「忘却」

15.

 ハトはあたくしの前を何度か行ったり来たりしてからまた元の止まり木のところに戻っていきましたわ。さっきあたくしを襲ってきたハト達も元の止まり木に戻っているようでしたわね。今はあたくしが部屋の真ん中にいて、周りをハトに囲まれている状態ですわね。でもここで怖じ気づいたりはしませんのよ。ここに来るまでに聞いてきたことが正しいのなら、あたくしは人間を代表してここに立っている。そんな感じでもありましたものね。

「それで、なにから話してやろうか?それともオレ達の話なんて聞きたくないか?まあ、どうせハトだしな」

それに、このハトの話し方も腹が立ちますわ。こんなハトに弱気なところなど見せたくはありませんわ。

「聞きたいことは山ほどありますわよ。もしも本当の事を話してくれるのなら」

「もちろん、本当の事を話すぜ。どうでもイイ嘘ばっかりつくのは人間だけだしな。ハトは、いや人間以外の動物は大抵嘘は嫌いなんだよな」

あたくしだって嘘は嫌いですわ、って思ったのですけれど、それはどうでも良い事ですわね。

「それじゃあ率直に聞きますわ。あなた達は一体何をしているんですの?」

「まあ、そうなるよな。いきなりこんな事になって、驚くヤツもいるよな」

一定間隔でクビを傾けたり倒したりする特有の動作をしながらハトは話し始めましたわ。

「だいたい解ってると思うが、今後数日以内にハトが世界を支配する。解ってるよ。ハトにそんな事が出来るワケないって思ってるんだろ?そうだよな。どうせハトだもんな。だけど人間達がそう思ってるからこそ、この作戦は簡単だったんだよ。笑えるぐらいにな」

ハトが笑うなんて事はないのですけれど、このハトの話し方を聞いていたら本当に笑っているように思えて来ましたのよ。そしてハトは先を続けましたわ。

「今の世の中、何だってインターネットなんだよな。パソコンも携帯電話も。最近じゃテレビなんかもインターネットに繋がってるしな。それは物に頼らないと生きていけない人間には便利な技術だったはずだけどな。そして、インターネットでは何だってIDとパスワードだよな。最初はそれが重要なものだって全然気付かなかったけどな。だってオレ達が後ろで見てても平気で入力してるんだぜ。まあ、どうせハトだろ、って思ってたんだろうな。でもそれが重要だってことに気付いた時に、ハトはイイこと思いついたんだよ。ホントにこんな簡単に人間の世界が操れるなんてな」

ここでハトは興奮したように一度羽を広げて軽く羽ばたくような動作をしましたの。

「オレ達は出来る限り多くの人間のIDとパスワードを収集したんだ。どんなに偉そうにしてる人間だってハトには平気でパスワードを見せてくれるからな。画面上で文字は表示されないようになっていても、手の動きからどういう文字を入力したかなんてすぐに解るんだよ。生体認証なんかが流行る前にパスワードを収集できたのも幸運だったかもな。とにかく、それで計画はほぼ成功したも同然なんだよな。ハトはまずこのビルを乗っ取ることにしたんだよ。ここで最初にパスワードを盗んだんだし。その頃には盗んだIDとパスワードでインターネットではやりたい放題だったからな。この会社の全ての資産は存在しない会社に譲渡されたことになったんだ。まあ、疑り深い人間も沢山いるから、その会社は伊豆にあるって事にしたけどな。ハトも温泉は嫌いじゃないしな」

黙って聞いていたらおかしな事になっていますけれど、あたくしは騙されませんわ。今は少し常軌を逸している状況かも知れませんが、あたくしは優秀な捜査官であると同時に科学者でもあるんですもの。不審な点にはすぐに気付きますわよ。

「ちょいと、待ってくださるかしら?その話には腑に落ちないところが多すぎますわ。いくら書類上で会社の権利を譲渡したとしても、ここで働いていた人達はどうなったんですの?」

「まあ、そう焦るなよ。確かにそれは重要なことだしな。それにもっと大事なのは世界を手に入れるその直前までこの事は誰にも気付かれてはいけないって事なんだよな。だから少しはリスクを承知で直接人間に手を下す事もあったぜ。この会社の社長とかな」

「まさか暗殺したんじゃないでしょうね?そんな事を白状するのなら、あたくしはエフ・ビー・エルの権限であなたを逮捕…」

なんだがあたくしはハトに向かってこんな事を言っているのがとってもおかしな事だと思ってしまいましたわ。それに気づいたのか、またハトは笑っているような感じがしていますし。ホントに、これは何なんですの?

「暗殺なんてハトがすると思ってるのか?社長と何人かの重役にはちょっとだけ物忘れをしてもらったのさ。ああ、解ってるよ。ちょっいと、待ってくださるかしら!って思ってるんだろ?だがな、ハトっていうのは脳にはちょっとこだわりがあるんだぜ。ハトは三歩も歩いたら前の事を忘れるって、オマエ達にさんざんバカにされたしな。だからハト達は脳の研究に古くから取り組んでいたんだ。それに優秀な人間の協力者もいたんだよな。まあハトの力で協力させたんだけどな。一つ聞きたいんだけどな。どうして人間はちょっと変わっているって理由で優秀なヤツを社会の輪の外に放り出そうとするんだ?」

「言っている事が解りませんわ。あたくしが知る限り、優秀な方はそれなりの評価をされて社会で活躍されているはずですけれど」

「そうか。あんたの認識はそんなもんなのか。とにかくオレ達はその本物の科学者と言ってもいい科学者に連絡を取ったんだよ。もちろん盗んだIDとパスワードを使ってな。その科学者は他人と関わりを持つのが苦手だったんだが、魅力的な異性から何かを頼まれたら断れないよな。それにインターネットを介してのやりとりならその科学者も少しは社交的になるしな。ハトはそいつの好みに合いそうな女性の科学者や大学教授なんかを探したんだ。ちょうど良いヤツを見つけて、その人間の名前を借りて写真付きで科学者に協力を求めたら二つ返事ってワケだよ。ハトとやりとりしているとも知らずに、こちらの脳の研究に関する資料を送ったらたいそう驚いてたしな。ちょっと気の毒になるぐらい張り切ってたけど、作ってもらった装置のおかげで人の脳をいじくり回すのは結構簡単にできるようになったんだよな。協力してくれたお礼の意味も含めて実験台はその科学者が嫌ってるヤツにしてみたけどな。アンタも知ってるテレビに出てる科学者なんだけど。アイツがたまに変な事を言ってたのはハトのせいだけどな。面白いと思ったなら笑っても良いぜ」

それが誰なのか考えようとしたのですけれど、意味がないのでやめましたのよ。それに、あたくしがここへ来た最初の目的はなんだったのか?その事を調べるのが優先なんですのよ。ハト達が世界を征服って、それはホントに酷い話だと思いますのよ。でもそんな突拍子もない話はもしかするとあたくしを惑わせるための作り話かも知れませんしね。

「あなた達が社長や重役の脳を操作してこの会社を乗っ取ったって事ですわね。社員達も社長が言うのなら信じますものね。でもトイッタはどうなんですの?同じように社長を洗脳しても、世界中のユーザは納得するわけがありませんわ」

「まあ、ハトも最初はそこを気にしてたんだけどな。その前に言わせてもらうと、洗脳って言うのはちょっと間違ってるんだけどな。それに聞こえも悪いしな。でも他に言い方がないなら仕方ないかな。実際に脳で何が起きているのか?っていうと、ある事柄を恒久的に忘れてもらうとか、そんな感じかな。それはともかく、トイッタを乗っ取るのは難しいかも知れないと思ったのは確かだな。でも、そこは慎重にやったんだよ。解っているように、どんなものでもIDとパスワードはかなりの数を手に入れていたんだが、トイッタの内部の人間のトイッタのアカウントもその中には含まれていたんだな。だから、最初はその辺から始めたんだよ。そういうヤツらって、自分が偉い人間だって事をひけらかしたいんだよな。だから自分の勤めている大企業の情報も断片的に漏らしたがるよな。そこを逆手にとって、トイッタがホロッホーに変わるっていうような事をそいつらのトイッタに書いてみたんだよ。複数の関係者がそんな事を投稿したら世界中がザワザワするよな。そうなると身に覚えのない投稿をした関係者達が、あれは乗っ取りだとか言っても嘘っぽく聞こえてくるものなんだよ。さらに影響力のありそうなトイッタ・ユーザのアカウントも上手いこと使ってトイッタがホロッホーに変わるってウワサも広める事ができたしな。結局はこのビルにあった会社を乗っ取るのとはそう大差はなかった、ってことだよな」

「ですけれど、それに何の意味があるっていうんですの?そのホロッホーというものを運営するのにだって大変な労力が必要になりますわ」

「そんなものは必要ないんだよ。名前が変わっただけで中身はまったく一緒だからな。重要なのは新しいホロッホーのサイトとかホロッホーアプリを使わせる事だったんだよ。こうすればもっと人間を操るのが簡単になるしな」

「どういうことですの?情報操作をして人々を混乱させて洗脳しようって言うんですの?」

「それはもうすでに人間がやってるだろ?カラッポの若者を扇動している政治家とか活動家がな。でも、そんなことはもう意味がないんだよな。ついでに、そういう危ない連中はホロッホーアプリを通じて黙ってもらったんだよ。さっきも言ったとおりオレ達は人の記憶をちょっといじったり出来るんだよな」

「つまり記憶を消したってことですの?」

「まあ、そうだな。面白いことにそいつらも頭がカラッポになるとコッチの言うことは何でも聞くんだよな。ちょうどイイからヤツらにはオレ達の手伝いをしてもらってるけどな。あのビルの清掃員とか、地下の入り口にいた警備員が元々どんなことをしていた人間か知ったら驚くだろうな」

「そんなことって、あり得ませんわよ!」

「でたな。そんな事はあり得ませんわ!だよな。信じたくないなら信じなくても良いけどな。でもネットが手に入ったらもうあとは時間の問題だしな。テレビもラジオも。同じようにやってすでにハトのものなんだよ。そして、今やパソコンや電話やテレビ、ラジオからいつでも自由にハト脳伝送音波を出せるってわけだよ。ああ、言ってなかったけど、これが人間の脳をいじって記憶を消したり出来る音波だけどな」

黙って聞いていれば、なんなんですの?!そんな無茶苦茶な話は納得できませんわよ。それにそんな事は許されてはなりませんわ。