6.
しばらくするとモオルダアがスケアリーのいる部屋にやって来たのだが、スケアリーが要請した応援がモオルダアということではない。スケアリーが電話で呼び出したFBLの専門家達は少し前に到着して、さっきの検死解剖の部屋で色々と調べているのだ。
スケアリーはモオルダアを見て、本来ならブチ切れて殴りかかっている所だったのだが、今はそれどころではないので、ただモオルダアが入ってくるのを見ていただけだった。
「これはヨミガエリチャンスだったのかな」
考え込んでいるスケアリーを見て少し気になったモオルダアが言ってみたが、ここでそんなことを言っても何のことだか解らない。スケアリーが眉間にしわを寄せて無言の返事をすると、モオルダアがさらに続けた。
「死んだ人間が勝手に動く現象というのはそれほど珍しいことではないよ。まあ、ゾンビみたいなのは最近は増えすぎておかしな事になっているけど」
「あたくしは別にホラー映画の話をしたいわけではないんですのよ」
モオルダアが変なことを言うので黙って考えていたかったスケアリーが返した。
「しかし、実際に起きたことは確かなんだし。それにまだ死因も解っていない状態だからね。まあ、自力で動いたのだとしたら、ボクの人体発火という説はなくなりそうだけど」
「何を言いたいのかよく解りませんけれど、他の可能性を探った方が良いと思いませんこと?確かに死後硬直によって遺体が動いたように見える現象もこれまでに報告されていますけれど、今回は違いますわね。でも、死んだ人間が歩いて冷蔵庫の所まで行ったと考えるよりは、他の誰かが運んだと考える方がまともですわ」
「でも、何のために?」
「そんなことは…」
とスケアリーが言おうとした時に、今回の事件と関連しているわけではないが、関連してそうな気もする或る出来事が思い出された。
「モオルダア。もしかして、これも誰かのイタズラだったりしないかしら?ここには医学生が研修に来ているかも知れませんし。イタズラをインターネットで公開して…」
「つまり自分が入る代わりに死体に冷蔵庫に入ってもらった、ってこと?それだったら普通に遺体の写真を撮ってナウすれば良いんじゃない?」
「ナウ」って何なんですの?とスケアリーは思ったが、そこを気にしだすと話が先に進まないので気にしない。
「そうですけれど。あの方達って普通じゃ物足りないみたいですし…」
しかし話しているうちにスケアリーはなんとなく自分の言っている事に自信が無くなってきたようだ。もしもイタズラだとしても、そのうちインターネットで話題になってすぐに犯人も見付かるはずだし、ここでこれ以上そのことを考えるのは間違っていそうだ。
「それよりも、虫が出たって聞いたけど」
「そうなんですのよ。でも専門家に調べてもらう前に消えてしまいましたのよ」
「消えた、って。逃げちゃったの?」
「そうじゃありませんわよ。30分もかからなかったと思いますけれど、その虫はドロドロに溶けてしまいましたのよ。あたくしが機転を利かせて溶ける前の写真を撮っていたから少しは役立ったのですけれど。それを専門家の方に見せたら回虫に似ているということでしたけれど」
「じゃあ、その寄生虫が死因なのかな?」
「知りませんわ。回虫で死ぬことはあまりありませんけれど。検視は改めて専門の医師と一緒にやる事にいたしましたわ」
モオルダアは色々と納得できないような所を感じながら聞いていた。もしも感染者が死亡するような寄生虫がいるということなら、それは大事件でもあるのだが、それほど危機感のようなものを感じない。つまり彼の少女的第六感は何も感じていないということのようだ。或いは、まだこの事件がモオルダアの興味を惹いていないということかも知れないが。
いずれにしてもこれ以上やることが無くなった感じもあるので、モオルダアは遺体が勝手に動いた原因を考えてみることした。病院の一室を出て行こうとするモオルダアだったが、その前にスケアリーに呼び止められた。
「ちょいと、モオルダア。また変なメールを送ってきたりしたら承知いたしませんわよ!」
モオルダアは「ああ、解ってるよ」と言って部屋を出た。本当は送ろうと思っていたのだが、今度こそ本気で怒られそうなのでやめることにした。
7. 警察署
モオルダアはまたやることが無くなってしまったので、遠條刑事の所へやってきた。人の沢山いる部屋で机の所に座っている遠條刑事を見つけてモオルダアは少し離れた所から手を振ってみたのだが、なかなか気付いていくれない。
どっちにしろ近くまで行くのだから離れた所から気付いて貰う必要もないのだが。振った手を不自然な感じで降ろすのがなんとなく虚しいとモオルダアは思っていた。それはそうと遠條刑事に近づくと彼が苦い表情をしているのに気付いた。何かを考え込んでいるようにも見えて、そのためにモオルダアが近くに来てもなかなか気付かなかったようだ。
モオルダアに声をかけられた遠條刑事は少し驚いたようにして顔を上げた。
「ああ、なんだキミか」
「どうしました?何かありましたか?」
「まあ、あると言えばある」
なぜか曖昧な言い方をする遠條刑事だったが、果たしてあの事件に関することで何か解ったのだろうか。遺体が勝手に動いたりして謎めいていることは謎めいているので、何かあるのなら何でも知っておくべきである。
「それで、何があったんですか?」
「いやあ…。困ったことになったよ」
遠條刑事はそう言いながら机の上にあったノートパソコンを動かして、モオルダアに画面を見せた。彼が見せたのはインターネットのページで、そこには例のコンビニを外から撮った写真が掲載されていた。周囲の様子から、おそらく先程モオルダア達がいた時間にとられた写真と思われる。そして、良く見てみるとコンビニのドアの向こうに遠條刑事が写っている。そしてその手には彼があの時食べていたアイスキャンディーがあった。
「ああ…。バッチリ写ってますね」
「ホントに、嫌な世の中になったもんだ」
写真の下には「仕事中にアイスを食べるとは何事か!」というようなコメントが沢山書かれているようだった。
「まあ、上の方で何とか誤魔化してくれるみたいなんだが。私はまた格下げだな」
モオルダアとしてはそれは自業自得とも思ったのだが、それよりも「また」って言っていたのが気になるし、格下げとか意味が解らないが。どうも遠條刑事は以前からこんな失敗を繰り返して来たようだ。もしかすると、用心が必要な人なのかも知れない。
それよりもモオルダアがここに来たのはそんなことのためではない。
「ところで、あの警官について何かありましたか?」
「ん?!…ああ、あれね。いや、私はこの問題で大忙しだったし、これからも方々に謝って回らないといけないんでね。部下達にも協力するようにいってあるから、後はキミ達が中心になって頑張ってくれたまえ」
「くれたまえ…って」
なぜか偉そうな遠條刑事だったが、呆気に取られているモオルダアの肩をポンと叩いて立ち去ってしまった。「なんて適当な人なんだ」とモオルダアが思ってしまうぐらいなのだから、遠條刑事はそうとうに適当な人のようだ。
それに部下って誰のことなのか?端から見ていると刑事の部下というのは、なんとなく制服を着た警官という気がするのだが、もしかすると新米の刑事ということかも知れない。どっちにしろ、ここにいる誰が部下なのか解らないし、いる人はみな忙しく動き回っている。
しかたないのでモオルダアは近くを通った一人の警官に話しかけてみた。
「あの、ちょっと。あなた今日亡くなった警官のことを知ってますか。名前は確か…」
「氷室君ですか」
実は名前など知らなかったモオルダアだったが、これを聞いて「氷室って、冷蔵庫好きそうな名前じゃないか」とか思ってしまった。
「そう。その氷室君だけど。どんな人だった?何か問題があるとか。勤務中に携帯電話でナウとかするとか。そういうことはなかった?」
モオルダアは「ナウ」の意味が解っているのか?と思ってしまうが、それはどうでも良い。
「私の知る限りでは真面目な警官でしたよ」
「じゃあ、イタズラで冷凍庫に入るなんてことはしない人だったということだね」
「まあ、そうですね。…ああ、そういえば、逆に若者が冷蔵庫に入った悪ふざけの件で色々やってたみたいですけど」
「そうなのか。じゃあ、原因はそれかな?」
モオルダアが言ったが警官は「なんで?」という感じだった。モオルダアも自分で言って、なんでそれが原因になるのかわからなかったが。なんとなく思ったことを口に出してしまうと変な事になる。
「ところで、キミは遠條刑事の部下?」
「いや、まさか。あの、用がなければもう行って良いですか?」
「ああ、良いよ。どうもね」
ということで、氷室君に関する中途半端な情報を得ただけで、またやることが無くなってしまった。