「拡散」

11. スケアリーの高級アパートメント

 モオルダアがローンガマンのアジトにいた頃、スケアリーは彼女の部屋で考え込んでいた。事件とは直接関係がなくても、今回は気に入らないことばかりで気分が晴れないのだ。そういう時には何かを考えていないと、落ち込んでいくばかりである。スケアリーはMac Book Airを開いてこれまでの捜査の内容を文章にまとめていた。


 氷室兵蔵の死因について。彼の死因については謎が多いですわ。まずどうして彼は冷凍庫に入っていたのかしら?警察への通報の内容から察するに、彼は自ら冷凍庫へ入っていったに違いありませんわね。しかし、彼は凍死したワケではありませんでしたわ。つまり悪ふざけの末に間違って死んでしまったワケではないのですわね。

 するとモオルダアが言っていたように、彼は何かの苦しみから逃れるようと冷凍庫に入ったのかしら?もちろん人体が何もしないのに発火するなんてことはあり得ませんわ。ですけれど代謝に異常がある場合、夏の暑さが耐えられないほどになることも考えられますものね。

 ただし、彼の病歴や解剖の結果からはそのような症状があったとは思えませんのよ。そうなると、最終的には何かの発作によってパニック状態になっていたと考えるのが妥当かしら?

 でも何の発作かしら?先程も書いたように彼は健康体でしたわ。そうなると、鍵になるのが病院で見つけたあの回虫のような生物ですけれど、あれが彼に寄生していた生物であるという可能性は専門医の検視によって否定されましたわ。

 しかし、このままで良いのかしら?もしも理由があって冷凍庫に入ったのだとしても、このままでは他の悪ふざけと一緒にされてしまいますわ。悪ふざけの最中に心不全で亡くなったなんてことになったら、マスコミとしては大喜びかも知れませんわね。

 でも、もしも何か他の理由があったのなら、彼の死をオモシロニュースのネタにするようなことは許されませんわ。そして、その理由はきっとどこかにあるんですのよ。ですから、あたくしが必ずそれを見つけてみせますわ。


 そのようなことをスケアリーはワープロソフトに書き込んだ。しかし、今ある証拠から氷室の死因を特定するのは難しい気がした。スケアリーは立ち上がってカバンの所に行くと解剖の時に使っていたボイスレコーダを取り出して、録音した内容を聞いてみることにした。そこに何か見落としていることが見付かるかも知れませんわ、ということのようだ。

 最初に聞いたのは寄生虫にも詳しい医師と一緒に行った解剖の時の録音だった。そこから特に問題と思えるようなことは見付からなかった。ということは、さらに前の録音内容も聞かないといけないのだが。その前にはほとんど解剖らしいことはしていなかったのだ。それでも、他に何も手掛かりになるものがない状況なので、スケアリーはそこも聞いてみることにした。

 後の方から少しずつさかのぼって聞いていくと、最初の方はモオルダアからのメールや電話に怒っている自分の声が聞こえてきてスケアリーは「あらいやだ」とか思ってしまった。

 それはどうでも良いが、やっぱり何もない。それでも「ちょっとした見落としも許されませんわ」と思ってスケアリーは結局全部の録音を聞くことになった。そして、一番最後になってスケアリーはハッとしてしまった。

 一番最後ということは、時間的には一番最初に録音された内容なのだが。そこで彼女はこう言っていたのだ。「死因には心臓発作なども考えられますけれど、死の直前に冷凍庫に入るという異常な行動から脳に異変があったとも考えられますわね」と。

 もしかすると、あたくしの天才的な能力によって、最初から解っていたのかも知れませんわ!とか思ったスケアリーだった。もしもモオルダアが変なメールや電話をしてこなければ、氷室の状態に異常なところがあると気づけたかも知れないのだが。しかし、その後にスケアリーが一度病室を出て、さらに遺体が動くとか蠢く虫が見付かったりしたおかげで、そうはならなくなったようだ。

 スケアリーは寄生虫にも詳しいという医師の言うことを信頼して、氷室の遺体にはどこにも問題がないと思い込んでしまったようだ。しかし、それは見付かったあの虫が普通の寄生虫だった場合に限られるのだ。もしも、あれがこれまでに知られているものとは違う新種だとしたら?

 スケアリーはこれからゆっくりくつろいで明日に備える予定だったのだが、そんなことをしている場合ではなくなったようで、立ち上がるとすぐに出かける用意を始めた。

12. モオルダアボロアパート

 モオルダアは遠條刑事に聞きたいことがあって、先程から電話をかけているのだが電話がつながらなかった。スケアリーにつながらないのは仕方がないのだが、なんで遠條刑事まで電話の電源を切っているのだろうか?或いは電波が届かない場所にいるのかも知れないが。こういうことがあると、もしかして自分の電話が壊れているのではないか?とか、これも何かの陰謀か?とか、どうでも良いことを考え始めてしまう。

 ただ電話が壊れていないかを調べるのは簡単なことである。モオルダアは自分の部屋の固定電話から携帯電話の番号にかけようと固定電話の方の受話器を取った。そして番号を押し始めた時に電話が鳴り始めた。モオルダアは突然のことにビクッとして自分の持っている受話器を見つめた。そしてアレ?と思って今度は携帯電話の方を見ると、鳴っているのは携帯電話の方だと気付いた。

 電話は突然鳴るものだと知っていても、なぜか鳴り出すとビクッとなってしまう。恐ろしい機械である。

 それはどうでも良いが、電話はスケアリーからだった。少し意外な感じもしたのだが、彼女からかかってくるということは、何かがあったに違いない。

「モオルダア、何なんですの?!」

電話に出るといきなりこう言われてモオルダアは返事に困ってしまった。

「何って?」

「どうでも良いですからすぐに病院に来てくれませんこと?あたくしはどうしても納得が出来ませんのよ」

「だから、何が?」

「説明は後でしますから、とにかくこっちに来て協力して欲しいんですのよ。昼間のあの病院ですのよ。至急来るんですのよ!」

そう言うと電話を切ってしまったスケアリーだが、一体何を怒っているのだろうか。怒りがあるレベルを超えない限り冷静なはずのスケアリーなのだが、今の電話は意味がよく解らなかった。ただし、怒りのレベルとしてはまだ安心できる範囲だとは思った。もしかすると昼間のモオルダアのメールとか電話の仕返しなのか?とも思ったのだが、今回の事件に関する裏の部分が少し見えてきたこの状況でそんなことがあるとは思えない。幸い終電までにはまだ時間があるので、車のないモオルダアでも病院に行くことが出来る。

 モオルダアは少し緊張感を取り戻して病院へ行くことにした。