ムスタファ訳より)
1. FBLビルディング・ペケファイル課の部屋
FBLビルディングに出勤してきたスケアリーはペケファイル課の部屋に入るなり少しウンザリした気分になった。
「なんなんですの?気持ち悪いですわ」
スケアリーの声の先にはモオルダアがいて、彼はパソコンのモニタを見ながらニヤニヤしていたのである。
「やあ、キミか。ちょっと遅いんじゃないか?」
「別に遅刻じゃありませんわよ」
スケアリーは出勤してすぐにこの部屋にやって来るのはイヤなので、別の場所で何かすることはないのか?と探し回ってからやって来るのである。この部屋にいて楽しいのはモオルダアのような人間だけなのだから、彼とは趣味が正反対とも思えるスケアリーがこの場所を好きなワケはない。
それはどうでも良いのだが、いまだにさっきのニヤニヤした感じが抜けていないモオルダアが何を見ているのか気になったので、スケアリーは彼の後ろに回ってパソコンのモニタを覗き込んでみた。
「あらいやだ。あなた嘘を嘘と見抜けない人が見てはいけないサイト、ってご存知なのかしら?」
「ボクだって何でもかんでも信じるワケじゃないけどね」
彼が見ていたのは匿名性がウリの巨大掲示板サイトを要約したページだった。モオルダアのことだから超常現象や謎の生物に関する話題を調べているのかと思ったが、そうでもないようだった。
「これは嘘とは思えないよね。というか、ちょっとした社会問題になりつつあるし」
そう言うと、モオルダアはパソコンを操作してそこに掲載された写真が見えるようにした。
「あらいやだ。なんなんですの?!汚いですわ」
その写真にはコンビニでアルバイトをしている店員が店の冷蔵庫の中に寝そべっている姿が写っていた。「夏の暑さに耐えられないので」という理由でこんなふうに冷蔵庫などに入る姿を人に見せるのが面白いと思っている人が少なからずいる、ということなのだが。こういういたずらによって、店が閉店に追い込まれたり、イタズラをした本人が損害賠償を請求されたり、通っていた学校を退学になったりと、それなりに大問題になっているのだが、なぜか最近こういうイタズラが後を絶たない。
スケアリーは写真を見て、怒りとまではいかない、何とも言えない感情がこみ上げてくるのを感じていた。なんとかして言葉で表せば「呆れている」という感じなのかも知れないが。それよりも、モオルダアはなんでこんなものを見ているのかしら?ということでもあった。
「それで、これは何かの事件と関係があるって言うんですの?」
それを聞いてモオルダアは少しマズいと思った。普通の会社なら今は誰もが働いている時間なのだが、FBLは普通でないので適当にネットをやってニヤニヤしたりも出来てしまう場所なのだ。
「まあ、なんていうか。…バカだなぁ、って思ってね」
これを聞いてスケアリーはさっきよりも怒りに近い「何とも言えない感情」になってしまったが、別に怒ることでもないので黙っていた。
「でも、これが政府による極秘の実験のようなものだとしたら…」
モオルダアがまた適当なことを言い出したので、こんどはスケアリーがあからさまに不機嫌な表情になった。モオルダアは慌てて口を閉じたのだが、そこでちょうど良いタイミングで部屋の電話が鳴り始めた。
「スケアリー。電話だよ。電話!」
「解っていますわよ!」
スケアリーの方が電話の近くに居たので、彼女はイライラしながら電話に出た。それは緊急の用事という感じではあったのだが、緊張感を持って対処しないといけないようなものか?というとそうでもなかったり、かといって適当にやるわけにもいかない事だったが。またスケアリーは何とも言えない感情がこみ上げてくるのを感じながら受話器を置いた。
「事件ですわ、モオルダア」
そう言うスケアリーの表情を見ながらモオルダアもなんとなくヘンな感じだな、と思って「あ、うん」とヘンな返事をしながら立ち上がった。