「忘却」

4. 素敵な地上

 一体何だっていうのかしら?地上に出たあたくしの頭の中には答えの出そうにない疑問ばかりでしたわ。でも明るい地上に出てきて少しは落ち着きを取り戻したのか、ドドメキさんがあたくしの事を「スケアリーくん」って呼んでいたのが少し気に入りませんわ、って気持ちにもなりましたのよ。あの方が誠実な方だというのは解りますし、名前に「くん」と付けるのは彼なりの意味があるのに違いありませんけれど、あたくしとしては少しバカにされているような気分なんですのよ。これは世代間のギャップというものなのかしら?

 なんだか関係のないことばかり考えてしまいましたわね。でもちょっとした現実逃避で力を抜いてから目の前の問題に対処するんですのよ。こうすると物事の見え方が変わってきますものね。それから次にすべき事を考える。

 そう思ったのですけれど、あたくしは本能的に体を動かしていましたわね。考えるまでもなく、次にすることは決まっていますわ。なぜって、今や世界的に流行しているSNSが数日のうちに消えてなくなるなんてあり得ませんでしょ?

 トイッタの本社は外国にあるのですけれど、日本では日本法人が運営しているのですし、直接確認すれば良いんですのよ。サービスが終わったとしても会社のビルや事務所が消えてなくなるなんてことはあり得ませんものね。

5. 地下鉄

 大都会での移動はやっぱり地下鉄ですわね。特にトイッタ・ジャパンのオフィスがあるような場所は車よりも地下鉄で移動するのがクレバーなやり方ですのよ。目的の駅までは20分もかからずに到着ですわね。地下鉄は渋滞もないし、便利な乗り物ですわ。

 駅の階段を降りてホームへ向かったのですけれど、あたくしは少しだけおかしな気分になりましたの。ちょっとした緊張感から解き放たれたと言うのかしら。地上にいた時と少し様子が違うと思ったんですのよ。

 きっとこれは心理的なことだと思いますのよ。特に今はおかしな事態にあたくしも困惑気味でございましょ?ですから、ちょっとした環境の変化があたくしの気持ちに影響を与えるんですのね。とにかく、地上にいた時に誰かに見られているような、そんな嫌な気分が地下に入って消えてしまったんですの。

 こんな些細なことを一々気にするのはおかしいですわね。全てはトイッタ・ジャパンのオフィスに行って話を聞けば解決することですもの。そう考えていると、ちょうど列車が到着しましたわ。

 ラッシュアワーは終わっていますけれど、東京の地下鉄ではさすがに空席はないですわね。そして、オフィス街を走る地下鉄とあって乗客のみなさまは忙しそうに何かをしているのですわね。

 紙の資料を読んでいるような人もいますけれど、ほとんどの方はスマートフォンですわ。みなさま一心に何かを調べたり、文字を入力したりしているようですけれど。ここであたくしはちょっとした衝動に駆られてしまいましたのよ。別に他人のプライバシーとかそういうものを侵害するつもりは全くありませんわ。これは今あたくしが調べていることに関してですし。まだ正式にエフ・ビー・エルが捜査をしている事ではありませんけれど、いってみれば捜査の一環ですのよ。

 それで、あたくしはあたくしの斜め前に立っている人の肩越しにスマートフォンの画面を覗いてみたんですの。だって気になりますでしょ?それに、このような大都会を走る地下鉄ですし、そういうところにいる方はトイッタをやっていることも多いはずですもの。

 でも、あたくしの推測に反して、その人は通販サイトで品定めをしている最中でしたわ。それじゃあ隣の方はどうかしら?そう思ったのですけれど、その方はゲームをしているようですわね。

 おかしいですわ。これだけ沢山の人がスマートフォンを持って何かをしているというのに、一人もトイッタをやっている人がいませんわ。でも、それが何だというのかしら?

 そうですわ。この列車内で誰もトイッタをやっていないとしても、それがトイッタが消えてなくなったなんて話の証拠にはなりませんものね。人様のスマートフォンの画面を覗き見るなんて、はしたない事はやめて、自分のすることに集中ですわ!