15. 警察署
氷室兵蔵の遺体が調べられなかったので、翌朝モオルダアとスケアリーは仕方なく警察へと向かった。可能性はほとんどないが、氷室と一緒に仕事をした警官が例の寄生生物に感染しているかも知れないと思ったのだ。
警察署の一室には五人の警官が集まっている。彼らは氷室が「若者がコンビニの冷凍庫に入る悪ふざけ」のあとのゴタゴタを処理していた時に一緒に仕事をした仲間である。その時の五人が選ばれたのは「冷凍庫」というキーワードからなのだが、例の寄生生物が本当に冷凍庫のような冷たい所で繁殖をするというのなら、彼らを呼ぶのは間違っていないだろう。
そして偶然にも遠條刑事もその時にそこにいたということだったが、今は何か用事があるということで警察署にはいなかった。
モオルダアが色々と質問している間、スケアリーは一人ずつ順番に目の下の赤いところを見たり、喉の奥をペンライトで照らして調べたり、風邪で病院に行った時に最初にするような検査をしていた。
「それで、氷室君だけど。その騒動の前と後で変わったところとかはなかった?」
モオルダアが聞いた。
「そうですねえ。元々あんまり目立たないタイプでしたし。真面目すぎというのか、決められたことだけしかやらない感じの人でしたから。変わったところがあれば気付くはずですけど、特になかったですね」
「逆にキミ達は体に異変とかはあった?」
「特に何も」
警官達はみな同じように首を振った。
「モオルダア。今調べたところによると、この方達に特に異常はなさそうですわよ。これ以上調べるといっても、問題の生物が本当にいるのかすら解らないのですし、何もすることが出来ませんわね」
「うーん…」
スケアリーが言うと、今度はモオルダアを含めた全員が同じように頭を抱えた。
「結局、氷室君とここにいる人達の違いは何だったんだろう?もしも、その時の騒動が原因だとしたら、という話だけどね。他に何か原因になりそうな事はなかったの?」
「さあ。氷室も含めてボクらは冷凍庫にもあまり近づいてなかったですしね」
なんだかここで話を聞いているのが無駄なことになってきそうな展開だった。しかし、ここで何もないと全ては振り出しに戻ってしまいそうだ。モオルダアもスケアリーも困った顔をしていたが、その時一人の警官が「アッ!」と小さな声をあげた。
「…いやあ。でもこれは関係ないかなぁ」
「何でも良いから言って欲しいんだが。何か思い当たることがあるんでしょ?」
「ええまあ。あの時たしか遠條刑事がみんなにアイスキャンディを勧めてましたよね?」
警官がそう言うと、他の警官も「あぁ!」という感じで頷いた。
「全部廃棄にするからもったいないとか、そんなことを言ってましたけど」
「それ、食べたんですの?」
「いや、私は食べてませんけど。でも、もしかすると氷室は食べたんじゃないかと思うんですよ」
「ホントに?というか、その現場は見てないの?」
「その時は氷室だけコンビニの外にいて警察署と連絡を取ってたんですよ。でも上司には絶対逆らわないタイプの人間だし、言われるまま食べたんじゃないかと思うんです」
モオルダアはなんだかマズいことになっているような気がしてならなかった。謎の死を遂げた氷室の死体の入っていた冷凍庫のアイスキャンディを食べていた人がいたのを思い出したのだ。
「もしもアイスキャンディが原因だとしたら、そろそろ遠條刑事がヤバいんじゃないか?」
「モオルダア、それどういうことですの?」
「遠條刑事、あの氷室君の入っていた冷凍庫のアイスキャンディを食べてたんだよ。ボクの目の前でね。もしも、アイスキャンディに卵を産み付けるとか、そういう生き物だったら?アイスキャンディに限らず冷たい食べ物から人間の体内に入り込むとしたら…」
「ちょいとモオルダア!」
スケアリーはモオルダアの変な説を否定しようとしたのではなくて、それが本当なら大変だ!ということでモオルダアの話を遮った。
「遠條刑事って、今日はどこにいるの?」
「えーと。確か爆弾を仕掛けたとかいう脅迫メールの件で警備をしているってことですが。爆弾と言ってもそれはイタズラだと解ったんで、形式的な警備ということで遠條刑事が一人で行ってるみたいです」
一人の警官が説明している間に、もう一人が気を利かせて遠條刑事がどこにいるのかを調べていたようだった。そして、遠條刑事の居場所を知ると彼は青ざめてしまった。
「大変ですよ。遠條刑事がいるのは『世界冷凍食品展』の会場だそうです」
「ちょいと!冷凍庫だらけですわよ」
スケアリーが言うと同時に、全員がマズいと思って部屋を飛び出した。というか警官達は一緒に来なくても良いと思うのだが。モオルダアは「もしかして昨日言ってた遠條刑事の部下達」ってこの警官達なのか?とか思ってしまった。
それはともかく、スケアリーとモオルダアを乗せた車が世界冷凍食品展の会場へ向かうと、パトカーがそれを追いかけた。