14. さらに病院
モオルダアが病院に入ると、そこではすでにスケアリーと病院の人がもめ始めていた。病院側としても、スケアリーがずっと病院の前にいて帰らないようなので、それなりの立場の人を呼んでこのようになった時の準備をしていたのだろう。
スケアリーと話している病院の人間は、堂々とした話し方でスケアリーに対処していた。歳をとってそれなりに威厳のあるその人の前で解剖の必要性を訴えるスケアリーだったが、少し感情的になりすぎているためか、病院の人間には全く聞き入れてもらえてないようだった。
モオルダアはこの様子を見てどうするか考えてしまった。このままスケアリーの所に行っても彼の知識であの人を説得できるような気はしなかった。しかし、スケアリーがちょっと騒がしい感じで話しているので、病院の受付付近は少し騒然としている。診療時間はとっくの昔に過ぎているのでここには病院の関係者しかいないのだが、モオルダアはこの騒然とした感じに紛れてコッソリと受付を通り過ぎて病院の中へ入っていった。
受付でモオルダアのことに気付いた人間がいるかどうかは解らなかったが、病院内に侵入出来たモオルダアは急いでいるけど決して走り出さない、優秀な捜査官らしい歩き方で廊下を進んでいった。途中で廊下の先に病院に似付かわしくないスーツを着た二人組を目撃して、なんとなく違和感があったのだが、今はそっちを気にしている場合ではない。
モオルダアは階段を使って遺体が安置されている地下までやってきた。そして、そこにいた新米っぽい感じの女性看護師を見つけて呼び止めた。
「ああ、ちょっとキミ」
そう言いながらモオルダアはFBLの身分証を看護師に見せた。モオルダアの予想どおり看護師は始め愛想良く振り向いたが、身分証を見て緊張した面持ちになった。これは明らかに「一生懸命な感じ」をウリにしている新人看護師に違いない。
「私はFBLのモオルダア。ある事件について聞きたいことがあるのだが」
モオルダアは「これは大丈夫そう」という感じがしたので、調子に乗って格好いい声で聞いた。その効果があったのかは知らないが、看護師は少し驚いたようにしてモオルダアの言うことを聞いていた。
「はい、何でしょうか?」
「氷室兵蔵という人の遺体を調べたいんだ。今すぐに」
「は、はい!解りました。ちょっと待っていてください」
看護師は急ぎ足で廊下を進んでその先にある部屋へ入っていった。恐らくそこに遺体に関するファイルなどがあるのだろう。
モオルダアは優秀な捜査官的な行動がここまで上手くいくとは思っていなかったので、ニヤニヤしてしまいそうになったのだが、何とかこらえて深刻な表情で看護師が戻ってくるのを待っていた。
しばらくして看護師が小走りで戻ってくる。一生懸命な感じを演出するための「ハァ、ハァ」と息が切れているアピールも忘れていない。それはどうでも良いが、一生懸命な看護師はクリップボードに止められた書類をめくりながらモオルダアに言った。
「あの、氷室兵蔵という人ですけど。すでに遺族の方が引き取られたようですよ」
「エッ?!」
せっかく優秀な捜査官の顔をしていたモオルダアだったが、予想外の展開にいつもの間抜け面になってしまった。
「それって、どういうこと?」
「ですから、もう遺体はここにありませんけど」
モオルダアの動揺したような口調に、看護師も緊張感をなくしてしまった感じで答えた。しかし、どうして遺体がないのか?入り口の所ではスケアリーが責任者みたいな人間ともめているのだが、遺体がないのでは意味がない。
「それって、本当に氷室兵蔵の遺体?」
「そうですよ。間違いないです」
「そう…。じゃあ…、まあ良いかな。協力してくれてありがとう」
「はあ…」
なんか変な感じだったが、看護師が廊下の先の部屋に戻っていくと、モオルダアも上の階へと続く階段の方へと歩いて行った。
しかし、その時にモオルダアはさっきここへ来る時に見かけた怪しいスーツの二人組を思い出した。もしかして、あの二人が遺体を持ち出したとか、そういうことか?とか考えてモオルダアは自分の不注意を後悔していた。