10. 非常階段
ペケファイル課の部屋から出て歩き出そうとすると、すぐに背後で変な音がしたのに気付きましたのよ。「何かしら?」と思って振り返ってもそこには何もありませんし「おかしいですわね」って思ってまた歩き出そうとしたのですけれど、また音がしましたの。
そして、その音は何かの物音というよりも人の声でしたわ。なんだかオウムや九官鳥が人の言葉を喋る時の声みたいな変な声でしたけれど、それはあたくしを呼んでいるようでしたの。
「誰かいるんですの?」
あたくしが大きな声で誰もいない廊下の方に向かって言うと、その先にある扉が開きましたのよ。それは普段は使わない厚い扉のついた非常階段でしたの。そこに来て欲しいという事なのかしら?
あたくしは用心に越したことはないと思って、銃に手をあててそこに近づいて行きましたわ。でも扉に近づいて行くとそれが余計な心配だということが解りましたの。あたくしが扉に近づくとささやくような声であたくしの名前を呼ぶ声が聞こえてきましたの。それは間違いなくモオルダアの声でしたわ。
あたくし何だか腹が立ってしまって、大きな声を出しそうになってしまったんですけれど、その前にモオルダアがいきなりあたくしの手を掴んで扉の中にあたくしを引っ張り込んだんですの。何なんですの?!って思っていると、モオルダアが彼の口に人差し指を当てて声を出すなって、そういう仕草をしたんですのよ。
いきなりこんな事をされて、あたくしも驚いたと同時にワケが解らなくてモオルダアを睨んでいたのですけれど、今のモオルダアは面倒な時のモオルダアに違いないですわ。こういう時には人がどんな気持ちだか、そんな事はお構いなしに自分の話しかしなくなるんですのよ。
「あまり二人で居るところは見られたくないんだ」
モオルダアが言いましたのよ。なんだか今日はこんな事ばかりですわ。最初はドドメキさんで、次はあのビルの地下。そして今度はモオルダアですの。
「どうでも良いですけれど、そろそろ何がどうなっているのか教えてくださらないかしら?あなた方って、いつでも曖昧なことしか話してくれなくて、あたくしはイライラするばかりですのよ」
あまり大きな声を出してはいけないようなので、あたくしも声をひそめて言いましたのよ。
「あなた方、って?…まあ良いか。知っていれば全て話すけど。それを調べることが出来るのは今となってはキミだけになっているんだよ」
「それは一体どういう事ですの?誰かが何かを企んでいる、っていうのはあなた方の好きな話ですわね。ですからそういう話はあなた方で楽しんでいれば良いと思うんですのよ」
「いつもならそうしているところだけどね。今回はそうも行かないんだよ。ボクはもうすでに彼らにマークされているんだ。どこでどうボクの情報が漏れたのか解らないけどね。NoScriptじゃ意味は無かったんだな」
「なんだか解りませんが、それってコンピュータウィルスか何かですの?」
「解らないが。とにかくボクのことは彼らに知られてしまったんだよ。だからここに隠れて、ドドメキさんからの連絡も無視するしか無かったんだ。それで彼はキミに接触してきたんだろ?」
「そうですわ。でもあたくしまだ話が良く解ってないんですのよ。一体誰が何を企んでいるんですの?何か証拠がなければあたくしはそんな面倒なことはいたしませんわよ」
「あの監視カメラにキミは気付かなかった?恐らく今では警察関連の施設なんかにもああいうカメラが設置されているはずだよ」
「気付きましたわよ。それであなたはエッチな雑誌を見ることが出来なくなったんですわね」
「いや…それは」
モオルダアったら、あの雑誌を隠している事をあたくしが気付いてないとでも思ったのかしら?
「それにはちょっとした事情があってね。正直にいうと、アレは全部フロシキ君にあげたんだ。あることの見返りとしてね。つまりボクがあの監視カメラの映像の送信先を調べようとして彼らに頼んだらフロシキ君があの雑誌を要求してきたんだよ」
「あら、そういう事でしたの?」
フロシキ君というのはモオルダアのお友達とも言える三人組の一人ですわね。彼らはローンガマンと名乗って政府の陰謀を暴こうとしているらしいんですの。本来ならあたくしはそんな方々の事は信用しないのですけれど、リーダーのヌリカベさんが優秀な学者であったことは知っていますわ。それですからあたくしも彼らの事を完全に否定できないんですのよ。でも、どうしてそこまで調べることができたのにモオルダアはコソコソ隠れているのかしら?
「それで、映像の送信先は解ったんですの?解ればこんなところに隠れていないで調べたら良いんですわ」
「いや、それがね。途中でトラブルが発生してね。ボクは身動きがとれなくなったんだよ」
それって、どういう事なのかしら?って思ったのですけれど。あたくしの推理力によってだいたいの事は解ってしまいましたわ。優秀であるって時に罪なことだと思ってしまいますわね。
「つまり、あなたが雑誌と引き替えにフロシキさん達に捜査を依頼して、それであなたは暇つぶしに見る変態雑誌を失って、それでインターネットを使ってエロサイトを見たんですのね。そして、その時に何かのウィルスに感染してそれであなたの情報が、その『彼ら』に漏れてしまった、って事ですわね」
「…。まあ…、そうかな」
まったく、呆れてしまいますわね。でも、それだけではなかったんですのよ。
「一つだけ言わせてもらうけどね。『変態雑誌』というのは間違いだよ。官能的美の追究。それはつまり芸術なんだよ」
もう、そんなことはどうでも良いんですのよ。世界が危機に陥っているってことなのに、どうしてそんな事にムキになっているのかしら?
「どうでも良いですわよ。それで、あの三人にはどこで会えるんですの?」
「いつもどおりあのアジトにいると思うけどね。でも彼らだって無事かどうかは怪しいところだよ。不自然な感じで話をそらすとか、そいういう感じがしたらすでに手遅れってことだからね。それから、スマホもパソコンもインターネットに繋がっている機械は絶対に使っちゃダメだよ」
「そうですわね。でもあたくしはいやらしいサイトなんて見ないから平気ですわよ」
「そうじゃなくて。キミはまだ解ってないのか?トイッタが一夜にして消えたんだよ。ボクはああいうものに興味が無かったから逆にその不自然なところに気がついたけど。今の彼らはインターネットを自由に出来るんだし、情報操作は簡単だからね」
確かに言っている事は正しいのですけれど。でもどうしてモオルダアに言われるとこんなに腹が立つのかしら?あたくしは意味もなくモオルダアをひっぱたきたくなってしまったのですけれど、それはガマンして静かに頷きましたの。
世の中はおかしな事ばかりですれけど、今回は全てがおかしいのですわね。そして、最後はあたくしだけが頼りなんですの?それに、もしもローンガマンの方々が失敗していたとしたら、どうなるのかしら?
その前に誰がどういう目的でこんな状況を作り出したのか?それすら解らないんですものね。とにかくローンガマンの方々に会いに行くしかなさそうですわ。