「忘却」

1. 朝

 朝の光に包まれるあたくし。素敵な朝ですわね。あたくしエフ・ビー・エルのスケアリーですのよ。そんなことはもう知っていますわね。この世にはびこる不正や暴力、そして時には国家的陰謀まで。そんなものと戦うことに疲れたあたくしはしばらく休暇をとっていたんですの。休暇といってもほんの数日。それはあたくしの正義感があまり長い休暇を取ることを良いことと認めなかったというだけではなくて、放っておくと何をしでかすか解らない人が職場にいるからかも知れませんわね。

 とにかくあたくしは数日の休暇を利用してちょっとした旅行に出かけて、心身ともにリフレッシュして帰ってきたんですのよ。そしてほんの数日とはいえ、やはり休息は必要だということが解りましたのよ。昨日の夜は久しぶりにリラックスして良い気分で眠ることが出来たんですもの。

 本当に、昨日の夜までは。でも、朝になってアンニュイになっているのはなぜなのか。あたくしには解りますわ。休暇が終わって最初に話す相手もやっぱりあの方になってしまう。これは出来れば避けたい事ではありますが、仕方がありませんわね。

 朝の紅茶に少しでも落ち着いた気分を取り戻して、あの方に電話をかけることにしますわ。

「やあ、スケアリー」

まったく、モオルダアはよっぽどヒマだったのかしら?電話をかけたらすぐに出ましたわ。

「無事でなによりだよ」

これは冗談なのか本気なのか解りませんけれど、そこをあまり気にしてはいけないんですのよ。あたくしも長いことモオルダアと仕事をしていますから、彼のような人間に対処するコツのようなものは少しずつ解ってきていますもの。

「バカンスに出かけるのに無事も何もありませんわ。それよりも、あなたエフ・ビー・エルにあるあたくしのパソコンを勝手にいじったりしていませんわよね?」

「キミのパソコン?真実を求めて日夜謎を追い続けるボクがそんなことしてるヒマはないと思うけどね」

「その言い方が余計怪しいですわよ。いじったかどうか、それだけを聞かせてくれませんこと?」

「いじろうにも、キミのパソコンってパスワードを入力しないと使えないし。…だいたい何で休み明けにそんな事を気にしてるんだ?」

「そうじゃなくって。実は今朝起きて『トイッタ』で最新情報を入手しようと思ったらログインできないんですのよ」

「トイッタ…って、なんだそれ?」

もう、ホントにイヤになりますわね。何でも知っているような事を言っておきながら、今一番重要なSNSサービスも知らないんですから。

「あなた、そんな事も知らないで、ホントにエフ・ビー・エルの捜査官なんですの?トイッタというのは、普通の人の何でもないような情報から、企業の発表する情報までなんでも入手できるSNSですのよ。ミニブログなんて言い方もされてましたけれど、今じゃトイッタと言ったら誰でも知っていますわ…」

あたくし、なんでモオルダアにこんな事を説明しなきゃならないのかしら?いくらコツを掴んでもモオルダアのような人とイライラせずに話すのは難しいのですわね。

「もう良いですわ。トイッタも知らないなら、あなたを疑うのは間違いですものね。きっと何か別のトラブルが…」

「もしかして、それって『ホロッホー』のこと?」

「ウフッ…!何ですのそれ?」

あらいやだ、モオルダアが変な事を言うから笑ってしまいましたわ。

「キミの言う情報っていうのはホロッホーで入手できるからね。今目が覚めて起きたとか、寝るとか、何を食べてるとか、どうでも良い情報ばっかり。なんというかネットワーク全体がアホっぽいというか、そういうアレでしょ?」

「もう良いですわ。せっかく休暇でリフレッシュしたのに、あんまりそういう冗談には付き合っていられませんから。トイッタの方はあたくしでなんとかしますから。それよりも、あたくしがいない間に何か変わった事などございませんでした?」

「まあ、キミが変なSNSを始めたってことぐらいかな。そういう怪しい事はあまり電話では言わない方がイイかもね」

「なんなんですの、それ?いい加減にしないと…」

あら、いけませんわ。あたくしまたイライラしている。これではせっかく休暇でリフレッシュしたのに台無しですわね。

「それならイイですわ。あたくし、今日は少し遅れますから、そのつもりでいてくださいな」

「遅れるって。もう11時すぎてるけど…」

こんな感じだと、あたくしたまに落ち込んでしまいそうになるんですけれど、それではいけませんわね。なにか活力が湧いてくるような、素敵なことをした方が良いですわね。そうですわ。前に見つけた洒落たテラスのカフェ。あそこでランチを取ってから出勤することにしましょう。それはとっても素敵な事ですわね。