3. 地下駐車場
この薄暗い地下駐車場に入ってあたくしは少し自分の行動が軽率だったかしら?って思っているんですのよ。前に会った時にドドメキさんは確かに信頼できる人だったかも知れませんけれど、機密情報を扱うような人をいつでも信じて良いのかは解りませんものね。この薄暗い空間があたくしにそんな感情を起こさせるのかも知れませんけれど、ここは自分の直感を信じるしかないですわね。でも、油断は出来ませんわ。一度降板したはずのドドメキさんがこうして姿を見せるということは余程のことがあるはずですもの。
この地下駐車場もこの時間にはまだ空きが多くて、人がいたらすぐに気づきそうなものですけれど、まだドドメキさんの姿は見つかりませんわ。もしかしてあたくしの早合点だったのかしら。それともあたくしをここへ呼びだそうとしたのは彼ではなくて、他の誰かかしら?
「キミなら来てくれると思っていたよ」
ちょいと!どうして、いつもこういう人達は人を驚かせるような登場の仕方をするのかしら?背後から突然声をかけられて、驚いて振り向くとそこにはやっぱりドドメキさんがいましたの。車の影に隠れていたのか知りませんけれど、背後から忍び寄るなんて卑怯ですわね。
「一体どういうことですの?あなたは確か降板なされたはずですのよ」
なんだかいきなり声をかけられて、あたくしの方も何の挨拶もなく話し始めてしまいましたけれど。でもこのような方に挨拶は必要ありませんわね。
「そう。確かに降板していたよ。それだからこそ気付くことというのもあるのでね。残念ながらモオルダアに接触を試みても、あの男はどうにもこう…」
「鈍いんですのよ」
そうなんですのよ。そのせいであたくしがこうして厄介なことに巻き込まれて、ゆっくりサンドウィッチを食べることも出来なかったんですもの。
「まあ、そういうことかな。キミにしたのと同じように接触を試みたんだがね。彼は気付いてくれなかった。或いは、私が無視されたのかも知れないがな」
「そんなことはあり得ませんわ。モオルダアはあなたが接触を求めていると知ったら、何にも優先してあなたに会うはずですわ」
あたくしがそう言っても、ドドメキさんは前にも見せたあの落ち着いた瞳であたくしを見ているんですの。この表情を見ると、何て言うのかしら。父親とまではいかないまでも、いつでも優しい親戚の伯父さんとか、そんな感じがいたしますのよ。不思議ですわね。
「キミはまだあの男の本当の才能に気付いていないか、或いは認めたくないのかも知れないがね。彼は彼でかなりの男だよ。まあ、それを本人が気付いていないというのも問題なのだがね。それよりも、こんな事を話している場合じゃないんだよ」
自分で話を長くしておいてそれはないですわね。
「こうなってしまった以上、もうモオルダアも信用できないかも知れないんだ」
「それって、どういう事ですの?」
「キミはこの数日間、休暇を取っていたはずだが」
「そうですのよ」
どうやってあたくしのスケジュールを調べたのかしら?それはそれで気持ちの悪い話ですわ!でも、そこを考えるのはドドメキさんの話を聞いてからにしますわね。
「そして、おそらくは休暇を満喫するために、携帯電話やインターネットなどは極力使わないようにしていたね?」
「当たり前ですわ。携帯電話もインターネットもあたくし達にとっては仕事に欠かせませんもの。ほぼ全てのストレスはそこから生まれているに違いありませんし。それで、それがどうかいたしましたの?」
「それこそが重要なのだよ、スケアリーくん。休暇を終えてからインターネットでなにか情報を収集しようとか、そういうことはしたかな?」
「ええ、しましたわよ。でも、上手く繋がらないサービスがあったり…」
「それはトイッタではないかな?」
「そうですけれど…。一体何だっていうんですの?」
なんだか嫌な感じですわ。ドドメキさんは、いや、この方だけではなくて、彼のような立場の人っていつでも何かを知っているような感じで話をするんですもの。あたくしが自分のインテリジェンスを駆使して相手のペースで話が進まないようにしようとしても、こういう方達っていつでも先回りをしようとするのですわね。
「キミがネットワークから切り離された幸せな休暇を楽しんでいた間に、トイッタというSNSはこの世から抹殺されたのだよ」
「それって、どういう事ですの?」
なんだか意味が解りませんわ。もうすでに一般的になっていたサービスですし、それがなければ生きていけないなんて人もいるSNSサービスでしたのに。それに「抹殺」ってどういう事かしら?万が一、なんらかの問題が生じてサービスが終了するというのなら解りますけれど、抹殺されるというのは意味が解りませんわ!
「私にも何が起きたのかは解らない。しかし、トイッタはこの世から消えたんだよ。サービスが終了しただけではなくて、人々の記憶の中からも完全に消えた」
ちょいと、それってまさか…?そんなことはあり得ませんわよね。モオルダアにトイッタの事を説明したら、別のなんとかというSNSの間違いじゃないか?なんて言っていましたけれど。最初は冗談か、或いは勘違いだと思っていましたのよ。でもモオルダアといえどもトイッタを知らないワケはありませんものね。だとしたら、ドドメキさんが言っているトイッタが抹殺されたというのは嘘でもないかも知れませんわ。でもそんな事ってあり得ますの?どうすればそんな事が可能になるんですの?
「ちょいと!いい加減にしてくれませんかしら?もしかして、これって休暇明けのあたくしへのドッキリじゃございませんこと?」
あら、いやだ。あたくしって時々こんな事を言ってしまうんですのよ。でもホントはドッキリであったらどれだけ良かったことかしら、ってそんな気分だったから仕方ないですわね。ドドメキさんはキョトンとしてしまいましたわ。
「まあ、私もそんな事だったら気が楽だけどな。だが、今はそんな状況じゃないんだ。ヤツらはどこにでもいる。外に出たらヤツらの目はどこにでもあるんだよ。今こうしている間にも…」
ヤツらって、なんですの?って思っていたんですけれど、この閑散とした地下駐車場の奥の方から何かの音が聞こえて来ましたの。こういう空間って、ちょっとした音でも硬いコンクリートの壁に反響して大きく聞こえたりするものですけれど、ドドメキさんは必要以上に音に驚いたような感じでしたのよ。でもあたくしはまだ先の話が聞きたいのですけれど。
「ヤツらって、何なんですの?」
あたくしがドドメキさんの方に向き直って聞いた時には、すでにドドメキさんは立ち去ろうとしていましたわ。
「これ以上ここにいるのは危険なんだ。だがスケアリーくん、気をつけるんだ。もう誰も信用できない状態になっているかも知れないからな」
「ちょいと…」
もう呼び止めても無駄なのは知っていますわ。でも、あの去り方。どうしても気になってしまいますわね。それに、ドドメキさんは物音がしたと思ったら急に逃げるようにして去っていきましたけれど、これってあたくしも危険なんじゃないかしら?
そんな事を思っていたら、あたくしも優秀な捜査官として本能的に体が動いてしまいますのよ。それであたくしはこの地下駐車場から急いで離れることにしましたの。
それにしても、今世の中では何が起きているというんですの?ドドメキさんのいうとおりならモオルダアでさえ信用できないという事なのかしら?