「忘却」

7. 降下

 いつまでもここにいるのも変ですわね、って思い始めたところでしたわ。あたくしがトイッタのオフィスがあるはずのフロアから立ち去ろうとした時ですの。また例のエレベーターの音がして扉が開きましたのよ。

 今度はそれほど驚きませんでしたけれど、逆にあたくしは少し嫌な予感がしたんですの。なぜなら、そこから出てきた方の雰囲気にどこか油断できないものを感じたからなんですの。あたくしのような才能に溢れる捜査官にならすぐに解ることですし、エフ・ビー・エルの捜査官をしていればそのような能力は自然と身につくことですわね。

 エレベーターから出てきたのは中年の男性だったのですけれど、歳の割には引き締まった体型でしたわ。このようなビルにいる方なら見た目を気にしてジム通いをしているのかも知れませんけれど、この方からはそれ以上のものを感じたんですの。ここは気を抜いてはいけませんわね。その方はエレベーターを降りると真っ直ぐにこちらにやってきたんですの。

「失礼ですが、どういったご用件で?」

男性はあたくしに聞いたのですけれど、ここは正直に答えるのはあまり良くない気がしませんこと?

「あたくし、あの…オフィスを探しているんですのよ。それで、ここに空きがあると聞いたもので…」

「そういうことなら事前に連絡をいただかないと…。不動産会社か何かから聞いていらしたのですか?」

「いや…そうではなくて…」

あら、いやですわ。あたくしったらレディすぎて嘘はつけないのかしら。こういう時に上手く誤魔化すって難しいですわね。

「それで、どのような会社のオフィスですか?」

「あの…。アレですわ。エフ・エル・ビーってご存知かしら?…オホホホ。あのベンチャー企業ですのよ」

「ベンチャー企業?規模はどの位ですか?」

「えーっと…。10人…いや、ひゃく…いや500人ぐらいかしら?…オホホホ」

いけませんわ。これではあたくしが怪しい人以外の何者でもなくなってしまいますものね。ここは逆に質問して形勢逆転ですのよ。

「ところで、あなたはどなた様ですの?」

「ああ、失礼しました。私はこのビルの管理をしている会社のものですけど。セキュリティから連絡がありまして。空きフロアに知らない人がいるのは気になりますからね」

そう言いながら彼は壁の上の方に目を向けたのですけれど、そこには監視カメラがありましたのよ。あたくしったら不注意でしたわね。このフロアに何もなかった驚きで、監視カメラの場所などを確認するのを忘れていましたわ。

「でもオフィスを探しているということなら、こちらに来てください」

それはどういう事ですの?って、思ったのですけれど、その方は何も聞かずに歩き出してしまったんですの。そしてエレベーターのボタンを押すと程なく扉が開きましたのよ。

「どうぞ」

その方がエレベーターのボタンを押しながらドアが閉まらないようにしてあたくしに中に入るように促すので、あたくしも突っ立っているワケにもいかず中に入りましたの。この方があたくしの言ったことを信じてくれているのなら、別の空き部屋を紹介してくれるはずですわ。そうしたら、そこでここをオフィスとして使っていたはずのトイッタのことも少しは聞き出せるかも知れませんわね。

 でも、エレベーターが動き出すとあたくしは自分の行動を後悔いたしましたわ。エレベーターに乗らなくても同じ事だったかも知れませんけれど。

 あたくしが隣にいる男性の事をちらっと見た時に気付いたのですけれど、その方はスーツの下に銃を隠し持っているに違いないんですの。そして、それをいつでも取り出せるような位置に手を置いている。

 エフ・ビー・エルの捜査官であるあたくしも銃は持っていますわ。でも、この方はそこまで解っているのかしら?もしもあたくしがさりげなく腰に付けた銃のホルスターのフラップを外したりしたらこの方を余計に警戒させるだけかも知れませんわね。

 お互いに緊張感を表に出さないようにしていたに違いありませんわ。随分と長い間沈黙が続いたように思えましたけれど、エレベーターが止まって扉が開きましたの。男性はあたくしをエレベーターに乗せた時と同じようにボタンを押しながら「どうぞ」と言って、あたくしに出るように促したんですの。

 緊張感のためか、外に出るまで気付かなかったのですけれど、そこはビルの地下でしたのよ。

「これは、一体どういう事ですの?」

あたくしは振り返って聞いたのですけれど、男性はあたくしの脇を通り過ぎながら「良いからついてきてください」と言いながら先に進んでいってしまったんですの。でも黙ってついていくなんて事はしませんわ。前を歩く男性の後ろであたくしは腰に付けたホルスターのフラップを外して、いつでも銃を取り出せるようにしてから、あとについていきましたのよ。

「ここは地下駐車場のようですけれど。ここに何があるのかしら?」

あたくしが聞いたのですけれど、男性は前を見たままでしたわ。でもあたくしの言うことは聞こえていたようで返事は返ってきましたの。

「ここなら彼らに聞かれる心配はありません。でも長居していたら怪しまれます。監視カメラはここにもありますから。ですからあの出口につくまでに要点だけを話すので私の話すことが信じられないとしても黙って聞いていて欲しいのです」

男性は相変わらず前を見てゆっくりと歩きながら言いましたのよ。疑問に思うところは沢山あったのですけれど、今は一つでも多くの情報が必要だと思いましたし、あたしも彼の言うことに従うことにいたしましたの。