「拡散」

13. 病院

 モオルダアが病院にやってくると、その前の道に止めてあった車からスケアリーが出てきた。かなりプリプリした表情だったのだが、モオルダアを見る彼女の目からするとその怒りはモオルダアに向けられているものではなさそうなので、ひとまず安心という感じのモオルダアだった。

「モオルダア。一体どういうことですの?」

「だから、何が?」

「あたくし、もう一度検視をするべきだと思ってやって来たんですのよ。そうしたら、もうダメだって言うんですのよ」

「もう一度って?専門家と一緒に解剖して問題は見付からなかったんじゃないの?」

「そのはずだったんですけれど。専門家というのは専門以外の所には目が行かないことがございますでしょ?」

スケアリーのこの一言は色んな分野の専門家をハッとさせてしまいそうだが、それはどうでも良い。

「あたくし、家に帰ってもう一度考えてみて、気付いたんですのよ。あたくしも最初はそれを疑っていたのですけれど、氷室様はもしかすると脳に異常があったかも知れないんですのよ」

モオルダアは脳と聞いて、ここで色んなものが繋がってきたような気がした。

「それで、脳は調べたの?」

「それが出来ないんですのよ」

そしてスケアリーが怒っている理由が明らかになってきた。

「あたくしがもう一度解剖をしたいと言ったら、遺族の方が承知しないって。一体どういうことだと思います?遺族の方だって悪ふざけで冷凍庫に入って死んでしまったとか、そんなことを言われるよりは、原因がハッキリした方が良いんじゃありませんこと?」

「まあ、そうだけどね。それよりもそれはFBLの力で何とかならないの?」

「それは無理ですわ。殺人事件の捜査なら別ですけれど。病死の場合はそうは行かないんですのよ」

モオルダアにはよく解らなかったが、細かい法律があるに違いない。しかし、モオルダアはそろそろこの事件がただの事件ではないと思い始めている。

「スケアリー。そういうことなら、氷室君は誰かに殺された可能性もあるんだけど」

「それはどういうことですの?」

「例の寄生虫のような生き物だけど。アレは氷室君の脳に寄生していて、それで彼の体を自在に操っていたんだよ。つまり、彼は政府の闇組織によるゾンビ兵士の実験台にされたと考えられるよね。そして、どうして冷凍庫に入ったのか?ということだけど。ボクが調べた所によると、寄生生物が宿主を操るのは、新たな宿主を探したり、個体を増やすのに有利な場所へ宿主を移動させるためなんだ。つまりその寄生生物は冷凍庫のような温度の低い場所で産卵したり繁殖する生き物なんだと思うんだよね」

滅茶苦茶な話だったが、なんとなく辻褄が合っているのがスケアリーとしては恐ろしかった。しかし、そんな話を信じろと言われても、そう簡単には信じられない。

「あの、モオルダア。あたくしに同情してくれているのかも知れませんが、そんなことってあり得るのかしら?だいたい、人間の脳を支配して操るなんて寄生生物の話は聞いたことがありませんわ。それよりも、何とかして解剖のやり直しをする方法を探して欲しいんですのよ」

「キミが聞いたことがなくても、知っている人は知っているんだけどね」

モオルダアはそう言うと、例の新聞の切り抜きをスケアリーに見せた。スケアリーはそれを読んで少し考えていた。

「これって、ちゃんとした新聞の記事なんですの?」

スケアリーは一度切り抜きを裏返して、そこに書いてあることも少し読んでから聞いた。

「その新聞がちゃんとしているかどうかは別として、その研究者達はその寄生虫の発表をする前に死んでしまったんだよ。結局発表はされなかったから本当に人間をあやつる寄生生物がいるかどうかは謎のままだけど。その研究所は存在していて、謎の火事により研究者もろとも焼かれてしまった、ということだよ」

それが本当のことなのかどうか、確認しているヒマはない。しかしモオルダアの言うことが正しいとすると、これまでの色々なことが説明出来るということをスケアリーはなんとなく恐ろしく感じた。ゾンビ兵士の部分は別として、人間に寄生して、その人間を自在に操る寄生生物というのは本当に存在するのかしら?

 昆虫のように単純な構造の脳なら、内部から操ることは簡単かも知れないが、人間の複雑な脳はそう簡単に乗っ取ることはできないだろう。しかし、脳の一つ一つの機能というのはそれほど複雑ではない。単純なものが組み合わさって複雑な作業をするのが脳の仕事でもあるのだが。もしもその中の一つをコントロール出来るとしたら?例えば、周囲の温度を感じ取る部分を騙して耐えきれないほどの暑さだと思わせることが出来るとしたら?

 危険なほど暑いと思った人間は少しでも温度の低い場所へと逃げて行くに違いない。しかし、そんなことが寄生生物に出来るのだろうか?

 スケアリーは考えてみたが、簡単にノーという答えは出せなかった。かといって肯定も出来ないのだが、彼女はすぐ近くに恐ろしいものの影を感じた気がして身震いしてしまいそうになった。

「モオルダア。とにかく死因の特定が先決ですわ。何とか説得して解剖のやり直しをさせてもらわないといけませんわ!」

スケアリーはそう言って病院の方へと歩いて行った。モオルダアはこれは自分も行く方が良いのかな?とか思いながら彼女に付いていった。彼を呼んだのはスケアリーなのだし、多分ついていった方が良いのだろう。ただし、モオルダアが病院の責任者にゾンビ兵士の話とか、そういう怪しい話をしないという保証はないのだが。スケアリーは使命感とその他諸々の腹立たしさのために、その辺の事は気になっていないようだ。モオルダアが下手なことをしなければイイのだが。